灰色の魔人ヴォルフ 4
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ぐわっとシトリンの魔力全部とエメラルドに残った魔力、そして自分の体に流れていた魔力のすべてが吸われていく。
宙に浮いていた体がぐらりと傾ぎ、浮力を失って落下する。
「オデット‼」
「でかした魔女‼」
地面にたたきつけられる直前、どうにか小さな風を呼ぶことに成功し、激突は免れたが、それでも結構激しく体を叩きつけられた。
ぜーぜーと息をしながら顔を上げると、円柱形の結界に囲まれたヴォルフが見える。
クリストフがわたしのもとに駆けよろうとしていて、ヴォルフと対峙するように宙に浮いたクイールが大きく吠えた。
ヴォルフの頭上に展開される巨大な闇魔法。
……なるほど確かに、これは堅固な結界がいるわ。
集まる魔力のゾッとする。結界で囲わなかったら、たぶん王都ごと吹っ飛ぶレベルの特大の闇魔法。
あいつ、そんな力残ってたわけ?
わたしとの戦いで相当な力を失っているはずで、それはまだ回復していないと言っていたのに、その状況で打てるのか。
「……化け物ね」
ヴォルフがクイールを「はじまりの魔人」と呼んでいた。「はじまりの魔人」が何かはわからないが、名前からして、魔人がこの世に生まれたあたり――それこそ数千年前から存在している古い魔人ではないかと推測する。
そんな化け物級の魔人に、わたしはよく挑んで無事だったものだ。
クイールが封印で弱っていなかったら、瞬殺されていたかも。
無数の闇の剣が、光の速さでヴォルフめがけて落ちていく。
結界に阻まれてヴォルフは逃げることもできない。
断末魔のような絶叫が聞こえる。
クイールが生み出した闇の剣の数が多すぎて、わたしの作った結界の中は闇に覆われたようにしか見えなかった。
クリストフがわたしを助け起こして、抱き上げる。
魔力が底をついて、わたしは指一本まともに動かせない。
最後に特大の轟音が響き渡って、クイールが生み出した闇魔法が消えた。
わたしの結界も光に溶けるように消えていく。――わたしは、息を呑んだ。
……まだ生きてる。
クイールの無数の闇の剣に貫かれながら、ヴォルフはまだ姿を保っていた。
魔人や魔物は死ぬと砂のようになって消える。姿を保っていると言うことは、まだ生きていると言うことだ。
クイールの舌打ちが風に乗って聞こえてきた。
クイールもさっきの魔法で今の彼が持てる魔力のほぼすべてを使い切ってしまったようだ。
クリストフがそっとわたしを地面の上に座らせて、剣を構えた。
見れば、クリストフの腕や足に無数の傷があって血がにじんでいる。痛そうな顔をしていなかったから気づかなかったけど、彼も満身創痍だ。魔人相手に斬りかかったのだから、当然かもしれないけど。……わたしが剣に付与していた風の結界も、魔人相手には通用しなかったろう。
「クリストフ、だめ」
わたしは必死に腕を伸ばして、彼のコートの裾を引っ張った。
「オデット、今動けるのは僕くらいだよ」
クイールは四本足でどうにか立っているが、体が小刻みに震えている。体を支えるのも厳しいほど消耗しているようだ。
ヴォルフがこふっと血を吐きながら立ち上がった。
……魔人も、その体に赤い血が流れているのね。なんだか不思議。
魔人の血を見たのははじめてだ。魔人は怪我を負っても瞬間的に魔力で塞いでしまうから、クイールとの戦いのときも血なんて見なかった。
見れば、彼の体からも血が流れている。つまりは、傷を塞ぐほどの魔力もヴォルフには残っていないと言うことだ。
ヴォルフは髪と同じ灰色の瞳でクイールを睨む。
ヴォルフにもわたしたちを攻撃する力は残っていないだろう。しかしここで彼を逃すと、また人が食われる。
……親が魔人に食われて、泣く子供を、わたしはもう見たくない。
わたしが全身の力を振り絞って立ち上がろうとしたとき、わたしの隣にサーリアが立った。
「念のため持ってきていたんだけど、あんた、魔人を封印する魔法知っている?」
「え……は?」
サーリアの手には一つの壺があった。クイールを封印していた壺だ。
封印の魔法は知っている。使ったことはないが、本で読んだことがあるから。
だけど、わたしにはもう魔力がない。
「知ってるけど魔力がないわ」
「防御に徹してたパトリシアは魔力が残ってる。無理?」
サーリアがパトリシアを手招く。
まだ魔法を覚えたての新米に封印魔法を使わせるとか、あんたなかなか鬼教官じゃないの。
わたしはパトリシアを見上げて、彼女が頷くのを見て笑った。
教師が教師なら、教え子も肝が据わっているようね。
今のヴォルフなら、耐久がある属性でも充分封じられるだろう。パトリシアは火属性だから、それでいい。
わたしの説明を聞いたパトリシアが、壺を構えた。
「捕縛魔法応用《炎・封魔》!」
……抵抗する力が残っていなかったのか、それとも諦めていたのか、ヴォルフは何の抵抗も見せずに、壺の中に封印された。




