宮廷魔術団の初仕事 2
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それは、夫婦の部屋でクリストフと朝食を取っているときのことだった。
「おい、魔物が出たぞ」
ふらりと我が物顔で部屋に入ってきたクイールの開口一番に、わたしはゴフッとパンをのどに詰まらせた。
わたしを膝の上に抱っこしていたクリストフが、ぽんぽんと背中を軽く叩いて、オレンジジュースを飲ませてくれる。
ちなみに、わたしを膝の上に抱っこして食事をするのは、最近のクリストフのお気に入りである。わたしはクリストフの膝に乗っていた方がテーブルの高さがいい感じになるので楽なのだが、クリストフは食べにくいだろうに、解せぬ。
「魔物ってどういうこと⁉」
「こいつが報せて来た」
こいつ、とクイールが上を見上げると、クイールが魔法で生み出した黒い小鳥がパタパタとやってきて彼の頭の上に止まる。
「こいつらには魔力の塊を見つけたら調査に行くようにさせている」
……なるほど、使い勝手がいいと言うのはそういうことだったのか。
「場所は西の山の中腹だな。腹が減ったら王都に来るかもしれねえから、さっさと退治して来い」
「あんたが行きゃいいじゃないの。縄張りは守るんでしょ?」
「雑魚を相手にするのは面倒くさいつっただろ。お前んとこの魔術団とやらを向かわせろよ。何事も経験つーだろ」
「簡単に言わないで」
連日の訓練で簡単な魔法なら扱えるようになっているが、あくまで初級レベルの魔法だ。
わたしが渋っていると、クリストフがわたしの口にイチゴを入れながら言う。もぐもぐ、イチゴ、おいしぃ。
「サーリアがついていくなら大丈夫じゃないかな?」
そりゃあサーリアも魔女の端くれ。そこいらの魔物に負けるようなことはないだろう。
「……ちなみに魔物の種類はわかってる?」
「コルドだ。強い魔物じゃない」
魔物なんて魔法書で読んだだけだから全部の魔物を知っているわけではないが、コルドは知っている。目が三つある鹿のような形の魔物だ。属性は水で、弱点は土魔法と光魔法。
光属性のイタンには、光玉を生み出すことしかさせていない。穿通魔法の光の矢は教えたが、まだ実際に使わせてはいなかった。なぜならイタンの魔力量を考えると、光の矢は一発しか打てなさそうだからだ。属性持ちでも、高度な魔法を使えるか使えないかは、個人の魔力量に比例する。
成功するかどうかはわからないけど、試しに打たせてみたい。
それに、宮廷魔術団の七人はまだ空を飛んで移動することを教えていないが、西の山ならふもとまで馬車で移動できる。
ぐぬぬ、と悩んでいるとクリストフが二個目のイチゴをわたしの口に近づける。
「あーん」
クリストフに給餌されることにすっかり慣れてしまったわたしは、反射的に口を開けた。
「僕もついていくから、オデットも一緒に行く? それなら少しは心配も減るんじゃない?」
「もぐもぐ……クリストフもついていくの?」
「宮廷魔導士団の責任者は僕だから。まあ、何もしていない名前だけの責任者だけどね」
「ふーん」
クリストフも行くのか。宮廷魔術団の七人とクリストフ……いざってときに、サーリア一人では守り切れないかもしれないな。馬車移動ならエメラルドの魔力も使わないですみそうだし。うん。行こう。報酬はコルドを倒したときの魔石でいいかな。魔道具作ってみたいし。サーリアからぶんどろう。
「わかった。行く」
「じゃあ僕は城に行ってサーリアに伝えておくよ。準備を整えておくから、オデットは昼前に城に来てくれる?」
「うん」
でも、魔物か。
今回はあまり強くない魔物だけど、魔物が発生しはじめていると言うことは、魔人の討伐も急いだほうがいいかもしれない。
わたしは首からぶら下げているエメラルドに触れる。魔力は三分の一ほど。大きな魔法を二回打てば底をつく。アシルからもらったシトリンがあるにはあるが、クイールのときを思い出すと心もとない。
クイールの時は、大人の体だったわたしの魔力がすっからかんになるまで使い切ったからね。特大魔法を何回打ったかなんて覚えてない。
「ねえクイール。この前王都に来た魔人って、どんなやつ?」
「知らねえ。たぶん俺が封印されたあとに生まれた若い奴だろ」
「あんた、いつ封印されたんだっけ?」
「三百年前」
「魔人って、何歳まで若いって言うの?」
「さあ? 俺様は三百歳超えてないやつは若造って呼ぶけどな」
つまりは、クイールが若いと言うその魔人も、数百年は生きているのではなかろうか。
魔人は生きている年数も強さに比例するから、長く生きていれば生きているだけ強い。クイールが何歳なのかはわからないが、その魔人もそこそこ強いと見ていいのかもしれない。
「属性わかる?」
「火と風……あー、お前最悪だな」
わたしともろかぶりの属性ではないか。
けらけらと笑うクイールの何と憎たらしいことだろう。
「ちなみに火、風、土、水の四属性に耐性ありだ」
「早く言いなさいよ最悪じゃないの‼」
「まあ、闇と光魔法でがんばれや」
わたしはクイールの首を締めあげたくなった。
光魔法も闇魔法も特殊で、なおかつ魔力消費量が馬鹿みたいに多い。これはまずい。まじでやばい。何とかクイールを引きずり出さないと勝てないかもしれない。でもこいつは、王都が襲われなきゃ動かないだろう。
「クイール。魔人が動いたらわかるようにできる?」
「んー、近づきすぎると気づかれるだろうから、制度は落ちるぞ」
「それでもいいわ。……魔人が人を襲いそうだったらすぐに教えて」
ぎりぎりまでエメラルドに魔力をためておこう。
そして、魔人のことはとりあえずいったん棚上げだ。今日は、西の山にいる魔物コルドに集中しよう。
……レバルは魔力量が少ないから、光属性でも魔人相手なら正直戦力にはならない。
頭が痛くなってきた。現時点の宮廷魔術団の力が魔物相手にどのくらい通用するのか、見極めておくべきだろう。
「オデットは今、小さいんだから、あまり無理をしたらダメだよ?」
クリストフがわたしの頭を撫でながら心配そうに言うけれど、無茶をしないと言う約束はできない。
――ねえ、オデット、人って本当に、弱いのよ。
そう言って泣く人を、もう見たくはないから。