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里帰り 4

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「本当に片づけないやつね、あいつは」


 わたしは散らかった部屋を前に、はーっと大きく息を吐きだした。

 玄関扉を叩いても返事がなかったから扉を開けてみると、玄関には本や紙くず、よくわからない木切れや薬草などが散乱していて、それは奥の部屋まで続いていた。


「歩くとこもないじゃないの」


 わたしは浮遊魔法で床から十五センチほど体を浮かせて、部屋の奥まで入っていく。

 それにしても玄関に鍵もかけないなんて、不用心にもほどがあるだろう。まあ、泥棒が入ったところで盗るものもなさそうだけど。


「サーリアー! 帰ってないのー?」


 呼びかけてみるが反応がないので、やはりまだ戻っていないようだ。


「……仕方ない。山まで行ってみましょうか。エメラルドの魔力残量もまだあるし。帰りの魔力がたりなくなったら、サーリアに送らせよう」


 あいつのせいで余分な魔力を使ったのだからそのくらいはさせてもいいだろう。文句は言うだろうが、あいつはエレンに弱いから、エレンを味方に付ければこちらのものだ。

 あー面倒くさいなあと文句を言いながらサーリアの家を出ようとしたところで、わたしは玄関に転がっている古い壺のようなものを見て眉を寄せた。


「あれ……」


 紙くずにうまっている壺を拾い上げて、わたしは両手で抱え持つ。

 大きさはそこそこ。形はどこにでもある白磁の壺だが、表に複雑な模様が描かれている。そして、かすかに残る魔力の残滓。


「これ……なんこれがここにあるわけ? まさかあいつ……!」


 わたしは壺を床に転がすと、玄関を飛び出して、急いで山へ飛んでいく。

 全速力で山へ急ぐと、山の中腹のあたりで大きな魔力の衝突を感じた。


「あそこね!」


 サーリアの魔法に巻き込まれないよう、上空から下を確認する。


「あれは……ドルーイットかしら?」


 箒にまたがって杖を構えているサーリアの下に、真っ黒い二本の木が絡み合ったような魔物が見える。それが、無数の枝のような手を鞭のようにしならせてサーリアに向かって攻撃している。


「炸裂魔法《炎》!」


 サーリアが炎系の攻撃魔法を繰り出した。

 それはドルーイットに直撃するが、あまりダメージを与えない。


 ……それはそうでしょ。木みたいに見えるから炎が弱点だと思ってるんだろうけど、あれの弱点は風よ。


 しかしここからじゃあ、サーリアに言葉は届かないだろう。それに下手に声を上げてドルーイットの攻撃がこちらにくるのは非常にまずい。今のわたしには、ドルーイットの攻撃を防ぐだけの魔力がない。飛翔魔法だけでエメラルドの魔力をかなり消費しているからだ。あと三十分も飛び続けていればエメラルドの魔力が尽きるだろう。


「斬撃魔法応用《炎・槍》!」


 だから、違うんだってばー!

 馬鹿の一つ覚えのように炎魔法ばかり繰り出すサーリアにイライラしてくる。


 ……ここからサーリアの箒の上までは二十メートルってところか。


 エメラルドの魔力残量では魔力消費の少ない風魔法が一発撃てる程度だ。


 ええい、ままよ!


 いくらサーリアでも、わたしをドルーイットの上に突き落としたりはしないだろう。

 わたしは首から下げているエメラルドを握りしめると、サーリアの箒めがけて急降下した。

 途中で気づいたサーリア頭上を見上げて目を見開く。


「え⁉ オデット⁉」

「後ろ借りるわよ!」


 わたしはサーリアの箒のうしろに着地すると同時に、杖の先端をドルーイットに向けた。


「斬撃魔法《風》!」


 わたしの放ったかまいたちが、ドルーイットの枝を数本切り落とす。


「見たでしょ! あいつの弱点は風よ!」

「なんであんたが……」

「いいからさっさとなんとかしなさいよ! 話はあとよ!」


 サーリアは悔しそうに唇を引き結んだが、この場でわたしと喧嘩をはじめるほど愚かでもなかったようだ。

 杖をドルーイットに向けて、たぶんサーリアが使える中で一番強い風魔法を放つ。


「斬撃魔法応用《風・竜巻》‼」


 サーリアの放った風の螺旋がドルーイットを囲い込み、無数の風の刃がその体を散り散りに引き裂いた。風が止んだ時にはドルーイットは砂塵となって周囲に飛び散り、あとには緑色の魔石だけが残されている。


「いい加減おりなさいよオデット」

「無理。あんたのフォローに回ったせいで魔力切れ。エレンのとこまで運んでちょうだい」

「はあ⁉」

「文句あるの? 全部あんたのせいよ。それに、あんたに訊きたいことができたわ。あんたの家にあった壺――言いたいことはわかってるわよね?」


 サーリアはぐっと言葉に詰まって、ぷいっとわたしから視線を逸らした。


「いいわ。エレンのとこまで運んであげる。魔石回収するからちょっと待ってて」


 サーリアは箒を操り転がっている魔石のところまで降りると、緑色の魔石を回収して再び上空に飛び上がる。

 箒にまたがって空を飛ぶなんて前時代的だと思っていたけど、こうして誰かを運べる点は便利だから、少し考えを改めようかしら。結構安定感あるし。


 サーリアがわたしを乗せて孤児院に到着すると、エレンが孤児院の中から駆け出してくる。


「サーリア! 大丈夫だった……あら、オデット?」

「大丈夫よエレン。……こいつのおかげでなんとかなったわ」


 すごく不本意そうに、サーリアがわたしを指さす。

 するとエレンは嬉しそうに微笑んだ。


「まあまあ、サーリアとオデットが仲良くなったなんて」

「「なってない‼」」

「あら、息ぴったり」

「「ぴったりじゃない‼」」


 再びハモってしまったわたしとサーリアは顔を見合わせて互いに睨み合う。


「はいはい。二人ともとにかく中に入って。寒かったでしょ? ちょうど子供たちの夕食にシチューを作っていたところなの。今日は多めに作ったから、少し分けてあげる。冷えた体をシチューで温めてちょうだい」


 孤児院の夕食の時間は少し早めだ。日が暮れる前には食べてしまうので、エレンは準備をはじめていたのだろう。

 なんならお風呂に入って行ってもいいのよとエレンが軽い足取りでキッチンへ向かった。

 仕方なく、わたしとサーリアはダイニングへ向かう。

 すると、ダイニングでおやつを食べていた子供たちが、興味津々な顔をしてわたしを取り囲んだ。


「女の子だー」

「さっきの女の子だー」

「やっぱりうちの子になるのー?」

「何歳ー? わたし八歳ー」

「サーリアねーちゃんと一緒にいるけど知り合いー?」


 ……くっ。子供たちにまで子ども扱い……!


 隣ではサーリアが「ぷっ」と吹き出している。

 サーリアめ……マジでムカつく。手助けしてやるんじゃなかった。体が大きく成長した暁には、こいつも絶対ボコってやる。


「はいはいみんなー、おやつを食べたらお勉強の時間ですよー」


 二人分のシチューを運んできたエレンが、子供たちをそう言ってダイニングから追い出した。

 さすがエレン。おっとりのんびりしていても、一応空気は読める。


 わたしとサーリアの前にシチューの入った木皿を置いたエレンは、わたしたちの近くの椅子に座った。

 エレンの作るシチューは、師匠が作っていたシチューと同じ味だ。懐かしさを覚えながらシチューを口に運んでいると、椅子を一つ分あけて隣に座っているサーリアが、木皿の中でニンジンをよけているのが見える。


「サーリア、あんたまだニンジン食べられないの? いったいいくつよ」

「年とか関係ないでしょ」


 サーリアはむっと口を尖らせる。

 エレンが困ったわねえと頬に手を当てた。


「サーリアったらいつまでも偏食なんだもの。そんなんだからお胸がぺっちゃんこのままなのよ」

「関係ないでしょ!」

「あら、あるわよー? ちゃんと食べないと大きくならないのは身長もお胸も一緒だもの。オデットなんて好き嫌いなく食べるからお胸も………………どうして縮んだのかしらね?」


 わたしは額を押さえてため息を吐いた。

 サーリアがバツが悪そうな顔をして明後日の方向を向く。

 エレンはサーリアを見つめて、首を傾げた。


「そう言えばオデットが、小さくなったのはサーリアのせいだって言っていたわ? どういうことなのかしら、サーリア」

「…………」

「サーリア?」

「…………」

「ねえ、さーちゃん?」

「…………」


 サーリアは必死に無言を貫いているが、だんだんとその顔色が青くなっていく。

 わたしは素知らぬ顔でシチューを啜った。

 サーリアに呼びかけていたエレンは、いつまでも返事がないことに焦れて、「困ったわー」と笑った。


「仕方ないわね。さーちゃんが最後におねしょをしたのが何歳だったのか、子供たちに教えてあげないといけないのかしらね。それともさーちゃんが――」

「やめて――――ッ」


 困ったわ困ったわと笑いながら脅すエレンに、サーリアが悲鳴を上げた。


 ……相変わらずエレンはえげつないことをするわね。


 ここで暮らしていたころ、わたしに突っかかっては孤児院のものを破壊していたサーリアは、いつもエレンに笑顔で怒られていた。二十七になっても、どうやらそれは変わらないようだ。


 サーリアは渋々自分がわたしにしたことを白状した。

 エレンは笑顔で聞いていたが、最後まで聞き終わると笑顔のまま立ち上がり、腰に手を当てた。額に青筋が立っている。……うん。笑顔のまま青筋を立てるとか、器用ねエレン。


「サーリア?」

「だって仕方ないじゃない! オデットが!」

「オデットが何をしたの? 違うでしょ、サーリア? サーリアがいっつもオデットに突っかかっているだけでしょう? それなのに、オデットになんてことをしたの?」

「でも!」

「でも、じゃないわ。小さな子供でもやってはいけないことの区別くらいつくものよ? それなのに、あなたときたら二十七歳にもなって、子供でもわかるようなことをどうしてしちゃうのかしら?」

「だって!」

「だってじゃないわサーリア。こういう時はどうするの? ちゃんとオデットにごめんなさいはした? というかオデットは元に戻るのかしら。せっかくのお胸が――」


 ……エレン、胸からいったん離れようか。


 二十七歳が七歳児になったと言うのに、エレンが心配するところは胸だけなのだろうか。違うだろう。

 だが、わたしも一応確認しておきたいことだったので、わたしはシチューを飲み干すとサーリアに向きなおった。


「あんたがわたしにかけた魔法だけど、元に戻すことはできるの?」


 サーリアはうっと言葉に詰まった。……なるほど、やっぱり戻せないのか。

 エレンとわたしが揃ってサーリアを睨むと、サーリアはだらだらと冷や汗をかきながら言う。


「わ、わたしも、まさか本当に成功するとは思わなかったのよ。理論上は間違ってなかったと思うけど、魔力とか、魔力属性とかの問題で、失敗すると思っていたし」

「失敗すると思ってたのに高笑いで結婚式をぶち壊しに来たわけね」

「あれは! あんたがわたしより先に結婚するから‼」


 そうね、あんた、胸がぺったんこだからか、身長が低いからか、おつむが弱いからか、単に童顔だからか知らないけど、いまだに十四歳とか十五歳に間違われるもんね。


「しかも相手は王子とか、ふざけんじゃないわよの世界じゃないのっ」

「まあ! 王子様⁉」


 サーリアめ、エレンの前で余計なことを。その口縫い付けてやろうかしら。


 エレンがきらきらと目を輝かせてわたしを見ている。

 これは白状するまでしつこいくらいに問いただしてくるだろう。仕方なく、わたしはクリストフと結婚することになった経緯を話した。


「まあああああ! じゃあオデットは王子妃様なのね! 道理で高そうな服を着ていると思ったわ。まあまあまあ! 素敵だわ。まるでおとぎ話ね! 森の奥でひっそりと暮らしていた女の子を王子様が迎えに行くなんて――」


 いや、女の子と言える年でもなかったけどね?

 しかも迎えに来たんじゃなくて、魔人討伐の依頼に来ただけだからね?


 わたしはエレンの妄想に待ったをかけようとしたが、妄想気質のエレンはわたしの声などちっとも聞こえていないようで「ロマンチックだわ」とつぶやいてうっとりしている。


 七歳児のわたしの姿を見てもロマンチックだと言い張れるエレンにはびっくりだ。

 声をかけても聞こえていないようなので、わたしはひとまずエレンを無視することにした。


「それでサーリア。あんたが使ったその時間回帰とかいう魔法、属性で失敗すると思っていたって言ったわね。どういうことかしら。あんたの部屋にあった壺と関係があるのよね?」

「…………」


 サーリアは黙秘を貫こうとしたが、そうは問屋が卸さない。


 わたしは立ち上がると、サーリアの目の前まで移動して、両手でその襟元をつかんだ。身長と腕の長さがたりなくて締め上げるのは不可能だったが、できることなら締め上げて殴りつけたいくらいだ。


「なにも話さないつもりならこっちにも考えがあるわよ。あんたのしたことによっちゃあ、世界の魔女と魔法使いを全員敵に回したようなもんだわ。わたしがリークしたら、世の中の魔女や魔法使いがあんたを殺しにやってくるわよ」


 わたしが出せる限りの低い声でサーリアを脅すと、妄想の世界に浸っていたエレンがハッと我に返った。


「オデット、怖い顔をしてどうしたの?」

「どうしたもこうしたもないわ。サーリアは――魔人の封印を解いたのよ」



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