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南の魔法使い 8

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 わたしが小さな体でどうにか駆けつけた場所にいたのは、真っ白い熊のような巨体の魔物だった。

 額から半透明な、青白い角が伸びている。


 ……まずいわ。ズイフォンじゃないの。


 魔物にも種類がある。この魔物を魔物の中でも強い方で、好戦的な魔物だ。


 ズイフォンの周りに血だまりと、それから食い散らかしたような肉塊が転がっているのを見たわたしは思わず顔をしかめた。何人か食われたあとだろう。

 人が食われている隙にほかの人間は逃げ出したのか、ズイフォンの周りには誰もいない。


 だが、ズイフォンはまだ腹が満たされないのか、駆けつけてきたわたしを真っ赤な瞳でぎょろりと捕えた。


 まったく、こんなのを見ると、魔人クイールが可愛らしく思えてくるわ。あいつ、バカみたいに強いくせに人を襲わない変わった魔人だし。


 大半の力を失い黒猫に擬態しているクイールでも、目の前のズイフォンを倒すくらいの力はあっただろう。悔やんでも遅いが、強制的に連行して来ればよかったと悔やまれる。まあ、連れてきていたところで、わたしに力を貸してくれるかどうかはわからなかったけどね。


 わたしを視界で捕らえたズイフォンが、間合いを詰めるようにゆっくりと近づいてくる。どうやらわたしの体内にある魔力に気づいているようだ。わたしの魔力は体とともにしぼんでいるが、それでも警戒しているのだろう。


「……とりあえず足止めね」


 さて、どこまで時間が稼げるだろうか。

 クリストフはあれで有能みたいなので、多少なりとも時間が稼げればうまく人を避難させてくれるだろう。そう信じている。

 わたしはドレスの下に隠し持っていた杖を取り出した。体が小さくなって新しく作り直した子供用の杖だ。


「防御結界《炎》」


 ズイフォンの弱点は炎のはずだ。杖を構えて唱えると、杖の先端が光って、ズイフォンの周囲を炎の壁が取り囲む。


「くっ……」


 どうにか結界魔法を操ることができたが、杖で増幅させても今のがわたしの限界のようだ。もう魔力が底を尽きている。

 ズイフォンは炎に取り囲まれて大きく咆哮し、炎の壁に向かって前足で攻撃している。

 殴ってもひっかいても炎の壁が破られないとわかったズイフォンは、口から氷の矢を放った。


「!」


 わたしは間一髪右に転がって、ズイフォンの口から飛んできた氷の矢をよける。

 炎の壁は破られなかったが、壁越しに攻撃されると、今はよけるだけで精いっぱいだ。


 ……わたしが死ねば炎の壁が消えるって、本能的にわかってるのね。


 魔人に比べて知力が低いとはいえ、ズイフォンほどのクラスになるとさすがにそのくらいはわかるようだ。


 次々に氷の矢が飛んできて、わたしは急いで建物の影に隠れる。

 わたしが逃げ回っている間、時間は稼げるが、正直言って万策尽きた。もう魔力がないから、ズイフォンに止めを刺すのは到底無理だ。


 背後の壁に氷の矢が突き刺さる衝撃を感じながら、どうしたものかと悩んでいると、小さな足音が左の方から聞こえてきた。

 顔を上げると、水色の長い髪をした二十歳前後ほどの男が、わたしの方に向かって歩いてくるのが見える。


「な、何を考えて! 早く逃げ――」


 言いかけて、わたしはハッとした。


「魔法使い……」


 魔女や魔法使いは、魔力に敏感だ。わたしの魔力センサーが、目の前の青年を「魔法使い」だと断定した。

 驚いていると、彼は「しー!」と口に人差し指を立てた。


「ここでは魔法使いだって内緒にして生活してるから、大きい声では言わないでほしいな。はじめまして、小さくて勇敢な魔女。私はアシル。碧き湖底の魔法使いアシルだ」

「碧き湖底の魔法使い……? まって、それはザーラじゃ……」

「ザーラは私の師匠だよ。去年死んで、碧き湖底の魔法使いの通り名は私が受け継いだ。……しかし騒ぎを聞きつけて来てみれば、ズイフォンとはね。また厄介なものが現れたものだ」

「感心してないで何とかしてよ! 今のわたしじゃ、あれを何とかする力はないもの!」

「そう言われてもね。さっきも言った通り、私は魔法使いであることを内緒にしていて、できればこの町の人たちにはばれたくない。ばれると次々に面倒ごとを持ってこられるからね」

「何を暢気なことを言ってるの! そんなことを言ってる場合⁉」

「じゃあなさそうだから、困ってる。どうしようかなあ。炎魔法はあまり得意じゃないし」


 あきれるほどやる気の感じられないアシルに、わたしはだんだんとイライラして来た。

 何人か人が食われているのに、何を能天気なことを言っているんだこの男は!


「だったら……あんたの魔力全部わたしによこしなさいよ! わたしが何とかするから!」

「そうしてくれるととても助けるけど、人に魔力を譲渡するなんてできるわけないだろう? 非常識な――ああ、これならいけるか」


 アシルはのほほんとした様子でポンと手を叩くと、不意に右耳のピアスを外した。大きなサファイアのピアスだ。

 アシルはわたしのそばにしゃがみこむと、わたしにピアスを差し出す。


「これでいける?」

「は?」


 サファイアで何をしろというかと思いつつ反射的にピアスを受け取ったわたしは、ハッとした。


「……なにこれ」

「師匠が生涯をかけて研究していた結晶、かな。それ貸してあげるよ、それだけあれば足りるんじゃない」

「―――――充分だわ」


 握りしめたサファイアから、とんでもない魔力を感じる。

 どうしてサファイアに魔力がこもっているのかはわからないが、これだけの魔力があれば、これを媒介に魔法が放てる。


 自然と口角が上がる。

 子供の姿になってからずっと魔法らしい魔法が使えなかったからだろうか、それとも目の前のズイフォンという化け物をどうにかできる術を手に入れたからだろうか、気分が高揚していくのがわかった。

 サファイアを握りしめ、わたしは建物の影から飛び出す。


「結界応用《炎・盾》」


 ズイフォンの氷の矢を防ぐため、走りながら自分の周りに炎の盾を展開する。

 グオォォォォォとズイフォンが大きく唸った。

 炎の結界に阻まれて動けないから相当怒っているようだ。

 わたしは片手でサファイアを握りしめ、もう片手に杖を握るとズイフォンに向かって突き出した。


「斬撃魔法応用《炎・槍》‼」


 わたしの声で発動した炎の槍が、ズイフォンの素上に無数に展開される。

 そして、無数の炎の槍は、勢いよくズイフォンに向かって落ちていくと、容赦なくその体を突き刺した。

 ひときわ大きな唸り声をあげて、ズイフォンの体がどさりとその場に崩れ落ちる。

 ズイフォンの体はさらさらと砂塵のように砕け、あとには薄い水色の大きな魔石が取り残された。


「ふー……」


 わたしは大きく息を吐き出して、展開していた炎の盾と結界、それから地面に突き刺さったままの槍を消し去る。


「いやあ、お見事お見事」


 建物の影でただ見ていたアシルが、パチパチとわざとらしく拍手をしながら出てきた。

 腹は立つが、正直彼が貸してくれたこのサファイアがなければズイフォンをどうにかすることができなかったので、喉元まで出かかった文句をかろうじて飲み込む。

 ズイフォンの残した薄水色の魔石を拾い上げて、わたしはアシルを振り返った。


「いろいろ言いたいことはあるけど、助かったわ。でも、このサファイアは何なの?」

「その質問に答えるかどうかは、君が私の質問に答えてくれたら考えるよ。……君は、誰?」


 すうっと髪と同じ水色の目を細めてアシルが問う。


 ……答えによっては、攻撃してくるつもりかしら?


 わたしは彼の右手に魔力がこもるのを感じて、やれやれと肩を落とす。

 まあ、七歳児が普通に魔法を使ってたら、警戒されるのも当然か。

 口にするのはあまりに屈辱だが、碧き湖底の魔法使いに会いたかったのは本当で、こちらからもいろいろ訊きたいこともあったので、わたしは仕方なく口を開いた。


「わたしは、深き森の魔女オデットよ」



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