作戦会議2
意気揚々と悪女役に立候補したデボラ。
幼い身体を奮い立たせ、彼女は弁舌を振るう。
「身持ちの固い兄様を攻略するには、身近な存在からの悪意ある篭絡が一番効果的で説得力があるからですよ!」
「禁断の兄妹愛。疎ましい婚約者。独占欲。悪女側が王子に婚約破棄をさせるように仕向けるパターンですね」
「その通りです、お義姉さま。妹というポジションならば兄の警戒心を緩ませ、影から操れるでしょう。『お義姉さまに裏で嫌がらせを受けている』という嘘を信じ込ませ、婚約破棄まで持っていく……! 完璧なプランですっ」
「いや、だからって……。たとえそうだったとしても、婚約破棄とかの前に他の解決策を探すって」
「ならば、お兄様を禁術で洗脳し『婚約破棄するしか道はねえ!』と思わせます」
「禁術!?」
「チートで精神や知能を強制的に弱体化させる荒業ですか。流石はデボラ様、理に適ってます。これなら民も安心して婚約破棄を楽しめるでしょう」
「えへへ。後は、私と兄さまを如何に断罪返しするかですね」
「このような展開はいかがでしょう。第二王子や隣国の王子を登場させ、デボラ様の悪事を白日の元へと晒します。真に罰すべきは王女殿下なのですわー、と」
「なるほど! 名案ですね!」
「待つんだ、クリスティーナ。誰だよ隣国の王子って。そもそも第二王子なんているわけないだろ。王家は僕とデボラの二人兄妹なんだから」
「確かに。では陛下が大昔に火遊びした妾腹の息子ということで」
「『では』ってなんだよ!? まさか、その辺の奴を第二王子として仕立て上げるつもりか!? 愛妻家の父上に変なゴシップを捏造しないでくれ!」
「失礼。不敬が過ぎましたね。それでは隣国の王子一択で」
「だから誰だよ隣国の王子って……」
「私としては隣国の王子役も殿下にやっていただきたく」
「どういうこと!? なんで僕が二人に分裂してんの!?」
「そこはほら、禁術で」
「禁術便利過ぎない!? 全然禁じられてないじゃん!!」
バーゲンセールでもしてんのかよ。ハンスはそうツッコみたかった。
だが、ツッコミが追い付かずに次々とボケが押し寄せてくる。
「お兄様は頭が固いですね。一人二役くらい余裕でこなせなくてどうするんですか。私は悪女、国王、騎士、処刑人、群衆。これら全部を同時に演じるつもりですよ?」
「いつからデボラはアメーバになったんだ……」
「デボラ様は演技が上手そうですものね。適任です」
「演技の範疇を超えてるだろ……」
「―――征きますよ、お兄様。演技の貯蔵は充分ですか?」
「不十分だよ!?」
ボケとツッコミが大渋滞を起こしている。
少しでも冷静でいられたら一連の会話の違和感に気付けたかもしれないが、今のハンスには無理な話であった。
「隣国の王子としての殿下はどんなキャラでいきましょう」
「無難に暗黒微笑系イケメンでいいんじゃありません? ニコニコしながら追い詰めてくる感じで」
「暗黒微笑……?」
聞き慣れないフレーズだ。
ハンスが首を傾げると、クリスティーナが説明をしてくれた。
「腹黒そうな爽やかスマイルのことです」
「お兄様の代名詞ですね」
「そんな代名詞なんか知らないぞ!?」
聞き捨てならない。
いつの間に自分は腹黒呼ばわりされていたのか。
ハンスが抗議すると、デボラとクリスティーナが各々の知見を述べた。
「ご存知ありませんの? 創作界隈において、お兄様は腹黒王子として引っ張りだこですのよ」
「民衆から殿下は『優しそうで甘い顔立ちの王子様だけど、なんか裏で企んでそう。むしろ企んでて欲しい』などと慕われおります」
「それは慕われてるって言わないだろ!?」
「ただ最近は色々な作品で暗黒微笑がテンプレ化しており、最近では『暗黒微笑(笑)』とも揶揄されています」
「嘲笑されてるじゃないか!! 僕自身は一度も暗黒微笑なんかしたことないのに、なんか蔑称みたいになってるじゃん!?」
「お兄様は人気者ですねっ」
「こんな人気は別に欲しくない! ああ、もう……。どうしてこんなことに……」
嘆くしかない。
我が国の未来は暗い……、あまりにも。
「僕、民衆からそんな風に思われてたのか……? なんだよ暗黒微笑って。勝手に腹黒のレッテルを貼るなよ……」
「殿下は御婦人たちからも人気が厚く、殿下をモデルとした書物は飛ぶように売れています。私も『王子×公爵令嬢』の本は何冊か……いえ、なんでもございません。とにかく、隣国の王子は暗黒微笑してくる殿下で決まりですね」
「なんか今、誤魔化さなかった?」
「いえ、なにも」
「怪しいなぁ。―――本当のこと、言いなよ」
視線を逸らそうとするクリスティーナに詰め寄り、ハンスはじっと見つめる。
クリスティーナは目を泳がせ「あー」とか「うー」と言葉にならない声を発していた。
義姉の窮地にデボラが助け舟を出す。
「出た! お兄様の暗黒微笑!」
「やめろデボラァ! 兄をからかうんじゃない!」
本家本元の暗黒微笑(笑)だと妹に指摘され、ハンスは狼狽えた。
その間にクリスティーナは義妹にアイコンタクトで謝辞を送り、感情を整える。
「こほん。殿下も意地が悪いですね。乙女の秘密を無闇矢鱈に暴くものではありませんわ。さあさあ、そろそろ断罪返しの方法について議論いたしましょう」
「えぇ……」
強引に話題を変更させるクリスティーナ。
ハンスは釈然としないながらも、これ以上の追及は諦めることにした。
「断罪返しってのは具体的に、どんなことを(僕たちに)するつもりなんだい?」
「そうですね。基本的には――」
クリスティーナはハンスから少しだけ距離を置いて向き直り、姿勢を正した。
そして、厳かな口調で告げる。
「死か。死よりもツライ罰か。そのどちらかですね」
「…………は?」
ハンスは我が耳を疑った。
聞き間違いだろうか。もう一度クリスティーナに問いただそうとしたところで、デボラが口を挟む。
「いやっほおおおっ!! 断罪返しぃいいいっ!!」
「声デカっ!? どうしたんだデボラ!?」
妹が想像以上にハイテンションになった。
両手を振り回しながら「DANZAI! DANZAI!」と奇声を上げて飛び跳ねている。
「お兄様! 婚約破棄最大の醍醐味である『ざまぁ展開』の時間ですよ! 敵対者を不幸のドン底に叩き落とすことで読者はカタルシスを得られるのです!! ふへ、ふひひっ。これがあるから婚約破棄モノの購読は止められないんですよねぇ~」
「なに言ってるのか全然分かんないけど、とりあえず落ち着いて! はしたないぞ!?」
興奮で狂乱モードに突入しているデボラの肩を掴んで自制を促す。
我に返った彼女は「はしゃぎすぎました……」と反省して顔を伏せた。
「ごめんなさい、お兄様……。つい取り乱してしまいまして」
「いいよ。でも、どうしてそこまで盛り上がってるのさ? 話の流れ的に断罪返しされて滅ぼされるのは僕たちの方だよね?」
「はい。ですが(あくまでも創作の話なので)私は一向に構いません。兄妹揃って華々しく舞台を退場するのも一興です」
「僕は嫌だよ!?」
妹の発想が過激すぎてついていけない。
ハンスが戦慄していると、デボラは恍惚と妄想の世界に浸っていた。
「あぁっ……。見えます……、お義姉さまが私たちに断罪返しする御姿が。婚約破棄を仕向けた私も、まんまと騙された兄さまも、お義姉さまは決して許さず粛々と断罪します。――それはもう凄惨なまでに」
「怖いよ!? なんでそんなに嬉しそうなの!?」
「そして断罪返しされた私たちの屍を踏み越えて、お義姉さまは自分を助けなかった民たちも隣国の手を借りて滅ぼすのです……。嗚呼、首が飛んで、血飛沫が舞って、火が燃え盛って、お義姉さまは高らかに勝利を謳う」
「なにそれこわい」
「この喜劇のタイトルは、そうですね……。『婚約破棄された令嬢は隣国の王子のチカラを借りて祖国を盛大に滅ぼす。~私を救わなかった連中が今更私に救いを求めても、もう遅い。民草も根こそぎ刈り尽くします~』なんていかがでしょう?」
「タイトル長ッ!?」
「採用」
「クリスティーナ!? こんな邪悪な案を採用しちゃダメだよ!?」
「ですが、これくらい過激な方が民も喜ぶかと」
「喜ぶわけないだろ!? 自分たちも滅ぼされてんのに喜ぶ連中がどこにいるんだよ!?」
「まぁ、殿下ったら。(創作の話といえども)民のことを考えるなんて名君ですね。賢王の再来と呼ばれるだけはございますわ」
「賢王の再来じゃなくても普通は考えるから!!」
妹と婚約者が怖すぎる。
なにこの子たち、こんなキャラだったの? 二人の思想がヤベー奴すぎてハンスは兄として婚約者として心配になった。
「大丈夫ですよ、お兄様。民も(創作と現実の)分別がつくので受け入れてくださいますよ。むしろ感謝されるはずです」
「発言が暴君すぎるんだよなぁ」
感謝されるはずがないだろ、されるのは憎悪だけだ。そう思いながらハンスはジト目で妹を見た。自分と同じ金髪碧眼のデボラは人畜無害そうな笑顔を浮かべてテーブルの上に山積みされている書籍を三冊ほど手に取った。
「お義姉さま。ここに『王子ざまぁ』『王女ざまぁ』『国家滅亡ざまぁ』の三つの小説を用意したんですが、参考に読まれますか?」
「ありがとうございます。全部読みます」
「不敬のトリプルコンボやめろ」
デボラが手渡した本を即答で受け取るクリスティーナを見て、ハンスは慌てて制止した。
「というか、なんでそんな不敬罪の塊みたいな本が流通してんのさ。焚書指定の絶版レベルだろ」
「焚書だなんて恐ろしい……。お兄様、言論弾圧は同じ王族として見逃せませんよ?」
「デボラ様と同意見です。殿下、民衆の思想の自由を奪うような真似は控えるべきです」
「二人とも急に理性を取り戻すなよ!? さっきまでバリバリの独裁者思考だったくせに!?」
どうしてここまで話が噛み合わないのか。何か致命的な勘違いをしてないだろうか。
ハンスは頭を悩ませながら、民衆のためにも婚約破棄は絶対にさせないことを再決意した。