水の剣 2
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「ふざけんなくそチビ魔女‼」
「いいじゃないの少しくらい! けちけちすんな!」
「オデット、そんなものを持って走ったら危ないよ!」
わたしは今、わたしの今の身長以上もある剣を抱えて、逃げるクイールを追い回している。
ダイニングの中をぱたぱたと走り回るわたしを、はらはらした様子でクリストフが追いかけていた。
剣は鞘に納めているから大丈夫なのに、クリストフがわたしを捕まえようと手を伸ばす。
あえなく抱き上げられたわたしは、むーっと口を尖らせた。
「クリストフ止めないで! 試し切りしないと効果がわからない!」
「だからなんで俺様で試し切りをしようとするんだ‼」
クリストフに頼まれた魔法剣は、理論上は完成した。だが、きちんと魔力吸収ができるかどうかは、魔人や魔物を切って見ないことにはわからない。ちょうどいいところに魔人がいるのだから、試し切りして見たくなるのは魔女の摂理だ。うん。わたしは間違ってない。
「ちょっと斬るだけだって言ってるでしょ!」
「はいそうですかって自分を切らせるやつがいると思うか⁉」
くそう、自称大魔人のくせに、みみっちいやつだ。いいじゃんちょっとくらい。
この魔法剣は、クリストフの愛用の剣を改造して作った。もともとわたしがクリストフの剣に風の魔石をはめ込んで何かあれば防御結界が作動するようにしていたから、理論上は攻撃も防御もできる剣になっている……はずである。
クリストフがわたしの手から剣を取り上げて、わたしを床に降ろす。
わたしが手の届かない高さで鞘から刀身を抜いて、しげしげと眺めた。
「あまり変わっているようには見えないね」
「水の属性が付与されてる」
クイールがわたしとクリストフから十分な距離を取りながら言った。さすが腐っても魔人。見ただけでわかるらしい。
「使い方は普通の剣と変わらないから、見た目ではわかりにくいかもね。今は自然界にある魔力しか吸収できてないからあまり効果も出ないだろうし。やっぱりクイールを切って魔力を吸収できるか検証を……」
「いい加減にしないと食うぞてめえ!」
クイールが毛を逆立てて威嚇してくる。
クリストフが剣を鞘に納め、ダイニングテーブルの上に置いた。
「オデット、いくら何でも試し切りはよくないよ」
「でもちゃんと作れたかわかんないし」
「そうだとしても、クイールは王都を守ってくれたし、いい魔人だろう?」
魔人にいいも悪いもないと思うが、まあ、クリストフの言う通り今のところ害はない。
……クイールなら切っても大したダメージなさそうだからいいじゃん。ちょっとした傷をつけさせてくれるだけでいいのに、ケチ。
すっごく不満だが、クリストフにまでダメと言われたら逆らえない。怒られたくないからである。
わたしが諦めると、クイールが舌打ちしながらテーブルの上に飛び乗った。
「で、くだんねえこと言ってないで、魔人討伐にいつ行くか決めたのかよ」
「……それなのよね」
わたしは首から下げているエメラルドに触れる。保有できる魔力総量の半分と少しくらいはたまっただろうか。
クイールによると、北にいる魔人がそろそろ腹を空かせる頃らしい。王都に来るか、それとも近くの町や村を襲うかは定かではないが、近いうちに動きがあってもおかしくないと言う。
宮廷魔導士団は想定よりも優秀だったが、今回の魔人討伐には連れて行かないと言うことでわたしとサーリアの意見は一致している。なぜならクイールによると、その魔人は火、水、土、風の四属性に耐性があると言うからだ。レバル以外はほぼ役に立たない。そしてレバルが使える攻撃魔法は光の穿通魔法のみ。戦力としては弱い。
正直、今の子供の自分では不安しかないが、これ以上悠長に構えていられるほど時間も残っていないだろう。
「オデット……」
クリストフが心配そうな顔をして、わたしを腕に抱きあげた。
「大丈夫よクリストフ。わたし一人じゃないし」
クリストフを安心させるように笑って見せたが、サーリアは光魔法も闇魔法も苦手ときた。サーリアにはほぼ防御に徹してもらって、主砲はわたしである。
だけどクリストフに不安な顔を見せると、彼はわたしが向うのを止めるかもしれない。
「明後日――」
明後日向かうと、わたしが言いかけたその時だった。
ダイニングに、すごい勢いで真っ黒な兎と鳥とモルモットが飛び込んでくる。
クイールが生み出した黒い動物たちは、彼の周りをぐるぐると回って、そして再び外へと消えた。
クイールが彼らが消えた方角に顔を向けて、すうっと目を細める。
「時間切れだ魔女。やつが来る。ついでに魔物もな」
――どうやら、事態は想定よりやばいようだった。