宮廷魔術団 1
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「魔人の封印を解いたって、ええ⁉」
エレンが素っ頓狂な声を上げた。
サーリアは青い顔をして黙り込んでいる。
サーリアの家にあった古そうな壺。あれには、わたしがよく知っている魔力の残滓がこびりついていた。
そう――クイールの。
クイールは誰かが魔人の封印を解いていると言っていた。クイールもその誰かに封印を解かれたとも。そしてサーリアの家にあった、クイールを封印していたと思われる壺。これで疑うなと言う方がおかしい。
「あんた何考えてるの? 世界に魔人を溢れさせるつもり? いままでいったい何人の魔人の封印を解いたの? 答えなさい!」
サーリアの答えによっては、わたしはしたくもない決断をしなくてはならない。
たびたび突っかかってきて鬱陶しいことこの上ないが、それでもサーリアはこの孤児院で育ったわたしの兄弟の一人だ。
……咎人として、抹殺対象に上がるのは避けたいけれど、サーリアの答えによってはかばえないだろう。
サーリアはわたしから視線を逸らしたまま、襟を締め上げているわたしの手を払い落した。
「……一人よ。王都の魔人だけ」
「本当に?」
クイールの言い方では、魔人の封印は複数解かれているようだった。現に、王都を襲おうとした魔人が一人いて、クイールが追い払っている。
「本当よ」
サーリアの言葉をどこまで信じていいだろうか。
わたしがサーリアを睨みつけていると、エレンがおろおろしながらサーリアに質問した。
「サーリア、あなた、いったいどうしてそんなことをしたの? それに、どうして魔人の封印を解く方法なんて知っているの?」
エレンの発言にわたしはハッとした。
エレンは魔女の才能こそなかったが、修行しているわたしやサーリアを近くで見ていたから、魔女の知識だけはある。
そうよ。エレンの言う通り、魔人の封印の解き方なんて、わたしもサーリアも師匠から教えてられない。というか、知っている人の方が少ないだろう。
誰にでも簡単に解けるような封印なら誰かが誤って解いてしまう可能性がある。だから、封印は、相応の手順を踏まなければ解けないようになっているはずだ。サーリアが適当なことをして解けるようなものではないはずなのである。
サーリアは観念したように息を吐いた。
「教えてもらったの」
「誰に⁉」
「……知らない魔法使いよ。山の中で、あんたにかけた時間回帰の魔法実験をしていた時に声をかけられたの。理論上はできるはずなのに、どうやっても発動しない時間回帰の魔法に欠点があることを教えてくれたわ」
「なんであんたが研究してあんただけが知っているその時間回帰の魔法の欠点が、知らない魔法使いにわかるのよ」
「わかんないわよ。でも、その人が言うことは納得のいくものだったわ」
「なんて言われたの?」
「……時間回帰の魔法は、闇属性の魔力……しかも負の魔力でないと発動しないって。闇属性なんてレアな属性持っている魔女や魔法使いに知り合いなんていないし、負の魔力は魔物や魔人しか持っていない」
時間回帰の魔法はそんな特異な発動条件があったのか。でも、そんな変な魔法の研究を諦めもせず続けてきたサーリアもサーリアだが、その魔法使いはどうして見ただけでその発動条件がわかったのだろう。
……そいつ、ただものじゃないわね。
「あんたはそれで、王都の魔人の封印を狙ったわけね」
わたしもついこの前知ったことだが、クイールはものすごく珍しい闇属性の魔力を持っているらしい。しかも魔人だから当然「負」の魔力持ちだ。
魔力にはそれぞれ属性があって、たまにわたしみたいな二属性持ちがいるが、多くは一つの属性しか保有していない。
ちなみにわたしは、風と火の属性を持っている。
サーリアは火だけだ。
魔法の多くは訓練すれば保有している魔力の属性に関係なく使えるようになるが、持っている属性の魔法ほど扱いやすい。
だが、中にはその属性の魔力を保有していなければ使えない魔法も存在する。サーリアが研究していた時間回帰の魔法は、その類のものなのだろう。
サーリアはちらりとわたしを見た。
「その魔法使いが言ったのよ。王都の魔人は珍しい闇の魔力を有している魔人だって。でも魔人に協力を取り付けられるはずがないじゃない? 普通は殺されるわ。第一魔人の封印の解き方なんてわからないし。だからわたしは諦めたの。あんたが出て行ったあとの五年がぱあになっちゃうのは悔しかったけど、できないものをいつまでも悩んだって仕方がないでしょ?」
それはそうだ。人間の中に「負」の魔力持ちは現れない。現れたならそれはもう人間ではなく魔人だ。遥か昔の、ごく一部の酔狂な魔人の中には人と交わったやつがいて、その子孫の中にたまに「負」の魔力持ちが現れる。それをわたしたち魔女や魔法使いは「人」と断じていない。「負」の魔力は人には御せない。その魔力を体に保有しただけで、自然と体や思考は魔人となるからだ。そして、「人」から外された「負」の魔力持ちは、そう断じて人の世から追い出した魔女や魔法使いを恨んでいることが多い。運良く見つけたところで協力は得られない。だから、サーリアの研究していた魔法が発動することは永遠にない――はずだったのだ、本来は。
「だからわたしも一度は諦めたわ。でも、その人が言ったの。魔人に協力を取り付けられなくても、魔人を長きにわたって封印していた壺にはその残滓が残っているって。それを使えば、一度くらいは発動できるかもしれないった」
「そしてあんたは、まんまと口車に乗せられて魔人……クイールの封印を解いたわけね」
「あんなにうまくいくとは思わなかったのよ!」
サーリアは我慢できないと言わんばかりに叫んだ。
「失敗すると思ってたわ。せいぜいできても一年分を戻せるかどうかだと思っていた! わたしはあんたの鼻を明かしたかっただけで、まさかあんなにうまくいくとは思わなかったのよ!」
サーリアに誤算があったならば、それはクイールの魔力だと思う。わたしはほかの魔人を知らないが、それでもクイールの強さはけた違いだ。長らく封印されていたら力もかなり弱まっているはずなのに、わたしはあいつを倒しきれなかった。グルメだと称して食糧庫の野菜や穀物ばかり食べていたから弱らせることまでは成功したけど、あれで人を数人食らって力をつけていたら、わたしは逆に殺されていただろう。
クイールは魔人の中でも特に強い。残滓とはいえ、そんな魔力のこもった壺を媒介としたら、それは予想外の結果が生まれたのも頷ける。
「わたしはただ結婚式を邪魔して、あんたに恥の一つでもかかせたかっただけなのに……」
サーリアが言うには、本当はもう少し術の研究をしてから、わたしに果たし状を叩きつけるつもりだったらしい。けれどその前にわたしが結婚すると言う噂を聞きつけた。相手は王子。自分より先にわたしが結婚することが許せなかったサーリアは、結婚式をぶち壊してやろうと考えたという。
ったく、やることも考えることもおこちゃまなのよ、こいつは!
でもこれでわかった。サーリアは嘘は言っていないだろう。サーリアが解いた魔人の封印はクイールだけだ。
……そうなると、残りの魔人の封印を解いているのは別人か。サーリアが会ったって言うその魔法使いが怪しいわね。
「あんたが会ったって言う魔法使いはどんなやつだったの?」
「……わからないわ。フードで髪の色はわからなかったし、仮面をかぶっていたもの」
「あんたよくそんな怪しい人間の言うことを信じたわね」
「さーちゃん! 知らない人におやつをもらっちゃダメっていつも言っているでしょ? もう小さな子供じゃないんだから、世の中には悪い人がいるっていい加減わかって!」
エレンが頓珍漢なことを言って、サーリアを叱った。
だがエレンが言いたくなるのもわかる。サーリアは昔っから能天気なところがあって、人の言うことをすぐに信じるのだ。十歳の時に飴をあげると言われて知らない男の人について行った前科もある。あの男は人さらいで、サーリアが売り飛ばされそうになったところを、師匠が気づいて慌てて助けに行ったのだ。
三つ子の魂何とやらとは言うけど、成長しなさすぎでしょ。
あきれて言葉もないわ。
しかし、これはどうしたものかしらね。
サーリアがクイールの封印を解いたのは間違いない。これは審問沙汰だ。現在の魔女や魔法使いの総元締め「白き最北の魔法使い」に奏上しなければいけない案件である。だけど、奏上したら最後、サーリアには厳しい審判が下るだろう。殺されないにしても、一生塔の中に幽閉だ。
迂闊で考えなしのサーリアが悪いのはわかっているが、こんなサーリアでも兄弟の情はある。情状酌量の余地を残しておきたい。
「これがどこまで有利に働くかわかんないけど……しばらく『白き最北の魔法使い』には黙っていてあげるから、あんた、わたしに協力しなさい」
魔女や魔法使いに突き出されると覚悟していたらしいサーリアは、わたしの言葉に不思議そうな顔をした。
「協力って、何させるつもりよ」
言葉の端々に警戒の色がある。
わたしはサーリアの鼻の頭に指先を突きつけた。
「この前、王都に魔人が出たわ。あんたが封印を解いたクイールとは別の魔人がね。たぶんそいつはまた来ると思うけど、今のわたしじゃ迎撃できるだけの力がない。だからあんたは、王都に来て、わたしの手助けをするの。いいわね?」
サーリアはものすごく嫌そうな顔をしたが、「嫌」とは言わなかった。