灰色の魔人ヴォルフ 3
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「炸裂魔法応用《土・連弾》‼ 結界が破られる前にできるだけコルドの数を減らして‼」
サーリアの放った無数の土の弾丸が五匹に命中し、内二匹のコルドの息の根を止めた。
「穿通魔法《土》‼」
「炸裂魔法《土》‼」
宮廷魔導士団たちも次々に自分が使える魔法を繰り出す。
コルドはサーリアと宮廷魔導士団に任せてもよさそうだ。
クリストフがわたしの横で、いつ結界が破られてもいいように剣を抜いて構える。
クイールが屋根から飛び降りて、わたしの肩に飛び乗った。
灰色の髪の魔人は、次々に結界に突進していくコルドに無感動な視線を向けて、それからクイールに視線を移した。
「……前回、もしやと思ったが……はじまりの魔人のクイールか?」
「だったらなんだ若造。俺様に敬意を表してここから手を引くってんなら見逃してやってもいいぜ。俺は、な」
「冗談。ここはこのあたりでは一番いい『気』が満ちている。手を引く理由はない」
「ま、ほしけりゃ奪うってのは魔人の道理だがな。だが俺に喧嘩を売ろうなんざ千年早いぞ小童」
その若造で小童に、前回相当なダメージを与えられて死にかけていたくせに大口をたたくものだわね。
「お前の顔、どっかで見たことあるぜ。ヴォルドバルダの血縁か?」
「孫だ。ヴォルフという」
ヴォルフが、光と闇の結界に手のひらを触れながら笑った。
バチバチと結界が激しく火花を散らしているのに、ヴォルフは平然としていた。魔力差だろうか。苦手な属性の結界のはずなのに、あまり堪えていない様子だ。
「ねえクイール。あのヴォルフってのと知り合いなわけ?」
「あいつのじーさんと五百年前にちょっとな。あいつは直接は知らねえ」
「……ちなみにあいつを討伐したらそのおじいさんとかが出張ってきたりしないわよね」
「ヴォルドバルダはとっくに死んでる」
「そうなの?」
「ああ。俺が殺した」
……あれ、今のは空耳かな?
もしかしなくても、ヴォルフがこの場所を狙うのって、おじいさんを殺したクイールへの復讐とかじゃないよね⁉
めちゃめちゃ嫌な予感がするけど、今問いただす余裕はない。
わたしは杖を握りしめて、バチバチと火花を上げている結界を凝視した。
コルドはサーリアと宮廷魔導士団で五匹ほど討伐が終わっている。残り六匹。だが、これ以上は結界が持たない。
「サーリア‼」
「わかってる! 全員、結界張って耐えて! 結界魔法応用《光土・盾》‼」
「結界魔法応用《光闇・円》‼」
サーリアが自分と宮廷魔導士団の周りに結界を張るのを確認して、わたしも光と闇の結界をわたしとクリストフ、ついでにクイールの周りを囲うように展開する。くそぅ、今のでエメラルドの魔力が三分の一まで減った!
結界が目の前に展開されて一秒後、爆炎をとどろかせて、サーリアが張っていた光と闇の結界が破られた。
突進してくるコルドに、サーリアが結界の内側から土魔法で攻撃する。
と、サーリアの土魔法攻撃が一体のコルドに命中した直後、わたしの張っていた結界からクリストフが飛び出した。
「クリストフ‼」
「僕は大丈夫!」
剣を構えて、勢いよくコルドに斬りかかっていく。ちょっ、めっちゃ早いんですけどどういうこと⁉
流れるような剣の軌道で、一体、二体とコルドを傷つける。
「おー、お前の作った魔法剣、上手く作動してるじゃねーか」
「悠長なことを言ってる場合か!」
わたしは思わずクイールに怒鳴った。
確かに、クリストフが斬りつけていく端から剣がコルドの魔力を吸っている。だがやはり水属性の魔法剣だからか、コルドへの致命傷は負わせられない。
「クリス――ちっ! 斬撃魔法《光》‼」
ドンッとわたしの張った結界に衝撃があって、わたしはハッとして目の前に向かって光の魔法攻撃を向けた。
クリストフに気を取られたわずかな隙に、ヴォルフがわたしの目の前に迫っていたからだ。
結界が弾かれる――そう思ったとき、クイールの放った無数の闇の斬撃がヴォルフを引き裂いた。
しかしそれもヴォルフが背後に飛んだせいで致命傷には至らなかった。
「ちっ、腕一本くらい取れると思ったんだがな!」
クイールが悔しそうだ。
「その姿でもあまり近づくのは危険そうだ」
引き裂かれた肩を見て、ヴォルフが眉を寄せる。魔人ってのは痛覚がないのかしらね⁉ もっと痛そうにすればいいのに! その傷で余裕を見せつけられると背筋がぞわぞわするよ!
ちらりとクリストフに視線を向けると、彼は上手くコルドの攻撃をかわしながら、もう一匹のコルドに傷を負わせて、いったんパトリシアが構えている盾の結界の奥へ引いた。たぶん、わたしがクリストフの動きを気にしていることに気づいたんだと思う。
クリストフが三匹のコルドの魔力を奪い取ったおかげで、ギャビンとレバルの攻撃だけで三匹とも倒せたようだ。残り二匹。……いや、今サーリアが一匹倒したからあと一匹。コルドの方は心配いらない。
わたしめがけて飛んできたヴォルフの風の刃を風魔法で相殺し、わたしは浮遊魔法で体を浮かせた。子供の足では俊敏に動けないから、魔力を消費しても空に浮いていた方がマシだ。
「お前は右から攻撃しろ。俺は左側を狙う!」
「わかった!」
クイールと共闘というのもなんだか不思議な気がするが、今は彼ほど心強い味方はいない。
「炸裂魔法《光》‼」
わたしの光魔法とほぼ同時に、クイールの放った闇の刃がヴォルフに牙をむくが、ヴォルフが素早い動作でわたしの攻撃をかわし、魔力をぶつけてクイールの攻撃を相殺する。
……こいつ、早い。
よけられるとわかっていたら無駄打ちはできない。なぜなら今のでエメラルドの魔力残量が五分の一まで減ったからだ。あとはこの魔力は浮遊魔法の維持だけにしか使えない。
……もう一個シトリンがあるけど、だからって魔法を連弾できるほどの余裕はない。
もう一発ヴォルフに向かって攻撃を繰り出したクイールが、大きく跳躍してわたしの肩に飛び乗った。
「おい、お前が今打てる最強の結界魔法は何だ。俺とやったとき、全属性の結界使ったろ。あれ打てるか?」
「は?」
「いいから答えろ」
わたしはシトリンを握りしめて眉を寄せる。
「……一回が限度だと思うけど、いけると思う。でも、ちょっと時間がかかる」
「時間か。ちっ。お前のダチのあの女、足止めいけるか?」
「無茶言わないでよ。サーリアはたぶんもう魔力残量ほとんどないわよ」
「ちっ!」
「何? 時間を稼げばいいの?」
わたしがハッと顔を上げると、いつの間にか近くにクリストフがいた。
「クリストフ、なんで――」
「ちょうどいい、クリストフ、手伝え!」
「は⁉ ちょっとクイール‼ クリストフ⁉」
クイールがわたしの肩から飛び降りて、ヴォルフに向かって駆けだした。
クリストフもまるでクイールと示し合わせたかのように駆け出していく。
「クリストフ‼」
「いーからお前は集中しろ‼」
クイールが怒鳴る。
そんなことを言ったって、クイールはともかく、クリストフが叶う相手じゃないのに……!
……ああっ、もう!
わたしはぎゅうっと顔をゆがめて、片手でシトリンを握りしめて杖を構えた。
クイールに言われた全属性結界はすごく集中力を使うのだ。余計なことなんて考えていられない。
大きく息を吸って目を閉じる。
爆音やクイールやクリストフのうめき声が遠くで聞こえて、心臓がぎゅっとなった。
……集中しろ、わたし。クリストフはきっと大丈夫。大丈夫。
息を吸って、吐く。
自分の鼓動が少しずつ大きく聞こえはじめて、体の中をめぐる血の流れに沿って、わたしの中の魔力が流れていくのを感じた。
シトリンを持つ手が火傷しそうに熱くなる。
わたしは大きく息を吸い込んで、ゆっくりを目を開けた。
そして叫ぶ。
「―――結界魔法応用奥義《水火土風光闇・堅牢》ッ‼」