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南の魔法使い 4

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 樹海の入口まで馬車で行き、クリストフは御者に城へ戻るように告げた。

 王家勤めの御者は心配そうな顔をしたが、彼をいつまでも樹海の入口にとどめておくのは危険だった。それに、クリストフが戻らない可能性もある。


「会いに行くのは魔女様だから、帰りは魔女様に頼むよ」


 クリストフがいうと、御者はようやく納得の表情を浮かべて去っていく。


(彼はきっと、僕が深き森の魔女のもとにたどり着けると信じているんだろうな)


 まるで夜のような薄暗さの樹海を前に、足がすくむ。

 木々の間を縫って流れる風の音すら獣の咆哮に思えて、クリストフの手のひらが緊張と恐怖でじわりと湿ってくる。


 冬なのに寒さはあまり感じず、全神経をとがらせながら、クリストフは一歩、また一歩と樹海の中に足を踏み入れた。


 いくらでも替えのきく第三王子。


 上の兄二人のスペアとして生まれ、下二人が生まれてからは、スペアとしての重要性も減った。

 王子として表面上は敬われながらも、重要視はされていない。


 十五歳で成人して、今十六歳。そろそろ兄の治世に都合のいいどこかの令嬢との縁談が持ち上がり、クリストフの意思も関係なく結婚が決まるだろう。


 当り前のように受けれ入れてきた人生だが、さすがに今回のことは堪えた。


(重要視されていないと思ってはいたが、死んでもいいと思われているとは思わなかったな)


 生きて樹海から出られる確率より、死ぬ確率の方が高いだろう。

 見送りに来た母と姉は泣いていて、まるで今生の別れのようだと自嘲した。


 もちろん父も、クリストフを死なせるために樹海に向かわせたわけではない。

 魔人に対抗できるのは魔女や魔法使いだけ。とりわけ、深き森の魔女は強い力を持つ魔女と聞く。彼女に助力を乞えなければ、国が亡ぶのを待つだけだ。遅かれ早かれ、みんな死ぬ。だからクリストフが樹海の中でのたれ死のうと、結局末路は同じなのだ。


 ……そう言い聞かせないと、やっていられない。


 張り出した木の根に注意しながら、クリストフは奥へ奥へと進んでいく。

 しかし、行けども行けどもあたりは同じ薄暗い森の中で、だんだんと方向感覚がわからなくなってきた。


 今は北に向けて歩いているのだろうか。それとも西? それとも東? まさか同じ道をぐるぐる回っているなんてことはないだろう。


 冬のはずなのに、額からぽたぽたと汗がしたたり、顎を伝って落ちる。

 森の中だからだろうか、湿度が高くて、息苦しい。

 持ってきていた水筒を開けるも、水はもう底だった。


(まずいな、これ)


 本当に野垂れ死ぬかもしれない。


(……少し休憩しよう)


 歩きつかれたクリストフは、木の幹に背中を預けて座り込んだ。

 幸いなことは、このあたりにはまだ雪が積もっていなことだろうか。


 樹海を抜けて、北の山の方へ歩いていくと、もう雪が積もりはじめているころだが、樹海のあたりは標高が低いのと、地温が高いので、真冬にならないと雪は積もらない。

 深き森の魔女は、樹海のどこかに住んでいると聞くが、まさかたどり着けないような奥のあたりではないだろう。


(っていうかなんで樹海になんて住んでるんだよ。もっとあるだろ。湖の側とか、住みやすそうな場所が)


 人を避けて住んでいるのだと思うが、避けすぎだと思う。

 クリストフが、はーっと木々が生い茂って見えない空に向かって息を吐きだした時だった。


 ――遠くで、獣の鳴き声がした。


 ぎくりと肩を強張らせたクリストフは、思わずうしろを振り返る。獣はいない。いない、が。


(今は昼なのか、それとも夜なのか……?)


 薄暗くて、昼か夜かも判断がつかない。

 ここにきて、どのくらいの時間が経ったのかも覚えていなかった。


(夜はまずい。たどり着けないなら、どこか広い場所に出て、とにかく火を起さなくては……)


 樹海に魔物がいるのなら、火を起したところで、普通の獣のように逃げたりはしないだろうが、ここにのんびり座り込んでいるよりはましだ。

 クリストフは急いで立ち上がると、周囲を見渡した。


「どっちだ。どっちに行けばいい?」


 そもそも、自分はどこから来たのだろう。

 クリストフは青くなった。

 完全に迷った。ここがどこかもわからない。


 さっきよりも近いところで獣の声がした。

 寒さなんて感じなかったはずなのに、クリストフは急激に寒気を覚えた。


 これは本当に死ぬかもしれない。

 手に持っていた水筒が地面に落ちる。

 一応、武器は持って来た。しかし剣一本で何ができる。獣を倒すことができても、ここから出られなければ同じことだ。


「は、ははは……」


 自分はおかしくなったのだろうか。

 面白くもないのに笑いがこぼれる。――その時だった。


「ねーえ、そんなところで何してるの? この辺、狼いるから、ぼけっとしてると餌にされるよ?」


 遥か頭上から、妙に明るいそんな声が振ってきた。

 驚愕して上を見上げると、背の高い木の上の枝のあたりに、一人の女性が座っているのが見える。


(え⁉ なんであんなところに人が⁉)


 とうとう目もおかしくなったのだろうか。

 驚きのあまり言葉もないクリストフが、ぼけっと上を見上げていると、「よいしょ」と声がして、女が枝から飛び降りた。


「ちょ――!」


 いくら何でもあの高さから飛び降りたら死ぬだろう。

 慌てたクリストフだったが、飛び降りた女の体は、まるで空を漂う羽のようにふわりふわりと降りてきた。


 はらりと、女のかぶっていた黒いローブが背中に落ちて、彼女の鮮やかな金髪が宙に広がる。

 それはまるで、暗い樹海の中を照らす太陽のように見えた。


 すとん、とクリストフの前に降りた女は、不思議そうに首をひねった。


「もしかして……迷子?」


 二十代半ばほどだろうか。見たこともないような美人だ。大きな深緑色の瞳は、見つめていると吸い込まれそうになる。


「おーい、もしかして立ったまま寝てる?」


 茫然としていると、女がクリストフの目の前でぱたぱたと手を振った。

 クリストフはハッとし、それから自分がここに来た目的を思い出した。


「あ……えっと、僕は、深き森の魔女様を探しているんですが、ご存じないでしょうか?」


 我ながら滑稽だなと思いながら、そんなことを訊ねる。

 だって、心の底ではわかっているから。

 あんな高いところか、まるで羽が生えているかのように軽やかに飛び降りて無事な女性を、ほかに知らない。


 案の定、彼女は目をぱちくりとさせて、それから笑った。


「それならわたしのことだけど?」



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