宮廷魔術団 5
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「オデット、庭で攻撃魔法を使ってはいけないよ、わかった?」
「はい……」
わたしは滾々とクリストフからお説教を受けていた。
昼間、わたしが弱化魔法を習得しようとしてはなった炸裂魔法はちっとも弱化されずに、王都中に大きな爆発音を響き渡らせた。
クイールの結界でどこにも被害は出なかったが、音だけは防ぎようがなかった。その音を聞きつけてクリストフが飛んで帰って来て、理由を知った彼から、わたしは三十分ばかりお説教を受けている。
クリストフ、口調は優しいけど、こう、圧というのか……なんか怖い。
クリストフは怒らせちゃダメなタイプだ。絶対そうだ。わたしはクリストフから怒られながら確信する。
「僕が止めなかったら、オデット、城の兵士たちに捕らえられてたからね? 地下牢に入りたくないだろう? 家や町を吹き飛ばすようなことは、絶対にダメだよ」
「はい……」
結界を張ってたから~という言い訳はここではしない方がいいと判断した。言い訳すればするほどお説教が長くなる気がするからだ。
「それに、そんな小さな体で攻撃魔法を使って怪我をしたらどうするの?」
「それは大丈――」
「オデット」
「……はい」
魔法の訓練で怪我をすることは珍しくない。わたしは治癒魔法も使えるから大丈夫。そう言い訳しそうになったが、わたしはしおしおと縮こまってこくりと頷く。
降伏します。全面降伏します。ごめんなさい。だからもう怒らないでください。地味に怖いです。
宮廷魔術団の団員に魔法を教えるから、どっちみち攻撃魔法は使うんだけどな。でもクリストフは、そう言っても許してくれないんだろうな。
まあ、弱化魔法の訓練をしようと思ってエメラルドの魔力をそこそこ使っちゃったから、また溜まるまで待たなきゃいけないわけで、魔力消費を押さえようとしてがっつり使っちゃったわたしは、いろいろ本末転倒すぎてぐうの音も出ませんけどね。
「魔人や魔物が相手なら仕方がないけど、それ以外のときは僕がいないところで攻撃魔法を放ったらだめだよ?」
「はい」
わたし、クリストフより大人なのにな。見た目子供だけど大人なのにな。なのにめっちゃダメな子みたいに叱られてるのはなんでかな。怖いから言わないけどさ。
クリストフはわたしにがっつりお説教して満足したのか、ようやくお説教を切り上げてくれた。
クリストフのお説教が終わると、フィオナとアイリスが小さく笑いながらおやつを用意してくれる。
クリストフはわたしの魔法の爆音を聞きつけて仕事を切りやめて戻ってきたそうだが、補佐官にあとを任せてきたので、城には戻らなくていいそうだ。
クリストフが、怒られて一回り小さくなったようなわたしを膝の上に抱きあげる。
わたしがクリストフの膝の上で、マカロンを両手で持ってもぐもぐ食べていたときだった。
コツンと小さな音がして、フィオナが顔をあげ、首をひねった。
「まあ、鳩……?」
鳩、という単語にわたしはハッとして振り返る。
コツンコツンと、白い鳩が部屋の窓ガラスを叩いていた。
「フィオナ、その鳩、わたしに用があるはずだから窓を開けてくれる?」
「え、ええ……」
フィオナが戸惑いつつも窓を開けると、鳩は一目散に飛んできて、わたしの頭にちょこんと止まった。
『やあオデット』
鳩の口から聞こえたのは、どこか能天気な碧き湖底の魔法使いアシルの声だった。
わたしは、魔人のこと、そしてサーリアから聞いた仮面の魔法使いのことを、アシルに知らせておいたのだ。この国にはわたしの知る限り、わたしとサーリア、そしてアシルの三人しか魔法使いがいない。王都を襲おうとした魔人が今どこにいるのかわからない以上、アシルにも警戒してもらわなくてはならないし、場合によっては手を貸してもらう必要がある。
それに、仮面の魔法使いのことも警戒しておくべきだろうと思う。
『魔人だって? まったく面倒くさいことになってるじゃないか。出来れば私は関わりたくなんてないけど、まあ、知り合いになったよしみだ、情報くらいは集めてあげるよ』
「つまり魔人討伐を手伝う気はないってわけね。どんだけやる気ないのよ」
この白い鳩はいわば手紙みたいなものだから、わたしの声がアシルに届くことはない。だが一言言わずにはおれなかった。
『私が確認したところ、大きな負の魔力の塊が二つあった。一つは王都、もう一つは王都から北に五キロほどのところだ。その一つは君の側にいるクイールという魔人だろう。もう一つの魔力の塊の場所だが、近くに人が住んでいる集落はない。が、これだけの期間食事をせずにいるはずがないから、どこかで少なくとも数人は食っていると思う』
それについてはわたしも何となく覚悟はしていた。魔人が食事を我慢するはずがない。クイールのような変わり者ならいざ知らず、普通の魔人なら人を食らうだろう。一番簡単に狩れて、なおかつ腹が膨れるからだ。
アシルはどうやら魔力探知が得意らしい。
アシルの言う通り、現在その魔人が人のいないところにいるのなら、腹が膨れるまで人を食って、休んでいるところかもしれない。
このまま王都に来ずに別の場所を縄張りにする可能性も高いが、どのみち放置はできない。準備が整い次第討伐に向かうべきだ。
……その場合、クイールの戦力は当てにできないだろうけどね。
クイールは縄張りである王都に魔人が入り込めば討伐に協力してくれるだろうが、そうでなければ我関せずを貫くだろう。魔人にも暗黙の協定があるみたいで、むやみやたらに魔人同士で殺し合ったりはしないらしい。魔人が同胞に牙をむくのは、伴侶の取り合いか、自分の縄張りに勝手に入り込んだ時だけだそうだ。動物かよとツッコミたい。
「あんまり悠長にしていられないわよね……」
時間が経てば時間が経つだけ、どこかで誰かが犠牲になる。知らない相手だからいいという問題ではない。
だがしかし、今のわたしとサーリアで倒せるだろうか。アシルはあてにするだけ無駄な気がするし。
『報告は以上だよ。そうそう。魔人討伐を手伝ってやれない代わりに、一つプレゼントをあげるよ。鳩の首を見てごらん。それでは、健闘を祈る』
祈るんじゃなくて手伝えよと言いたかったがわたしはぐっとこらえて鳩の首を見た。白い鳩の首には青色のリボンが結び付けられていて、リボンにはネックレスのチャームのように黄色い石がぶら下がっている。
「これ、シトリン?」
鳩からリボンを外して、わたしは目を見開いた。
これ、魔力をこめることができる宝石だ。アシルが先代碧き湖底の魔法使いから受け継いだ宝石の一つ。しかも魔力が満タンこもっている。アシルの魔力だ。
討伐を手伝わない代わりのお詫びってところなのかしら。
アシルは周囲に自分が魔法使いだと知られたくないようだった。魔力をよこすのはそのアシルができる精一杯のことなのかもしれない。クリストフに毒を盛ったことは未だに許せないが、一ミリくらいなら見直してもいい気がしてくる。
「クリストフ、これもネックレスにできる?」
「できるけど……」
クリストフがわたしの手の中のシトリンを見て、眉間に皺を寄せた。何か気に入らないことでもあるのだろうか。
「……ほかの男からもらった宝石ばかり君が身に着けるのは、面白くないね」
何バカなことを言っているのだろう。これは装飾品ではなく、実用品だ。
「今度僕にも何か贈らせて」
いや、宝石をじゃらじゃらぶら下げて歩き回る趣味はないからいらないんだけど。でもそう言ったら拗ねそうだから、素直にもらっておくべきか。
むむっと悩んでいると、マカロンでつんつんと唇がつつかれる。
「あーん」
素直に口を開けると、クリストフがわたしの口にマカロンを入れた。
むぐむぐと食べながら、鳩に向かって言う。
「シトリンはありがたくもらっておくわ。何かあったら、また連絡する」
わたしの言葉を聞き終えた鳩がばさりとと飛び立つ。フィオナが窓を開けると、まるで一陣の風のように、一直線に飛んで行った。
「寒いでしょうに、あの鳩は大丈夫でしょうか?」
アイリスが心配そうな顔をしている。
わたし三つ目のマカロンを口に入れながら答えた。
「あれは魔法で作った鳩だから、寒さなんて感じないしそもそも生き物じゃないよ」
「まあ、そうなんですか?」
「うん。わたしは魔力の無駄遣いはしたくないから出さないけど、クイールに言ったら、何か出してくれると思うよ」
クイールはあれで、自分に食事を提供してくれるラファイエット公爵家の人間を気に入っている。フィオナやアイリスが頼めばそのくらいするだろう。
わたしがそう言うと、アイリスとフィオナはぱあっと顔を輝かせた。
そして後日、クイールが魔法で出した鳥やウサギやモルモットが何十匹も邸中を飛んだり駆けまわったしているのを見たわたしは、自分の不用意な発言を猛省することになったのだった。