プロローグ
才能。
何もない人もいて、色んな才能を持っている人もいる。
スポーツ、芸術、音楽、文学。
先天性に現れる才。後天性に現れる才。
自分には、何も持っていないと感じているだけで、他人からは才能が見えている人もいるだろう。
生まれ持った才能だけで、その後の人生を目隠ししても歩いて行けるほどの人も存在するだろう。
世の中には、「才能なんてものはない、その人の努力が才能と呼べる能力を引き出しているのだ。」と、
そんなことを言い張る人もいるが、才能は確かに存在する。
それは、暗い夜道に安堵を与える、街灯のような光。
才能を持っている人が、その道を進むとき、先の見えない暗い道を照らす光が灯る。
光が強ければ強いほど、
才能が溢れれば溢れるほどに、
その未来はより鮮明に見える。
だが、必ずしも才能が未来を決めるわけではない。
努力だけでも、その道を行くのは不可能ではない。
しかしそれは、血も滲むような鍛錬と、他の何をも手放す覚悟を持たなければ成せることはない。
なぜか。
それは、この世界が、目指した未来に暗中模索で辿り着けるほど、甘くない世界であるということの証明だった。
じゃあ、天賦の才を持つものは卑怯だって?
それは、きっと違う。
誰しも超えられない壁は存在する。
その壁は、果てしなく高く、陰湿な笑みを浮かべて、天賦の才を醜く食いつぶしていく。
「私の何がいけなかったの。こんなことなら、何もできない、あんたみたいな無能な人間だったらよかったのに!」
荒々しく上げられた、悲鳴にも似た妹の声は病室に響き渡った。
「こんな人生、いらない。」
妹が、一直線にベッドから隣にある窓へと身を移す。
その窓から身を投げる刹那、それは見えた。
太陽の光が射すかのような、眩い光。
咄嗟のことで、片手で目を遮ってしまう。
徐々に目が慣れたのか、手を下すと視界が開けた。
そこには、倒れたパイプ椅子と寂しげに揺れ動くカーテン。
そして、時間が止まったかのように、ただ立ち尽くす僕たちは、誰一人として息ひとつ洩らすことはなかった。
身体中を駆け巡る鼓動。
纏わりつく脂汗が気持ち悪い。
止むことのなかった耳鳴りが、ドスンと鈍く重苦しい不快音へ。
停滞した時間の波は、緩やかに動き出し、次第に激流へと姿を変えた。
悲鳴を上げる者。慟哭を上げる者。病室から飛び出すように走り去る者。
その中で、恐らくたった一人。
僕だけは、天を仰ぐ。
そして、自分の唇から微かに漏れ出た言葉を聞いた。
「あぁ、無能でよかった。」
涙が頬を伝わなくなった時、病室には僕以外誰もいなくなっていた。