南の魔法使い 5
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何とか魔女オデットを説き伏せて、彼女とともに城に帰ると、父王は驚いた顔をして帰還を喜んでくれた。
しかしやはりもやもやとした何かが胸の中に巣くっていて、そんなクリストフの心の中を、オデットはいとも簡単に探り当てた。
「なんか思うところがあるって顔してる。どーせあれでしょ? おとーさんが本当に自分の帰還を喜んでるのかなーとか考えてるんでしょ? まあ気持ちはわからなくもないけど、あれは本当に喜んでる顔だから素直に受け取っときなさいな。いろいろ思うところはあるんだろうけど、人間ってそんなもんよ。あんたのおとーさんはあんたのことが別に嫌いじゃないけど、死んでも仕方ないと思ってる。でも死んでほしいわけじゃない。人間っていろいろ矛盾を抱えて生きてんのよ。わたしも孤児だったし、人の世の理不尽さは嫌ってほど見てきたし、何か割に合わないなーとか、納得いかないなーとか、こんちくしょーとか思うこともいっぱいあったけど、そんなことばっかり考えてむしゃくしゃしてる方が損することになるから、ああもういいやって割り切るの。この人の中の自分の価値はこんなもん。だから仕方ない。でも自分にとってもそいつの価値はこんなもん。だから気にしない。こんな感じよ」
オデットの理屈はわかるようでわからなかった。
だが、あっけらかんと笑う彼女を見ていると、悩んでいる自分が馬鹿らしく思えてくるのも確かで、クリストフは思わず笑ってしまう。
「で、その迷惑極まりない魔人ってどこ? 食糧庫にいるのよね?」
いくら魔女とはいえ、魔人相手に勝てる保証はどこにもない。
それなのにオデットはこれまた明るく言って、そしてついて行こうとするクリストフに、巻き沿いを食らうから近づくなと言った。
食糧庫の場所だけ聞いて、行ってくるわねーと手を振ったオデットを見たとき、クリストフははじめて彼女をここに連れてきたことを後悔した。
もし魔人の方が強くて、オデットが殺されてしまったら、どうしたらいいのだろう。
「ま、待って――」
国とそこに住む民と、一人の魔女。王族としてどちらを選択すべきかはもちろんわかっている。
しかしオデットを失うのが嫌でクリストフが呼び止めると、彼女は振り向いて、それはそれは綺麗に笑った。
「まあ待ってなさいって! ちょちょいっと倒してくるからね!」
そしてわたしは美味しいふかふかパンを食べるのだと、オデットは意味のわからないことを言って歩いていく。
クリストフは思わずその場に立ち尽くして、オデットが消えて行った廊下の奥をじっと見つめた。
死ぬかもしれないのに、あっけらかんと笑って――
どうして、魔人を倒してほしいなんて危険な願いをしたクリストフに笑いかけることができたのだろう。
――この人の中の自分の価値はこんなもん。だから仕方ない。でも自分にとってもそいつの価値はこんなもん。だから気にしない。こんな感じよ。
ふいにオデットの言葉が耳の奥に蘇った。
オデットは、クリストフのことも「こんなもん」と思っているのだろうか。
クリストフの中のオデットの価値は「こんなもん」。
オデットの中のクリストフの価値も「こんなもん」。
(嫌だな……)
心の底から、嫌だと思った。「こんなもん」なんて一言で片づけてほしくない。
まるで世の中の闇も不条理もなにもかもを、あっけらかんと笑い飛ばすオデット。
ふかふかパンのために魔人を倒すとか、意味わからない。
十一歳も年上なのに、まるで少女のように明るい笑顔で、クリストフが心のずっと奥底に封印していたどろどろとした感情をも笑い飛ばしてしまう、不思議な魔女。
――オデットがほしい。
思えば、ずっと割り切って生きてきたクリストフが、何かを強くほしいと思ったのはこれがはじめてかもしれなかった。
その後、オデットは約束通り魔人を討伐し――まあ、完全には倒しきれなかったのだが――、ボロボロになって戻ってきた。
魔人とオデットの魔力の衝突で、食糧庫を含む城の一部は崩壊したが、オデットがそのあたりにいた人を全員下がらせたから、死傷者は一人として出なかった。
肩や額から血を流して、黒猫の首根っこをつかんで戻ってきたオデットは、ボロボロなのにやっぱり笑顔で。
――このとき、クリストフは、どんな手段を用いてもオデットを手に入れると、心に誓った。