碧き湖底の魔法使いの遺産 2
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「アシル!! あなた……!!」
わたしは椅子から飛び降りて、杖の先端をアシルに向けた。
しかしアシルは椅子から立ち上がることもせず、冷ややかに目を細めてわたしと杖を見る。
「魔力残量がほとんどないくせに、私に杖を向けてどうするのかな?」
わたしはギリッと奥歯を噛んだ。
アシルはにやにや笑いながら、苦しそうに胸を押さえているクリストフを見る。
「早くしないと死んじゃうかもね」
「ッ!」
わたしはズイフォンの魔石を力いっぱいアシルに向かって投げつける。
アシルは軽々と魔石を受け取ると、にこりと笑った。
「約束するだろう? 魔法使い同士の約束だ。これは契約になる。私に断りなく契約を違えれば、どうなるか……もちろんわかっているよね」
違えれば、命が縛られる。場合によっては命を落とすだろう。
わたしはきつく眉を寄せて頷く。
「わかっているわ。いいから早くしなさいよ。クリストフに何かあったら、ただじゃおかないわよ」
「だから今の君には何もできないだろう? まあ、私は君が約束しさえしてくれればいいんだよ。じゃあ……」
アシルは杖を取り出すと、杖の先端で宙に文字を書きはじめる。文字が青白く浮かび上がるのを確認し、アシルは自分の親指を噛むと、にじみ出て来た血を宙の文字にあてた。
オデットも自分の親指を噛んで血をにじませると、アシルの書いた文字にあてる。
文字がすーっと消えると、アシルはにこりと笑って、杖の先端をクリストフに向けた。
「治癒応用《毒・浄化》」
アシルが唱えるのと同時に、胸を押さえてせき込んでいたクリストフが目を瞬いて体を起こした。
「クリストフ!」
クリストフの前に膝をついて、彼の頬に手を伸ばすと、くすぐったそうに微笑まれる。
「ありがとうオデット、大丈夫だよ。……そんなことより、オデットこそ僕のために変な契約をしてよかったの?」
「大丈夫よ」
どちらにせよ、アシルの持つ魔力を蓄積できる宝石はほしかった。悩みはしたが、最終的には頷いていただろう。
だが、目的のためにクリストフに毒を盛ったアシルは絶対に許せない。わたしのブラックリスト入り決定だ。体が大人になったら、絶対にボコりに行く。ぼこぼこぼしてごめんなさいと謝らせてやる。十年後覚えてろ!
ぎりぎりと歯ぎしりしていると、アシルが隣の部屋に行って、飾り気のない宝石箱を持って来た。
クリストフがわたしを抱き上げて椅子に座りなおす。
「残ってるのはルビーとエメラルド、シトリン、アメシストかな」
石のサイズに違いはあれど、宝石箱の中にはルビーが二つ、エメラルドが一つ、シトリンが三つ、アメシストが五つ入っている。
わたしは一つずつの石を手に取って検分しながら、迷わずエメラルドを選んだ。
「これよ。これが一番魔力を多く蓄積できるわ」
「へえ、小さくなっても深き森の魔女の名を持つだけあるね。触っただけでわかるんだ」
「まあね」
二つもらえるならシトリンを選んだだろう。エメラルドには劣るが、三つあるうちの二つのシトリンはなかなか魔力が蓄積できそうだった。しかしひとつなら迷わずエメラルドだ。アシルが持っているサファイアと同等、もしくは少し上回るくらいの魔力が蓄積できる。
「まあ、約束だからね。いいよ」
アシルは特に渋りもせず、あっさりエメラルドをくれた。クリストフを狙うと言う陰険な手段を使った彼だが、約束した以上、とやかく言ってごねたりはしないようだ。
「綺麗なエメラルドだね」
クリストフは毒を盛られたと言うのにあまり気にしていないのか、わたしが持っているエメラルドを見てにこりと笑った。
「クリストフ……あなた、もう少し怒ってもいいと思うわよ?」
わたしがあきれ顔をすると、彼はわたしからエメラルドを受け取りながら言う。
「オデットが傷つけられてたら怒ったけど、もうなんともないから構わないよ。それより、僕のためにオデットが怒ってくれて嬉しかった」
「……なにそれ」
やっぱりこの王子はちょっと天然だ。
わたしが頬を染めてぷいっとそっぽを向くと、それを眺めていたアシルが嫌そうに眉を寄せる。
「幼子と青年がいちゃつかないでくれないかな。犯罪の匂いがぷんぷんするよ」
わたしがむかっとして身を乗り出そうとすると、クリストフがわたしの胴に腕を回して押しとどめる。
「まあまあ、オデット。怒らないで。彼は独り身みたいだからきっと羨ましいんだよ」
「君の夫、意外と笑顔で毒を吐くんだな」
「あんたはいろいろ性格が破綻していそうだけどね!」
わたしはじろりとアシルを睨みつけたが、七歳児に睨まれても痛くもかゆくもないのか、アシルは面倒くさそうに手を振った。
「口止めも終わったし、もう用はないから、さっさと帰れば? 犯罪夫婦」
やっぱり十年後タコ殴りにしにこようと、わたしは心に強く誓った。




