宮廷魔術団 2
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「いやあああああああああ――――――ッ!!」
サーリアの絶叫がラファイエット公爵邸に響き渡った。
それは、サーリアの箒のうしろに乗ってラファイエット邸に戻って、わたしを出迎えに出てきたクリストフに事情を説明し、邸に一歩足を踏み入れた直後のことだった。
顔を真っ青にして、ぶるぶる震えながら、玄関ホールを我が物顔で横切った黒猫に右人差し指を突きつけて叫んだサーリアに、黒猫ジョン――もといクイールは顔を上げた。
「んだぁ? こいつは」
「いやあああ! 魔人! 魔人!! あのときの魔人がどうしてここにいるのよおおおおおお!?」
サーリアは玄関から外に飛び出して行くと、ひしっと玄関扉に張り付く。クイールは黒猫の姿をしているが、魔力の質から自分が封印を解いた魔人だと気づいたようだ。
「クイール、あんた、サーリアになにしたのよ」
「なんもしてねーよ」
「嘘、嘘嘘嘘!! あのときわたしを食おうとしたくせに!!」
あー、そういえばクイールがそんなことを言っていた気がするわ。封印されていてお腹がすいていたから、反射的に封印を解いた相手を食おうとしたとかなんとか。
クイールも思い出したのか、スッと目を細めた。
「俺の封印を解いた魔女か。あんま覚えてねえけど、そういやあ、色気のねぇちんちくりんだった気がするぜ」
「誰がちんちくりんですって!?」
クイールが怖いくせに、悪口にはしっかりと反応するサーリアである。
「サーリア、クイールはグルメらしいから、人は襲わないわよ」
「嘘つくんじゃないわよオデット! だったらなんであの時わたしを食べようとしたのよ! ハッ、あんたわたしをその魔人の餌にするためにここに連れてきたのね!? そうなんでしょ!?」
「違うってば。なんでそうなるるのよ、相変わらず馬鹿ね。王都を襲ってくるだろう魔人に対抗するためだっていったじゃない」
「じゃあその魔人は何よ」
「なにって……」
説明しようとして、わたしは困った。
クイールはわたしとクリストフが新婚旅行で不在にしているときに、一人で王都を守ってくれたけれど、魔人を「味方」と言ってもいいものだろうか。
本来魔女や魔法使いと魔人は敵対関係にある。人を襲う魔人を、人である魔女や魔法使いは許容できないからだ。だが、クイールは人を襲わないし、子供の姿で以前のように魔法を使えないわたしとしては、いてくれると助かる存在でもあるが、「味方」はやっぱりおかしい気もする。
うーんと悩んでいると、クイールが欠伸をしながら言った。
「オデットとは休戦中だ。あれだ。利害の一致ってやつだ」
「……利害の一致ですって?」
サーリアが不信感満々の顔でクイールを見る。だが相変わらず玄関扉に張り付いたままだ。寒いからいい加減玄関を閉めたいんだけど、サーリアのせいで閉めることもできない。
「俺は縄張りの王都を守る。人は襲わない。そのかわりこいつは俺に温かい寝床と美味い食い物を用意する」
……そんな協力協定を結んだつもりはないんだけど?
勝手なことを言い出したクイールに、わたしはあきれた。だいたい、温かい寝床と食べ物は、わたしではなくてクリストフが用意している。この邸はクリストフのものだし、彼の食事もクリストフの懐から出ているのである。
「人を襲わないですって」
「サーリア。さっきも言ったけど本当よ。こいつ、本当に人を襲わないわ」
「じゃあわたしは?」
「あんときゃあすっげー腹減ってたから、ちんちくりんでも美味そうに見えたんだ」
「ちんちくりん言うんじゃないわよ!!」
サーリアが毛を逆立てた猫みたいなっている。一方、「猫」クイールは平然としているのがなんか面白い。たぶんだけど、魔力の大半を失っている今のクイールなら、サーリアが全力で挑めば倒せそうなものだけど、クイールってばどこにそんな余裕があるのかしら。
「サーリア、頼むから中に入ってくれない? 玄関閉めたいんだけど」
「いやよ! その魔人を遠ざけないと入らないわ」
「だってクイール。あんた二階にでも上がってなさいよ」
「やだね。俺は腹が減ったから今からおやつの時間だ」
二人の主張に頭が痛くなってくる。
クリストフが苦笑して、わたしの頭をぽんぽんと撫でた。
「クイール、おやつなら二階の君の部屋に用意させるよ。何がいい?」
「あ? ……肉?」
「それ、おやつって言わなくない?」
「俺にとっちゃあおやつの範囲だ。今日はミディアムレアな。味付けは塩コショウの気分だ」
猫のくせに生意気なことを言っている。
しかしクリストフはにこりと笑って、使用人にクイールの「おやつ」の準備を頼む。どうやらわたしの知らないところで、このやりとりは何度も繰り返されてきたようだ。
……クイールのせいで、この家の食費が圧迫されていないといいけど。そりゃあクリストフがお金持ちなのは知ってるけど、樹海の中でパンすらまともに買えないような生活を送っていたわたしは心配で仕方ない。
クイールのせいでわたしのふかふかパンが出てこなくなったら、箱詰めして王都の門の前に捨ててやるんだから。
クイールが大階段を上っていくと、ようやくサーリアが中に入ってきた。
使用人たちが素早く玄関の扉を閉める。
クリストフがサーリアのために客間を用意するように使用人に命じて、サーリアは使用人たちに一階の客間に案内された。一階を用意したのは、二階の一部屋をクイールが使っているため、配慮してくれたのだろう。鉢合わせするたびに騒がれてはかなわない。
「オデットも疲れただろう? 夕食まで少し時間があるから、おやつでも食べて休憩するといいよ」
クリストフがわたしを抱き上げて階段を上っていく。
最初のころは子ども扱いが恥ずかしかったけど、もう最近ではクリストフに抱っこされて運ばれるのにも慣れてきた。むしろ歩かなくていいから楽だなーくらいに思える。
夫婦の部屋に入ると、メイドのフィオナとアイリスがお茶とお菓子を準備してくれた。
わたしをソファの上に降ろし、隣に腰かけたクリストフが、わたしの紅茶に砂糖とミルクを入れてくれる。心は大人でも、体が子供で手が小さいから、わたしはよく砂糖やミルクをこぼしてしまう。だからか、最近ではクリストフが先回りして何でもやってくれるようになっていた。快適すぎて、今の生活から抜け出せなくなりそうで怖い。
「はいオデット、まだ熱いから、ふーふーしながら飲むんだよ」
「うん」
素直に紅茶にふーふーと息を吹きかけていると、クリストフがにこにこと見つめてくる。
……そんなに見つめられると、飲みにくいんですけど。
あれだよね。本当、クリストフって、わたしに甘々。なんでなんだろう。
熱さを確かめるように、ちびちびと紅茶を飲んでいると、クリストフが思い出したように言った。
「そうそう。オデットにお願いしたいことがあるんだ」
「お願い?」
「うん。今日父上に、魔人が来たときのために対策を相談して決まったんだけど、魔女や魔法使いの素質がある人を探して、宮廷魔術団を作ろうってことになってね。もちろん、一朝一夕でできるものじゃないけど、クイールの言うことが本当なら、この先魔人や魔物が増える可能性だってあるでしょ? 今のうちから国を守るための準備をしておかないとねって話になったんだ」
宮廷魔術団か。また面白いことを考えるものね。
魔人や魔物が多かった時代、国が魔女や魔法使いを雇ってそれっぽいものを作っていた歴史はあるけど、それを一からはじめようと考える人間は少ない。なぜなら魔女や魔法使いを育てるのには時間がかかるからだ。
でもまあ、将来のことを考えると、対策としては悪くない。
ふんふんと頷いて聞いていたわたしに、クリストフがチョコレートを差し出しながら続けた。
「だからね、オデットは魔女や魔法使いの素質がある人を見極めてほしいんだ」
「なるほどねー。あーん」
クリストフの差し出したチョコレートを口に入れて、転がしながら考える。
クリストフによると、宮廷魔術団に加入したい希望者はクリストフや国王が集めるらしい。その中から素質のある人をわたしが選び、鍛える。……選ぶのはいいけど、鍛えるのは今のわたしにはちょっと難しいな。魔法がろくに使えないから、手本を見せるのも厳しいし。
どこかから、ほかの魔女や魔法使いを連れてくる必要があるだろうか。
……って、ちょうどいいのがいたわ。サーリアを使おう。あいつに子供にされたからわたしが対応できないんだもん、その責任は元凶であるあいつが負うべきだ。
そうと決まればサーリアを脅し――じゃなかった、説得しなくちゃね。
わたしはチョコレートをかみ砕きながら、ニヤリと笑った。