七歳になりました 3
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「まあ、奥様、可愛らしいですわ」
「くるりと一周回ってくださいませ」
「頭にリボンをお付けいたしましょう」
「腰に手を当てて、にこりと笑ってくださいませ」
次の日の朝。
わたしは、クリストフの邸のメイドたちのおもちゃにされていた。
クリストフのお邸のメイドたちは大変有能で、昨日のうちに七歳児のドレスを大量に購入して来ていたのだ。
そして今朝、その大量のドレスを抱えたメイドたちは、ベッドの上で惰眠をむさぼっていたわたしを叩き起こすと、わたしを着せ替え人形にして遊んでいるのである。
ちなみにわたしがぐーすかと寝坊している間にクリストフは起きて、城に出かけて行ったらしい。王子様にはわたしにはわからない小難しいお仕事があるのだそうだ。
「ねえ、どうでもいけど、お腹すいたんだけど……」
次から次へとドレスを着せて脱がしてをくり返していたメイドたちは、わたしのその一言で我に返った。
「あらあらそうでしたわね。奥様、朝ご飯にいたしましょう。料理長が奥様のためにプリンを作っていましたよ」
奥様、と呼ぶ割に完全に子供扱いだ。でもプリンは食べたい。
わたしの中の天秤が矜持と食欲でぐらぐら揺れる。
「今日の朝食は、チーズたっぷりのふわふわなオムレツもございますわ」
ふわふわオムレツ!?
わたしの天秤はスコーンとあっさり食欲に傾いた。
ぱあっと顔を輝かせて、「食べる!」と鼻息荒く答えると、メイドたちがきゅーんと胸を押さえてうずくまる。
「ああ、なんてお可愛らしい」
「魔女様だとお聞きしていましたからちょっと怖かったのですけど、こんなにお可愛らしい方だったなんて」
「わたくしにも奥様くらいの息子がおりますのよ。旦那様の奥様でなければ、わたくしの息子のお嫁さんに来てほしかったですわ」
「しかもこんなにはきはきお喋りなさるとは、何て賢いのかしら……」
「ええ、お着替えも嫌がらなくて……マーガレット姫様がこちらへ遊びに来られた時は、本当に大変でしたのに」
「それどころか昨日の夜はこの小さな手で暖炉に火をつける魔法を使ってくださいましたのよ」
「「「はあ、本当に、なんて賢くてお可愛らしい」」」
いやいや待て待て。だからわたしは二十七だってば!
メイドたちはどうやらわたしを完全に子供だと思っている。
腑に落ちないものを感じながら、わたしはメイドの一人に手を引かれて夫婦の部屋をあとにした。
長い廊下を歩いて、大階段を降り、ダイニングへ向かう。
王子の邸だけあって、この邸は無駄にでかい。三階建てで、大きな庭付きで、部屋は何部屋あるのかわからない。
夢にまで見た大豪邸だが、しかしやっぱり何かが違う。
わたしは優雅にアフタヌーンティーを飲むような生活を夢見ていたはずなのに、こんなちんちくりんな姿ではちっとも様にならない。
ダイニングに入ると、朝食のいい匂いが漂ってくる。
早く食べたいが、ダイニングの椅子が高すぎて、よじ登るのも一苦労だ。
四苦八苦していると、微笑ましいものを見るような顔で、メイドがわたしを抱き上げて椅子に座らせてくれる。
……はー、子供って、本当に一人じゃ何もできないみたい。
敗北感に苛まれてしょんぼりと肩を落としたわたしだが、黄金色に輝くオムレツが運び込まれたのを見るや否や、落ち込んでいたことも忘れてしまった。
オムレツ。黄金色の。チーズたっぷり。ふわふわ。
……クリストフと結婚してよかった。
結婚式の時はいかにして逃げ出そうかと考えていたのに、現金なわたしは、オムレツ一つであっさりと考えを改めた。
考えてみれば王子と結婚最高じゃん?
一日ごろごろして美味しいものを食べる生活だよ?
しかも今は子供の姿。夜のお付き合いはナッシング!
基本的に思考回路は単純にできているわたしが、ふへ、とオムレツを口に入れつつ笑み崩れていると、ダイニングの入口から優雅な足取りで黒猫――クイールが入ってくる。
「ずいぶんと寝坊だなあオデット。まあガキは寝て育つっていうもんな、あっはっはっは!」
軽口をたたきながら近づいて来たクイールを睨みつけたわたしは、クイールの首に光るものを見つけた瞬間フンと嗤った。
「あんたこそずいぶんいいものつけてもらったじゃないの。どっからどう見ても飼い猫ね。ぷぷー!」
「んだとクソガキ」
「くそ魔人」
「寸胴!」
「吊り目!!」
睨み合いながら罵り合っていると、メイドが無造作にクイールを抱き上げる。
「あらダメよジョン。奥様にそんなこと言っちゃあ」
いつの間にか首に鈴をつけられていた黒猫クイールは、名前まで付けられていたらしい。
「ジョン……! ぶぶっ」
「てめ笑いやがったなこの魔女ッ」
「はいはい、ジョン、ジョンにもオムレツがありますからねー」
キシャーッとちっこい牙を見せて威嚇したジョン――いや、クイールだったが、メイドにオムレツと言われて、ピーンと尻尾を立てた。自分で「グルメ」と言うだけあって、食べ物に敏感らしい。
……ていうか、ここのメイドすごくない? 七歳児の嫁を連れてこられて平然としているのみならず、人語を喋る猫相手にも動じないとか、どんだけ肝が据わってるんだろう。
なぜかわたしの席の隣にクイールのご飯が用意される。
しなやかに椅子の上に飛び乗ったクイールは、目の前に出されたオムレツにがつがつと食らいついた。
「あんた昨日どこに行ってたのよ」
「だから散歩だよ散歩。王都は俺の縄張りだかんな。余計なやつが入り込まねえように見回ってんの」
「余計なやつ?」
「他の魔物とか魔人な。魔物はまあすぐ追っ払えるからいーけど、魔人に入り込まれると今の俺じゃきついかんなー。しかもお前までちんちくりんにされやがって、マジで勘弁してくれよの世界だぜ。ここにほかのが来たらどーすんだ」
「魔人って、魔物も魔人も、もうほとんどいないはずでしょ?」
「数は減ったけど、いるとこにはいるんだよ。魔物の封印はがして回ってる馬鹿がいるからなー。ま、俺もその馬鹿のおかげでせまっ苦しい壺ん中から出てこられたんだけどさ」
「は? ちょっと待ちなさいよ、今の聞き捨てならないわよ」
魔人の封印をはがして回っている馬鹿がいる?
そんなことははじめて聞いた。
それが本当なら、この世界のあちこちに封印されている魔人が溢れ出てくることになる。
「いったい誰よその馬鹿は」
「しらねーよ。ずっと封印されてて腹が減ってたから、封印解けてすぐに食らいつこうとしたら逃げてったから顔見てねー」
「役立たず」
「うっせちび魔女!」
もしクイールの言うことが正しければ、同業者の魔女や魔法使いに警戒を呼び掛けた方がいい。だが、この姿のわたしの言うことを、どの程度信じてくれるだろうか。
「魔人って、人を襲うのよね?」
「そいつの性格にもよるけどな。俺みたいなグルメは、人間なんてまずいものはよほど腹が減ってなけりゃあ食わねえけどな。食えりゃあ何でもいいってやつは、遠慮なく食らいつくんじゃね? あー、グルメといやあ昔、俺の知り合いに人間の肝臓だけ食ってくやつがいて、そいつのせいで街一つ壊滅したことが……」
「最悪じゃないのっ」
「そう言われもそれが魔人だし。ま、そいつは五百年前に魔女に討伐されたから、生きてねーよ」
生きていたら大ごとだ。死んでくれていて助かった。
「つーか知らねえ町の誰かが死んだからって、いちいち目くじら立てるもんかね? 生存競争ってゆーやつだろ。弱いから淘汰されんだ。魔人も人も変わらねえ。弱い魔人だから魔女に殺られる。弱い人間だから魔人に食われる。食われたくなけりゃあ、強くなればいいだけの話だ。だろ?」
「そんなに単純な問題じゃないわよ」
「俺たちにしてみれば単純な問題だ。つーかひどい話だろ。人間なんて人間同士で殺し合うことだってするくせに、相手が魔人だったら騒ぐんだぜ? 俺たちが殺して回る人数より、自分たちで殺し合った人数の方が断然多いだろーが。俺たちはまだ食うためにやってることだが、お前らは殺したあと腐らせるだけじゃねーか」
「……人間には人間の理って言うものがあるのよ」
「だから馬鹿だっつーんだよ」
そうかもしれない。わたしの両親は流行り病で死んだが、孤児院にいた兄弟たちの中には戦争孤児もいた。魔人が人を狩ったら悪だと言われるけど、戦争で敵国の人を殺したら善だと言われる。何が違うのかと言われたら、わたしはクイールを論破するだけの答えを持たない。
でも、だからと言って、魔人に好きにのさばられては、人々は毎日理不尽に殺される恐怖を抱いて生活することになってしまう。
それはやっぱり、ダメだと思う。
「まあ、俺は魔人でお前は人間だ。何を言ったところで、考え方が交わる日は永遠に来ないだろうさ」
クイールも、別にわたしを諭したかったわけでもないらしい。
食後のプリンが運ばれてきて、クイールが赤い舌を覗かせながら、器用にぷるぷるのプリンを食べはじめる。
わたしもスプーンでプリンをすくって、でもなんとなく気になって、ちらりとクイールを見やった。
「ねえ、あんたはどうするの?」
クイールは鼻についたプリンをなめとりながら首をひねる。
「なにが?」
「あんたは魔人でしょ。魔人の封印がたくさん解かれて、この世界に魔人が溢れたら、どうするの?」
「意味わかんねー」
クイールは鼻で嗤った。
「俺たち魔人はお前ら人間みたいにつるんだりしねー。俺の縄張りに勝手に入ってくるやつは、魔人だろうがなんだろうが全力で追い払うぜ?」
「……あんたが負けたら?」
「そんときゃそんときだ。俺の方が弱かっただけの話だろ? 俺を殺して俺の縄張りを奪った魔人が、次にここをどうしようと、俺の知ったこっちゃねーよ。それを考えるのは人間の仕事だ。俺が死んだ後のことまで、なんで俺が考えなきゃいけねーんだ?」
俺が死んだらあとはそっちで勝手にしろ、と突き放したことを言って、クイールはプリンにかぶりついた。
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