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作戦会議1

 最近、殿下の様子がおかしい。

 婚約破棄の小説についての話をしてからというもの、殿下は積極的に自分に絡んでくるようになった。


「やあクリスティーナ。今日も綺麗だね」


「あら殿下、ごきげんよう」


 朝、学園の庭園を散歩していると、どこからともなく殿下が現れて何故かそのまま一緒に歩くことになった。


「クリスティーナ。美味しいレストランを見つけたんだ、今日のランチは一緒にそこで食べないかい?」


 昼、授業終わりと同時に殿下がやってきて、一緒に昼食を食べようと誘ってくる。


「ねえ、クリスティーナ。今夜は久し振りにダンスでも踊らないか? 君と一緒に踊りたいんだ」


 放課後、帰宅用の馬車に乗り込もうとしたところで、殿下に呼び止められてダンスのお誘いを受けた。


「クリスティーナ、今日は夜も遅い……。泊まっていきなよ、デボラも喜ぶからさ」


 夜、王城でのダンスパーティーが終わると、殿下に宿泊を勧められた。


「殿下は、いったい何を考えているのでしょうか……?」


 そんな日々が連日のように続き、流石に不審に思ったクリスティーナはデボラ姫に相談することにした。


「お兄様は昔からあんな感じですよ? お義姉さまが大好きなんです」


 談話室で恋愛小説を読みながら、デボラは答えた。


「ただ……、ここまで露骨な愛情表現をしてくる兄さまは珍しいですね。普段は第一王位継承者として節度ある態度で、お義姉さまと接してらっしゃったのですが、何か心境の変化でもあったんでしょうか」


「うーん、考えてみても分かりませんわねぇ……」


 腕を組んで考えるクリスティーナ。

 ハンスの変貌の理由に思い当たるようなことは何もなかった。

 もしかしたら、このまえ図書室で『婚約破棄の小説を書かせない。君の婚約破棄に対する考えを改めさせてやる』といった趣旨の宣言を突然クリスティーナにしてきたことが関係あるかもしれないと一瞬だけ脳裏をよぎったが、点と点が繋がらなさすぎる。


「……まぁ、いいでしょう」


 とりあえず、この件に関しては保留だ。


「それよりも、今は建国記念祭で行われる即売会に向けて、どんな婚約破棄小説を書くかを考えるべきですかね……」


「わぁい、婚約破棄! DANZAI(ダンザイ)! DANZAI(ダンザイ)! 断罪返し!」


 クリスティーナの言葉に、嬉しそうにぴょんぴょこ跳ねるデボラ。

 重度な婚約破棄ファンである王女は目を輝かせながら、テーブルの上に山積みになっている本の中から一冊を手に取った。


「私、これとか参考になると思いますっ」


「えぇっと……。ああ、これは先月の売上ランキング上位『婚約者の王子が泥棒猫に奪われたので二人まとめて処分いたします』ですか」


「はい、これが一番参考になるとデボラは思いましてっ」


「確かにこれは面白い内容でしたね。特に焼却炉に裏切り者と浮気相手を投棄するシーンの描写は、読者を魅了するには充分な迫力がありました」


 うんうんと、クリスティーナは納得して頷く。

 婚約破棄小説において、主人公による断罪返しは非常に重要なファクターとなる。

 読者をスカッとさせる爽快感こそが、このジャンルの最大の魅力なのだ。


「―――やぁ、二人とも。何の話をしているんだい?」


 クリスティーナとデボラが会話をしていると、ハンスが入室してきて声をかけてきた。相変わらずキラキラとしたイケメンオーラを放っている。


「お兄様っ。私ね、今、お義姉さまと婚約破棄について打ち合わせしていましたの!」


「へ、へぇ……」


「殿下。ちょうど良かったですわ。殿方の意見も聞きたいと思っていましたの。ご助言を頂けませんか?」


 男性目線のアドバイスも欲しいクリスティーナは、ハンスに同席を促す。

 金髪碧眼の王子は口角をヒクつかせながら「いいとも。どんな計画か聞こうじゃないか」と返事をしてクリスティーナの隣の席についた。


「?」


 何故か肩と肩がくっつきそうなぐらいの至近距離に彼は座ってきている。その距離の詰め方に違和感を覚えたクリスティーナだったが、別に忌避感はないため、そのまま受け入れることにした。


「では、早速で申し訳ありませんが、この婚約破棄の小説を参考にしたいと思っているのです。殿下から見て、この小説の人物たちはどう見えますか? 正直な感想をお聞かせくださいませ」


 そう言って、クリスティーナは先ほどデボラから借りた『婚約者の王子が泥棒猫に奪われたので二人まとめて処分いたします』という婚約破棄小説を差し出した。ハンスは何故か冷や汗を流しながら、それを無言で受け取って、パラパラと読み進めていく。


「素晴らしい速読ですね。賢王の再来と謳われるだけはあらせられる」


「まあね。大衆小説だけあって文章が読みやすいからサラサラ読めるよ。実に良い小説だ。――それにしても、この話の王子はゴミだな。単純なハニートラップに引っかかって身を滅ぼすとは」


 同じ王子という身分だからだろうか。

 ヒロインを裏切り、婚約破棄を言い渡した登場人物にハンスは嫌悪を露わにした。


「ふふっ、でも最後は焼却炉に放り込まれて火刑か。裏切り者に相応しい末路だね。うん、スッキリとする読後感だ。ヒロインも幸せそうだし、読み物としては中々いいんじゃないかな?」


「では、我々の婚約破棄もこの路線でいきましょう」


「僕に死ねと!?」


 読後の余韻を消し飛ばされ、ハンスはギョッとした表情になる。


「……? いえ、そういう意味では」


 と、クリスティーナは訂正しかけたが、彼女の優秀な知能は直ぐにハンスの言いたいことを汲み取った。


(なるほど、殿下は第一王子として『完璧な婚約破棄小説』を世に出されることを望まれているのですね。中途半端なクオリティでは王子としてのプライドが死んでしまうと、そう仰られているのですか。だからこそ、私が婚約破棄小説を書くことを以前反対されていたんですね。流石は殿下)


 思案顔になったクリスティーナは顎に手を当てて考え込む。

 そして、ハンスの発言の文脈を思い起こしながら、彼女は先程の小説に欠けている要素を言い当てた。


「足りないのはリアリティというわけですか。確かに王家を良く知る身としては、色仕掛けにあっさり陥落するような方々はいないと断言できます」


「そうだよ。王族が色仕掛けに屈して婚約破棄なんかするわけが……って、ちょっと待て。君の計画しているシナリオでは、僕が婚約破棄する側なのかい!?」


(『僕』……? ああ、物語の王子に感情移入されてますのね。可愛らしい)


 ほほえましい気持ちでクリスティーナがハンスを見つめると、彼はサーッと顔を蒼褪めさせた。彼女の微笑みが彼には肯定の意にしか映らなかったのだ。


「本気かい、クリスティーナ。本当にコッチから婚約破棄をやらせるつもりなのか?」


「ええ。婚約破棄とは男性側からするのが基本でしょう?」


「そんな基本知らないよ!?」


「にわかですね、お兄様は。ハニトラで堕ちた王子が一方的に婚約破棄してきたのを『断罪ざまぁ』して差し上げませんと婚約破棄の面白みがなくなってしまうではないですか」


「婚約破棄に面白みを求めないで!? 僕はちっとも面白くないよ!!」


「デボラ様のおっしゃる通りです。民衆は『婚約破棄してやったぜ!』とドヤ顔で胸を張る王子を地獄に叩き落とすシーンを求めているのです。クロスカウンター型の断罪じゃないと人々は興醒めしてしまうのですわ」


「どんな性癖の集団だよ!? いつから我が国の民たちはこんなにも業の深い存在になってしまったというんだ……!?」


 ハンスは嘆く。王族の無様な失墜劇を望まれているなんて、自分はどれほどの恨みを買っていたのか。


「まるで公開処刑やコロシアム扱いじゃないか……」


「実際そういう側面もありますね」


 クリスティーナの言葉に、ハンスは絶望した。

 どうやら婚約破棄とは民衆にとって娯楽の一種らしい。


「ちなみにお兄様が婚約破棄をする場合、どのような理由で婚約破棄しようとしますか?」


 興味津々といった様子でデボラは尋ねる。


「しないもん」


「え?」


「僕は婚約破棄するつもりなんてないもん……!」


 不貞腐れて幼児退行をしてしまったハンス。

 彼はソファの上で膝を抱えていじけ始めた。


「……これはこれは。お義姉さまも愛されてますねぇ」


「んんっ。その……少々、気恥ずかしさを感じてしまいますね」


 クリスティーナは頬を染めて咳ばらいをする。


「ですが、それはそれとして。殿下が婚約破棄に至る前提で話を煮詰めていきましょう。その方がリアリティも生まれると思いますし」


「異議なし!」


「異議が大有りだよ!!」


 ハンスの叫びは無視された。

 クリスティーナは「そうですね……」と呟きながら、頭の中を整理していく。


「まず、婚約破棄の原因ですが……。やはり、殿下を篭絡しようとする不届きなメス猫の存在は不可欠ですね」


「そんなのはいないし、いても追い払う」


「手強いですね。頼もしい限りです」


「ふむふむ。お兄様は悪女に靡かない高潔さを所持されてますのね」


「当たり前だろ」


「それでしたら、お兄様は悪女に惚れ薬を盛られてしまったという設定にしましょう」


「なんで!?」


「そのほうが説得力が増すじゃないですか」


「たとえ惚れ薬を飲まされても、僕がクリスティーナに婚約破棄を告げるはずがないだろ!?」


「まぁ常識的に考えれば、私を正妃としたまま、愛妾を側室に迎えるのが普通ですしね」


「僕が愛する女性は君だけだ。例外はデボラと今は亡き母上、そしていつか生まれる僕たちの娘だけ。異論は認めない」


「……あの、ちょいちょい口説いてくるのは止めてください殿下」


「事実を述べてるだけだよ」


「……っ」


「では、こうしましょう。悪女役は、お兄様の愛情の例外枠であるデボラが務めます!」


「どうしてそうなる!?」

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