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碧き湖底の魔法使いの遺産 1

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「深き森の魔女? 十年前くらい前に代替わりしたって言う、あの?」

「正確には七年前ね」


 胡散臭そうな目で見られて、わたしはこれまでにあったことを手短に説明する。

 すると、しばらく不審な顔でわたしの話を聞いていたアシルは、わたしがサーリアの魔法で幼児化したことを話したあたりで、失礼にもプッと盛大に吹き出した。


「幼児化⁉ そ、そんなくだらない魔法を考える魔女がいたのか! しかし考える方も考える方だが、そんな魔法をあっさりかけられる方もかけられる方だな‼」

「うるさいわよ! あのときはいろいろあって油断してたのよ! 杖も持ってなかったし」

「結婚式当日だっけ? うわぁ……後にも先にも、結婚式の日に子供にされる花嫁なんて君くらいなものだろうね!」


 けらけらと笑い転げるアシルに軽い殺意を覚える。

 こいつ、初対面だと言うのにめちゃくちゃ失礼ではなかろうか。


 むかむかしていると、「オデットー‼」とわたしの名前を叫びながら、クリストフが走ってくるのが見えた。

 来るなって言ったのに、結局来ちゃったみたいね。でもまあ、ちゃんと町の人を避難させたみたいだから、よしとしましょう。


 クリストフはアシルの存在に気が付かなかったのか、一目散にわたしのそばまで走ってきて、ぺたぺたとわたしの体を撫ではじめた。


「怪我は? ああ、膝、擦りむいてるよ!」

「ああ、ズイフォンの攻撃をよけたときに擦りむいたみたいね。大丈夫よ。かすり傷だわ」

「駄目だよ! 早く帰って治療しよう! それで、魔物は逃げたの?」

「いろいろあって倒せたの。証拠の魔石ならあるわよ」


 魔物や魔人は、死ぬと体は砂塵に代わり、魔石だけが残る。強い魔物や魔人ほど大きな魔石が残るのだ。ほかには、その魔物や魔人の持っている属性が魔石に籠ることがあり、どうやらズイフォンの魔石には氷の属性がこもっているようだった。


 魔物や魔人の数が激減して魔石は市場に出回らなくなったが、実はこの魔石、とっても便利な代物だ。加工して武器に付加価値をつけることもできるし、魔道具なんかも作れる。まあ、魔物や魔人が激減した今では、魔道具が新しく作られることは滅多にないし、貴族や金持ちが昔の魔女や魔法使いが作った魔術具を持っていることはあっても、滅多に市場に出回ることはない。


 このズイフォンの魔石なら、冷風機を作れば夏に涼しくてよさそうね。


 これだけの大きさがあれば、クリストフの邸全体を冷やすことができるだろう。このまま持って帰りたいところだが――とわたしはちらりとアシルを見る。

 クリストフもようやくアシルの存在に気が付いたのか、わたしの視線を追って彼を見た。


「オデット、彼は?」

「彼はアシル。碧き湖底の魔法使いよ。代替わりしたらしいわ」

「ちょっと、勝手にばらさないでくれないかな!」


 アシルが不快そうに眉を寄せる。


「クリストフはわたしの夫よ。だからいいでしょ。それに、どのみちいつまでもここにいたら気づかれると思うわ」

「……それもそうだな。よし、話の続きは場所を変えてにしよう」

「そうね」


 わたしはちらりとズイフォンがいたあたりを振り返った。ズイフォンに何人食われたのかわからないが残っているのは彼らが来ていた衣服の残骸と、血だまりと僅かな肉塊だけ。


 ……わたしがもっと早く駆けつけていれば……、助かったのかしら。


 わたしは握りしめたままのサファイアの魔力残量を確かめて、杖を持った手を血だまりに向けた。


「風よ」


 形状を固定しない魔法は、ふわりとしたそよ風を生む。


 ……どうか、安らかに。


 願いを込めた風は、ゆっくりと天に舞い上がって、そして消える。ただの気休めだが、せめて彼らの魂が迷わず天に向かいますようにと、祈らずにはいられない。


 アシルはわたしの風を視線で追って、そして「こっちだ」と言って先導して歩きだした。

 膝をすりむいているわたしを心配してか、クリストフがわたしを抱き上げてアシルのあとを追う。


 アシルは湖の近くに一軒家を構えているらしい。

 道中すれ違った人の何人かに、クリストフがそれとなく魔物はいなくなったと告げたから、ズイフォンが破壊した町の一角の後始末は、町の人たちに任せればいいだろう。

 アシルの家は二階建ての小さな家で、彼はここに一人で住んでいるらしかった。


「お茶を入れるから、今のうちに怪我の手当てをしたらどう? まだそのサファイアには魔力残量があるだろう?」

「そうね。じゃあお言葉に甘えるわ」


 クリストフがわたしを木製のダイニングテーブルの前の椅子の上に降ろしてくれる。クリストフが心配そうに見つめる中、わたしは自分の膝の傷に手を当てて治癒魔法を使った。


 怪我が治ると、クリストフがホッと息をつく。

 アシルが魔法でお湯を沸かしてお茶を入れているあいだに、クリストフに何があったのかを手身近に説明する。木製のコップに熱々のお茶が用意されると、わたしはさっそく本題に入った。


「それで、このサファイアは何なの? なんで魔力がこもっているわけ?」

「なんでこもっているのかと聞かれても、原理は私も知らないよ。師匠……私の前の碧き湖底の魔法使いザーラは、魔力を何かに宿して保存する研究に生涯を費やして、どうやらうまくいったらしいんだけど、その方法を人に伝える前に心臓発作で死んじゃってね。弟子が私だけだったから、名前は勝手に継がせてもらったけど、研究を手伝ってたわけじゃないから方法は知らないんだ。ただ、師匠が残した魔力を蓄積する宝石はいくつか残っていて、わたしはそのうち二つのサファイアをピアスに加工して使っている」


 アシルが言うには、身に着けておけば少しずつ自分の体内の魔力を蓄積してくれる石らしい。


 魔力と言うのは、個人が持っている器以上に貯められない。飽和すれば自然に体からあふれてい消えていく。わたしは子供の姿になって、魔力をためる器が小さくなってしまったから、たくさんの魔力を保有できなくなっているが、大人になっても魔力の保有量には個人差がある。


 どんな高度な魔法を扱える魔法使いや魔女も、魔力残量がなくなれば魔法を放てない。

 そこで、前碧き湖底の魔法使いザーラは、普段から魔力を別の入れ物にためておく方法を研究していたと言うのだ。


 わたしの手にあったサファイアを回収し耳につけながら、アシルが「作り方がわからないから、本当は誰にも言いたくなかった」と言った。

 さっきは、自分が魔法を使って魔法使いだとばれるのが嫌でわたしにサファイアを渡したが、アシルはこのことを誰にも知られたくなかったらしい。


「魔女や魔法使いたちに知られて盗まれたりしたら嫌だからね」

「まあ確かに、魔力量の少ない魔女や魔法使いにしてみれば、喉から手が出るほど欲しいでしょうね」

「だろう? せめて作り方を何かに書き留めてくれればよかったのに、師匠は何も残していないんだ。かといって師匠と同じくこの研究に生涯を費やすのもねえ。私はできるだけ平穏にのんびりと、一日中ごろごろして生活したいんだ」


 なんてやる気のない魔法使いだろう。

 わたしはあきれたが、樹海に引きこもっていたときのわたしも大概だったので、他人を責められる立場にない。


「そこで、だ。取引しないか?」


 アシルはずーっと茶を啜って、にやりと笑った。


「取引ですって?」

「そう。君のその……ズイフォンの魔石と交換で、師匠が残した魔力の蓄積ができる宝石を一つ譲ってあげてもいい。その代わり、このことは誰にも言わないと約束してくれないかな? 今の君は魔力がほしくて仕方が無さそうだから、すっごくいい提案だろう?」

「……確かにね」


 わたしはズイフォンの魔石を見てむぅっと眉を寄せる。

 これで魔道具を作れば、来年の夏はとても快適に過ごせる。だが、魔力を蓄積できる宝石なんて、今を逃せば永遠に手に入らないだろう。


「ちなみにダメもとで訊いてみるけど、わたしの姿を元に戻す方法は知らない?」

「知るわけないだろう。そんな変な魔法を研究する魔女にも魔法使いにも心当たりないね。諦めて体が成長するまで待つんだね」

「…………やっぱりね」


 まあ、わかればラッキーくらいに思っていたので、わからなくてもそれほどがっかりはしていない。


「それで、どうする? この取引、飲む、飲まない? もし飲まないなら――」


 すっとアシルが視線を動かしてクリストフを見る。

 わたしはハッとした。


「クリストフ! そのお茶飲まないで‼」


 しかし時すでに遅し。

 わたしたちの話に入れなくて退屈していたらしいクリストフは、優雅な仕草でカップに口をつけたあとで。


「――――ッ」


 わたしの目の前で、クリストフがこふりと血の塊を吐いて倒れた。


お読みいただきありがとうございます!


昨日から新連載開始しています!

『婚約者は愛をたくさんお持ちだそうです~いろいろ目が覚めたので、婚約破棄いたします~』

https://ncode.syosetu.com/n0030hu/


こちらもどうぞよろしくお願いいたします!

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