宮廷魔術団の初仕事 3
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城に向かうと、移動のために二台の馬車が準備されていた。
宮廷魔術団の団員七人は、初仕事に緊張しているのか、皆表情が強張っている。
わたしが到着すると、クリストフがわたしを抱き上げて、一台目の馬車に乗った。わたしと同じ馬車にクリストフとギャビン、イタン、レバルが、後続の馬車にサーリアとジェレミー、エバンス、チェルシー、パトリシアが乗っている。
西の山は馬車で一時間ほどのところにある。
馬車に揺られながら、わたしはギャビンたちに魔物コルドの特徴について説明していた。と言っても、わたしも実物は見たことがないから、魔法書で読んだ知識しか語れないが。
「水属性で火魔法に耐性があるから、火魔法の効果は半減するの。土魔法と光魔法が弱点だから、ギャビンとレバルを中心に攻撃してみようと思う。わたしは基本手を出さないけど、やばくなったらいつでも出るから、自分たちでできるところまで対応してみて。サーリアもいるし、怖がる必要はないわ。でも、油断と過信は禁物よ」
宮廷魔導士団は現在、自分の属性の魔法を中心に練習中だ。レバルだけは光魔法だと魔力消費が多すぎて効率が悪いので、サーリアが教えやすい火魔法も練習している。自分が持っている属性の魔法以外もおいおい使えるようになってもらうが、まずは自分の属性の魔法を習得してからだ。
クリストフの膝に抱っこされた状態だから偉そうなことを言ってもしまらないが、彼らはわたしの中身が大人だと理解しているので、神妙な顔で聞いてくれた。たぶん、緊張で笑う余裕もないのだと思うけど、真面目に聞いてくれてちょっと嬉しい。
「僕はオデットを抱っこして後ろの方にいたらいいのかな?」
「……別に抱っこしてなくてもいいのよ?」
「抱っこしていた方が見やすいだろう?」
クリストフはあくまでわたしを抱っこするらしい。
視界が高い方が見やすいのは本当だが、腑に落ちない何かを感じる。
馬車が山のふもとに到着すると、魔力を探って、コルドがいるポイントを絞り出した。山の中腹あたりだ。ここからは歩いていくことになる。
さすがにまだ未熟な団員たちを先頭にするわけにもいかないから、サーリアが先頭を歩くことになった。サーリアは箒で飛んでいきたかったみたいだが諦めてもらう。雪で滑るだの、靴が汚れるだのぶつぶつ文句を言いながら進んでいくサーリアのあとを七人の団員が行き、最後尾はわたしを抱きかかえたクリストフだ。
サーリアがオデットだけ歩かなくてよくてずるいとか文句を言っているのが聞こえてくるが、無視だ無視。雪が薄く積もっている山の斜面を子供の足で進む方が無理というものである。
「オデット、寒くない? 僕のコートの中に入る?」
「しっかり着込んでるから大丈夫よ」
わたしは白いもこもこコートスタイルである。中にも何枚も着込んでいて、分厚い手袋もはめているから、冷たさは顔くらいしか感じない。
先頭を歩くサーリアから「いちゃいちゃするな」という文句が再び聞こえてきたが、これも綺麗に無視をした。ふふん、持つべきものは夫ですよ。悔しかったらサーリアも結婚すればいいのよ。……なんて、結婚式のあとに逃亡しようとしていたわたしが言うのもなんだけどさ。
クリストフはわたしに激甘だから、彼の側はかなり居心地がいい。抱っこもあーんもよしよしも慣れたからかあまり恥ずかしくなくなってきたし、生活は快適だし、言うことなし。まったくいい旦那さんだ。うん。
思えば、わたしは早くに両親を亡くして親戚の家に預けられ、そののち師匠に引き取られて孤児院で生活したからか、誰かに無尽蔵に甘やかしてもらった記憶がない。
師匠も孤児院の兄弟たちも優しかったけど(サーリアは除く)、わたしだけに愛情を向けられたことはなかった。
だからなのか、クリストフに甘やかされると、このままずっと甘えていたいような変な気分になるときがある。甘えて甘えて甘えまくって、ずっとくっついていたいようなときがあるのだ。十一歳も年下なのに、体が子供になったからか、最近はあまり年齢差が気にならない。
体が子供になると、精神年齢まで引っ張られるのだろうか。よくわからないけど。
「サーリア、魔力の気配が近いわ。気を付けて」
「わかってるわ。結界魔法《風》」
サーリアが自分と宮廷魔導士団、そしてわたしたちの前に風の結界を張った。得意の火魔法を使わなかったのは、コルドが水属性だからだろう。水属性の攻撃が相手だと、炎の結界魔法は効果が弱まる。ただ、水属性の中でも氷を操る魔物には、逆に火魔法の結界の方が効果的だったりするから、一概には言えないのだが。
サーリアはわたしの魔力が少ないのを知っているので、わたしの魔力温存に協力的だ。
杖で魔力増幅しても、今のわたしの魔力だと、エメラルドの魔力を使わなかったら攻撃魔法一発撃てば、ほとんどからっぽになっちゃうからね。杖の魔力増幅がなかったら、火球一つ作るので精いっぱいだろうし。
サーリアが結界を張ってくれる代わりに、わたしは魔力探知に集中する。サーリアもわからないわけではないのだが、おおざっぱな性格だからなのか、精密性に問題があるのだ。
「サーリア、右八度、五メートル先にいるわ。木の陰に隠れてる」
コルドはおそらくわたしたちに気づいているだろう。警戒して様子を窺っている。あまり近づきすぎると攻撃してくるだろうから、少し距離を取っておいた方がいい。
「わかった。全員止まって」
サーリアが宮廷魔導士団のメンバーを止めて、土属性の魔力を持っているギャビンと、光属性の魔力を持っているレバルを先頭にする。その後ろに防御などの支援魔法担当で風属性の魔力を持っているエバンスとチェルシーを配置し、四人の右隣りに水属性のジェレミー、左隣に火属性の異端とパトリシアだ。
サーリアはギャビンとレバルの隣に立つ。
わたしとクリストフは一歩離れて様子見だ。やばくなったら出る予定であるが、コルドはあまり強くない魔物なので、わたしの出番はほぼないと見ていい。
「エバンスとチェルシーはコルドの周囲を風の結界で取り囲んで。ギャビンは土の穿通魔法。レバルは――何ができるんだっけ?」
「同じく穿通魔法よ。光の矢。ただ今のところ一発が限度ね」
「じゃあわたしが指示で打って。無駄打ちはしたくないわ」
「わかりました」
サーリアの指示に、レバルが初心者用の杖を片手にごくりと息を呑んで頷いた。初心者用の杖はあまり魔力増幅が期待できないがないよりはましだと、急遽サーリアとわたしで手分けをして作ったのだ。魔法になれてきたら魔石をはめ込んだ杖を作ってあげたいが、魔物の数が減っているせいで魔石はかなり高価で、わたしやサーリアのポケットマネーからは出せそうもない。これは国王陛下に応相談である。
エバンスとチェルシーが風の防御魔法を使おうと杖を握りしめる。
ギャビンは二人が結界魔法を発動した直後に魔法が放てるように集中しているようだ。
レバルは少し震えている。元騎士であるギャビンは、騎士団で戦闘訓練を積んでいるが、レバルは元文官で、荒事には慣れていないのだ。わたしにまで緊張が伝わってくる。
「「結界魔法《風》‼」」
エバンスとチェルシーがほぼ同時に結界魔法を放った。
コルドの周りを結界で囲むのは、逃亡を阻止するためと、極力周囲の木に被害を及ぼさないためでもある。
「穿通魔法《土》!」
結界で囲まれたコルドが怒って大きな方向をあげた直後、ギャビンが穿通魔法を繰り出した。地面から槍の先端のような刃が突き上げる。しかしコルドはそれを後方に飛んでよけると、上体を低く身構えた。
「突進してくるわ!」
思わずわたしが声をあげると、サーリアがジェレミーに向かって指示を出す。
「氷の結果魔法で行く手を阻んで!」
「結界魔法《氷》‼」
ジェレミーはほかの六人よりも魔法を繰り出す速度が速い。クリストフ曰く、瞬発力がずば抜けていいそうだ。サーリアの咄嗟の指示にも見事に対応して見せたジェレミーに拍手を送りたくなった。
……うんうん、指示をする人間は必要だけど、思ったよりいいじゃん。
彼らのいいところは、サーリアの指示に素直に従ってくれるところだろう。子供の姿であるわたしの言葉も反感を持たずに聞いてくれる。多分だが、最初の人選のときに、集団行動ができない人間ははじめから跳ねておいてくれたのかもしれない。王様に感謝!
ジェレミーが張った氷の結界にコルドが突進して激突する。
「イタン、パトリシア、炎の炸裂魔法!」
コルド相手に火魔法はあまり効かないが、サーリアはせっかくの実戦経験の場だから全員に魔法を使わせるつもりのようだった。協調性のない女だと思っていたが、人を育てることには意外と向いているのかもしれない。
「「炸裂魔法《炎》!」」
イタンとパトリシアの放った炸裂魔法がコルドを襲う。コルドの周囲で爆炎が上がると同時に、サーリアはレバルに指示を出した。
「落ち着いてレバル!」
自分が教えたからだろうか、つい心配で声をかけてしまう。
レバルは「はい」と頷いて杖を構えた。
「……穿通魔法《光》‼」
レバルが魔法を唱えた瞬間、まさに光の速さで上空から金色の弓がコルドを貫く。
「やった!」
「まだよ!」
喜ぶサーリアにわたしは叫んだ。
まだ魔力は全部消えてない。
重傷を負って怒り狂ったコルドが、氷の結界を吹き飛ばして突進してくる。
サーリアが杖を構えた。――だが。
「斬撃魔法応用《土・槍》」
応用魔法ですって?
ジェレミーが唱えた魔法にわたしは目を見張った。
応用魔法はまだ教えていないはずだ。
驚くわたしをよそに、ジェレミーが土の魔法で生み出した槍を構えて、突進してくるコルドの体を勢いよく貫いた。
魔法で槍を生み出してそれを武器に使うなんて――
できなくはないが、魔女や魔法使いは体術を使うことはほぼないので、実際に見たことがない。
ジェレミーの一突きで、コルドは完全に息絶えて、砂塵になって消えていく。
どういうことだとサーリアを見ると、彼女は勝ち誇ったような顔で笑っていた。
「驚いたでしょ? ふふん。これがわたしの指導力よ!」
驚いたけど、自慢するより先にどうなっているのか説明してほしい。
サーリアは地面に転がった青い魔石を拾い上げて、わたしに向かって放り投げながら言った。
「ギャビンとジェレミー、エバンスの三人には一つだけ応用魔法を教えたのよ。体を動かしたくてうずうずしていたみたいだから」
曰く、元騎士の三人は、魔法攻撃だけだと物足りない様子だったらしい。そこで、物は試しと、応用魔法でそれぞれの属性の武器を生み出す方法を教えて見たのだそうだ。今のところうまく使いこなせているのはギャビンだけだそうだが、ほかの二人も武器を生み出すところまではできていると言う。
……時間回帰とか変な魔法を思いつくだけあるわ。魔法応用力だけなら、サーリアは天才かも。
でもそうか、なるほどね。元騎士だった魔女や魔法使いなんて、わたしの知る限り前例がないもんね。わたしやサーリアが師匠に教えてもらった方法ではなくて、彼らにあった方法で教えるのが一番かもね。
得意げなサーリアがちょっとムカつくが、ここは素直に感心しておこう。サーリアだから思いついたことだろうし。
それに、思っていたより七人の魔法の習得が早い。サーリアが指導者に向いているのはあながち間違いでもないのかもしれない。
「父上にいい報告ができそうだね」
責任者であるクリストフも嬉しそうだ。
こうして、宮廷魔導士団のはじめての実践は、大成功で幕を閉じた。




