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プロローグ

新連載開始しました!

子供になった魔女が王子に甘やかされつつ色々奮闘するお話です!

どうぞよろしくお願いいたします。

「汝、深き森の魔女オデット。汝はここにいるブルトリア国王子クリストフを夫とし、生涯愛しぬくことを誓いますか?」


 ……何故こうなったのだろう。


 ステンドグラス越しに燦々と日差しが降り注ぐ大聖堂で、わたしことオデットは途方に暮れていた。

 いつも真っ黒な服を着て闇に紛れて生きてきたわたしは、朝から城の侍女たちに身ぐるみはがされて、純白のドレスとヴェールをまとわされた。

 そしてあれよあれよと大聖堂へ連行されて、十一歳も年下の十六歳の第三王子クリストフと妻にされようとしている。


 おかしい。

 絶対におかしい。


 確かにわたしはちょーっとばかりブルトリア国王に恩を売った。


 ブルトリア国の北にある誰も足を踏み入れたがらない樹海を住処としていたわたしのもとに、ブルトリア国王の遣いと称してクリストフが来たのは、今から三か月ほど前のこと。

 何でも、三百年ほど前に大魔法使いが封印したらしい魔人の封印が解けてしまったから、この国唯一の魔女であるわたしに何とかしてほしいとの依頼だった。


 数百年前まではたくさんいた魔女や魔法使いも、今では数えるほどになっている。

 というのも、魔女も魔法使いも人里に降りたがらないので、なかなか人と出会う機会がない。それでも昔は魔女や魔法使いになりたがる人間が多かったので、人里離れた地に住んでいたって、弟子になりたいという志願者は向こうから勝手にやって来ていた。


 しかし時代は巡り、世界から魔物や魔人が減り、彼らに対抗できる魔女や魔法使いが必要とされなくなると、弟子の志願者は減少した。

 そして誰も弟子を取らずひっそりと朽ち果てていく魔女や魔法使いが増え、世の中から魔女も魔法使いも数を減らしていった。


 わたしだって、師匠に会わなければ魔女の道を志したりしなかっただろう。

 師匠は魔女にしては珍しい人で、魔女業の傍ら、なんと孤児院の経営なんてしていた変わり者だった。

 わたしは幼いころに流行り病で両親を亡くし、いろいろあって師匠の孤児院に引き取られた。

 そして、魔女の才能があったわたしは、師匠から修業をつけてもらい、二十歳で免許皆伝をもらって、師匠の「深き森の魔女」の名を受け継いだ。


 わたしが二十二のときに師匠が死に、孤児院はわたしと同じで師匠に拾われた孤児だったエレンが受け継ぎ、わたしはブルトリア国の樹海に居を移した。

 わたしは師匠と違い人里にはあまり下りないので、わたしが樹海に住んでいることは知られていないはずなのに、どういうわけかブルトリア王家はわたしの居場所を嗅ぎつけて、クリストフをよこしたのである。


 話は戻るが、魔人と言うのは闇より生まれる生命体のことを差す。

 同じく魔物も闇から生まれるが、魔物と魔人の違いは、知性の差だ。


 一般に魔物と言われるものは、多少の差はあれど、そのあたりの動物と同じレベルの知能指数だと考えていい。

 しかし魔人は、人と同じ――あるいは人以上に頭の切れる存在で、人語を話し、人の世に紛れて生活することもある。


 魔物も魔人も基本的に雑食なので、高確率で、世界で一番数が多く、動物よりも警戒心が低く簡単に狩れる人間を襲う。

 そのため昔から、魔物も魔人も人間の敵だとみなされてきた。


 魔法使いや魔女たちと同じように魔法を使う魔物や魔人を屠るのは、普通の人間には難しい。

 だから魔物や魔人狩りには魔法使いや魔女が重用されてきたわけで――だから、魔人の封印が解けたから魔女の力を必要としているという理屈は理解できる。


 だが正直、面倒くさい。

 三百年前に封印したということは、その大魔法使いとやらは、その魔人を倒すことができなかったということだ。

 大魔法使いがどれほどのものかは知らないが、そんな昔の人間のしりぬぐいを、どうしてわたしてしてやらなければならない。


 必死にことの重要性を力説する、まだ十六歳と若い王子は少し可哀そうになってくるが、わたしだって慈善事業で魔女をしているわけではない。


 ……しっかし綺麗な目だな、この王子。


 王子の話を聞くのも面倒くさくなってきたわたしは、ぼんやりとまだ若干の幼さの残るクリストフの顔を眺めた。

 銀色の艶やかな髪に、最高級のサファイアのように曇りのない綺麗な青い瞳。十六歳ならまだ伸びるだろうが、今でも充分に高い身長。……というか、肌のハリやばくない? 触ってみたいんだけど。ハァ、若いっていいわぁ……。

 二十七にもなるとお肌は下り坂だ。せっせと自分で調合した化粧水で肌を整えても、年の波には勝てない。


「聞いていますか、魔女様」


 うらやましいなあとクリストフを眺めていると、わたしがぼんやりしていることに気づいたらしい彼がわずかに眉を寄せた。


「魔人は今、我が城に居座り食糧庫を荒らしております。食糧庫が空になればいよいよ人間を襲いはじめるでしょう。その前にどうか退治していただきたい!」


 退治とか簡単に言ってくれるわー。

 相手の魔人がわたしより強かったら、わたし、たぶん殺されちゃうんだけど、そこんとこわかってんのかしらねーこの王子様は。

 ほかをあたってくれと追い返してやろうかと思ったわたしだったが、王子が無造作に机の上に置いた袋と、その袋が立てる重たいジャラ……という音に、思わずごくりと唾を飲んだ。

 この音は……。


「これは前金です。魔人を倒していただければ、何でも好きなものを用意すると父上……いえ、陛下が」

「何でも好きなもの……?」


 ぐらり、とわたしの心が大きく揺れた。

 正直言って、魔女の懐事情は豊かでない。仕事をせずにこんなところで暢気に暮らしているのだから当然である。魔女とて人間なのでお腹がすくが、金がないので、一人になってからはろくなものを食べていない。


 焼き立てのふかふかのパン……もう三年も食べてない……。


 樹海なので、森に入れば獣がいる。適当に獣を狩って、適当に食べつないできたが、いい加減こんな野性味あふれた生活とはおさらばしたいところだった。

 そもそも樹海を住処に選んだのが間違いだったというツッコミはやめてもらいたい。

 ……だって、師匠が何個か持っていた家の中で、ここが一番大きかったんだもん。それに「深き森の魔女」という名を継いだんだから、森の中に住んだ方がいいんじゃね? って思うじゃん?

 でもいい加減、森の中で生活するのにも嫌気がさしてきていた。

 なんかこう……王都の大きなお邸を構えて、アフタヌーンティーとか飲みながら優雅な生活を送ってみたい。


「……ほんとに何でもくれるの?」

「はい。国として用意できるものであればなんでも」


 国として、ときたよ!

 国として用意できないものなんてないでしょ? あったとしても、わたしの貧しい想像力じゃ思いつかないね!


「ちなみに、失敗してもその前金は……」

「もちろん返せとはいいません」


 つまり失敗しても焼き立てふかふかパンは食べ放題⁉

 それどころか超贅沢品の甘いお菓子とかも買っちゃったりしても大丈夫⁉


 頭の中が食べ物パラダイスになったわたしは、思わず口に手の甲をあてた。よだれは出ていない。よかった。

 そしてわたしは安請け合いをして魔人討伐を引き受けて――なんかいろいろあって、いい感じに魔人を退ける(厳密には少し違うが、まあいい)ことに成功したのである。


 ……が、現実はわたしが思っているほど甘くなかった。


 なんでもくれると言ったから、わたしは迷わず王様に王都に大きな邸がほしいと頼んだ。

 しかし王都の大きなお邸はみんな貴族のもので、新しく建てるだけの土地は余っていなかった。

 さすがに平民を立ち退かせてそこに建てるわけにもいかないと言われて、わたしはがっくりと肩を落とした。なんでもじゃないじゃん嘘つき。


 そんなわたしに助け舟を出してくれたのが、なんとクリストフ王子だった。

 彼は、自分が王都に持っている邸をわたしにくれると言ったのだ。

 けれども、なんて心優しい王子かしらと感動したわたしは、次の瞬間天地がひっくり返るほどの衝撃を受けることになる。

 なんと、お邸にはもれなく王子様がついてくることになったのだ!





 ならばいっそ結婚してしまえ――って、王様、いくらクリストフが第三王子だからって、王子の結婚をそんなに簡単に決めていいものなのかしら?


 しかも相手は十六歳。片やわたしは二十七歳。貴族は年の差結婚なんて珍しくないって言われても、これは犯罪としか思えない。

 もっと言えば、わたしに拒否権! 拒否権はないの⁉

 王様の発案でクリストフとの結婚が強制的に決まってしまったわたしは、あれよあれよと全身を向かれて飾り立てられ、今日、こうして大聖堂に押し込まれた。


 ずっと黒いフードの下に隠してきた金髪を、すっごくいい匂いのする石鹸で洗われて、高そうな宝石のついた髪飾りでまとめられる。

 樹海の森のように深い緑色をしたわたしの瞳に合わせる宝石は見つからなかったらしいが、緑だからいいじゃね? とばかりにエメラルドのネックレスを身につけさせられ、コルセットと言うものでぎゅうぎゅうに腰を締め上げられて完成したわたしは、どこかのご令嬢と言っても通るほどの出来栄えだったそうだが、十一歳も年下の若さが溢れ出ている王子の隣に並ばされる二十七歳の気持ちを少しは考えてほしい。


 ……ていうかなんで結婚……。


 あまりの超展開に頭がついていかない。

 十六歳のぴちぴちした王子よ。相手がわたしで本当にいいの?

 わたしも十六歳の少年を夫とか呼べないし。

 ……というか、結婚したってことは、今夜あれこれしちゃうわけ?


 はい、ムリー‼

 逃亡決定‼


 お邸は惜しいけれどこのまま王子のお妃様とか無理だから‼

 十一歳も年下の子供と、ベッドでうふふな展開とか絶対に無理だから‼


 結婚式は仕方ない。これだけたくさんの人数に囲まれていては逃げ場がない。

 だが、式が終わったら即逃亡しよう。

 邸は惜しいが、このまま年下王子にいいようにされるより絶対マシだ!

 わたしが顔を上げると、クリストフがにこりと微笑む。

 一回り近く違う女と結婚させられそうになっているのに微笑めるとか、この王子なかなかできるわ。


「えー、ごほん。深き森の魔女オデットよ。汝はクリストフ王子を生涯愛しぬくことを誓いますか?」


 わたしが返事をしなかったからだろう、司祭がわざとらしく咳ばらいをして、もう一度ゆっくりと言いなおした。

 ここで誓わなければ先へは進まない。いつまでもここにいるわけにもいかないので致し方ない。


「……誓います」


 ぽそりと返せば、司祭が大きく頷いた。


「よろしい! 本日ここに、髪に認められ新しい夫婦が誕生いたしました」


 司祭の宣言で、大聖堂の中に大きな拍手が響き渡る。

 よし! このあと着替えて逃亡を――


「――――⁉」


 わたしがぐっと拳を握りしめたその時、ぞわっと背中の産毛が総毛立つような嫌な感じがして、わたしは咄嗟に隣にいたクリストフを突き飛ばした。

 その瞬間、わたしの足元の無数の魔法陣が浮かび上がる。

 これ――


「ほーほほほほほほ‼ ようやく決着をつける時ねオデット‼」


 自己主張も甚だしい馬鹿でかい笑い声を聞いた途端、わたしは「げ」っと顔をしかめた。

 パリーン‼ と大きな音を立てて天井のステンドグラスが割れて、箒に乗った真っ赤なドレス姿の魔女が現れる。

 というか相変わらず派手と言うか、今時箒に乗って移動とか流行らないし。


「サーリア! 何よこの魔法陣! どういうつもりよ!」


 わたしは天井に向かって叫んだ。

 真っ赤なローブに炎のような赤い髪の魔女サーリアは、わたしと同じく、師匠の孤児院で育った魔女だ。師匠が育てていた孤児たちの中で、魔女の素質を持っていたのはわたしとこのサーリアだけで、サーリアは昔からわたしに何かと張り合ってくるこの上なく面倒くさい女だった。


「師匠の二つ名、深き森の魔女を継ぐのはこのわたしよ! 今日こそ奪い取ってくれるわ!」


 天井から振ってきたステンドグラスの破片に、聖堂の中は阿鼻叫喚の渦となった。

 咄嗟に防御結界を展開して大聖堂の中にいる人たちをステンドグラスの破片から守ったけれど、恐怖と言うものはなかなか消えないもので、誰も彼もが聖堂から出ようと逃げまどっている。


 ……杖を持っていないときに来やがってこの馬鹿サーリア!


 杖なしでも魔法の発動はできるが、威力が格段に落ちる。

 杖のない今のわたしには、サーリアが何か仕掛けてきたときのために防御結界を張り続けることくらいしかできない。


「オデット……」

「王子は下がっていて! 魔女の勝負に割って入ると、大怪我ではすまないわよ!」


 わたしが突き飛ばされたクリストフは、起き上がりながらわたしを守ろうと手を伸ばすが、わたしがすげなく突き放すと、宙に手を伸ばしたまま悲しそうに眉を下げる。


 ……ちょっと、なんで傷ついた子犬みたいな顔をするのよ。わたし、間違ったこと言ってないよね?


 魔法を使えない一般人が、魔女の争いに巻き込まれると大変なことになる。

 だからできれば、ほかの人たちと同じようにこの場から逃げてほしい。

 しかしどういうわけかクリストフは、この場から立ち去ろうとせずに、サーリアを睨みつけた。


「彼女は今日僕の妻になりました。妻を傷つけるのであれば、誰であろうと許しません」


 言ってることは勇ましいけど、今はちょっと場違いです!

 わたしがどうやってクリストフを遠ざけようかと考えていると、サーリアが「ぷぷーっ」と吹き出した。


「あらでももう手遅れよ、残念ねえ」


 手遅れ?


 サーリアの言葉に、わたしはハッと足元を見た。

 しまった。サーリアの登場に気取られて、何を暢気にいつまでも魔法陣の上に立っていたんだわたしは!

 しかし、気づいた時には後の祭りだったようだ。

 魔法陣から七色の光が立ち上ったかと思うと、それはぐるぐると螺旋を描きながらわたしを取り囲んだ。

 そして――


「これぞ、わたしの長年の研究の成果‼ オデット、泣いてひれ伏すといいわ‼ 時間回帰‼」


 おーほほほほほほ! というサーリアの高笑いが遠くに聞こえて――


 わたしはそのまま、魔法陣の上に倒れこんだ。





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