灰色の魔人ヴォルフ 1
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どうやら、一刻を争う事態のようだ。
わたしは分厚いもこもこコートにマフラーをぐるぐる巻かれた状態で、クリストフの操る馬の上にいた。
馬車を出すより馬が早いと、クリストフが愛馬に乗せてくれたのである。
もちろん空を飛んだ方が馬よりも早いが、今は少しの魔力も使いたくない。対魔人用に温存しておきたいのである。
クリストフが馬を飛ばすため、雪交じりの風がバシバシと顔にあたる。寒くて凍えそうだが、我儘はいっていられない。もこもこと着ぶくれているわたしより、馬を操っているクリストフの方が寒いだろうし。
クイールの話だと、北の魔人が王都に向かって動き出したらしかった。ついでに、彼の魔力だまりによって生まれた魔物たちも彼にくっついて移動していると言う。クイールの見立てではコルドが十匹程度だろうとのことだが、弱めの魔物でも十匹もいたら脅威である。もっと言えば、わたしやサーリアは極力魔人に集中したいので、余計な魔物の相手なんてしたくない。
……せめてもの救いは、魔人が王都に向かっているから、クイールをあてにできることくらいだろうか。だが、今の彼にどれほどの力が残っているのかは未知数だ。あてにしすぎると計算が狂うことになる。
クリストフとわたしを乗せた馬が王都に飛び込むと、わたしはすぐに王宮魔術団へ向かった。クリストフは国王に連絡し、王都の北に住む住人を急ぎ避難させるそうだ。
「サーリア!」
演習場に飛び込んでサーリアに事情を説明すると、サーリアが真っ青になる。
「ここに来るの? 魔人が⁉」
「北の方角よ。急いで結界を張って。わたしは魔力を温存したい。それからコルドが十匹程度くっついているらしいわ。……団員たちでどこまで対応できる?」
本当は、宮廷魔術団は動かしたくなかった。しかしコルドが十匹もいる以上、彼らに数匹でもいいから対応してほしい。
「せいぜい二、三匹よ」
「それでも充分」
わたしとサーリアの話を聞いていた団員たちの表情がきゅっと引き締まる。一度実践を経験したからか、以前ほどの緊張は見られない。
サーリアが箒にまたがって上空に飛び上がった。
「結界属性は⁉」
「光か闇で対応できるならそれで! むりなら、それ以外の四属性全部の複合‼」
「四属性全部とか意味わかんないから! それなら光属性の結界の方がまだましよ!」
苦手だけどねとぶつぶつ言いながら、サーリアが上空で杖を構える。結界は破られる可能性が高いが、結界があるだけで時間稼ぎができるだろう。
「結界魔法《光》!」
サーリアの光の結界が王都を包み込んだのを確認して、わたしは上空に向かって声を張り上げた。
「上から闇属性も‼」
「バカなのあんた⁉ もう‼ 結界魔法《闇》……‼」
ぐっと、サーリアの横顔が歪んだ。ぐらりと箒が傾いで、サーリアが落ちかける。ぎりぎりで体勢を整えたが、降りてきたサーリアはかなり消耗していた。
「魔力半分以上持ってかれたわよ。どうしてくれんの」
「でもこれだけあればしばらく持つわ」
しかも、光と闇の二つの大きな結界を張って魔力消費が半分程度とは、わたしが知っているよりサーリアの魔力量も上がっている。これは嬉しい誤算だ。サーリアが使えなくなるのを覚悟で頼んだから。
「宮廷魔導士団は北門付近に急いで。でも近づきすぎないで。わたしも空から向かうわ。オデット、あんたは?」
「クリストフと馬で行く。たぶん、彼もついていくって言うから」
危ないからと言っても、クリストフはついてくるはずだ。だったら一緒に行った方がまだいい。それに、馬で移動できればわたしの魔力も温存できる。
「じゃあ、先行くわよ。あんたも早く来なさいよ。言っとくけど、わたしに攻撃は期待しないで。まあ、コルドくらいなら何とかしてあげるけどね!」
サーリアがそう言って、箒に乗って飛び立った。
サーリアの指示を受けた宮廷魔術団も演習場から駆け出していく。彼らはまだ空が飛べないので、馬や馬車で向かうのだろう。
わたしが演習場から城の中に戻ると、クリストフが廊下を走ってくるところだった。
「クリストフ、北門に向かって」
「わかってるよ」
わたしの足では遅いので、クリストフがわたしを腕に抱きあげて城の玄関へ向かう。
クリストフに馬に乗せてもらっていると、国王と王太子、そして第二王子が走ってきた。
「クリストフ、魔女殿!」
「父上、兄上、国民の避難はお願いします」
クリストフがわたしのうしろにひらりと飛び乗って手綱を握る。
心配そうな国王たちに、安心させるような言葉の一つでもかけてあげたいが、正直今のわたしには、大丈夫だと約束してあげられるほどの力はない。
「……被害はできるだけ最小限に抑えるつもりですけど、まったくないとは言えないです。絶対に北門の近くには人を近づけないでください」
「しかし、兵は……」
「兵士もです」
人が増えれば、それだけ守る人数が増えると言うことだ。余分な力は使いたくない。
「父上、何かあれば連絡します。絶対に人を近づけないようにしてください!」
クリストフがそう言って、馬を走らせる。
わたしは雪のちらつく空を見上げて、ぐっと奥歯をかみしめた。