そっと緩められる
「暑っ。なあ、晋太郎」
久しぶりの部活だ。ピカピカの体育館は事故の痕跡を感じさせない。
「晋太郎!」
「んだよ?」
春人が元気いっぱいに話しかけてくる。こいつが犬なら、しっぽを振り続けているかもしれない。
「ぼーっとしてると、修一みたいにぶつかっちゃうぞ」
「は?」
封じ込めていたはずの感情の蛇口がそっと緩められる。
「だから、ぶつかっちゃうよ」
「お前流石にそれは笑えないわ」
春人は変だ。いつも返しは面白いけれど、言っていいことと、悪いことはわきまえているやつだと思っていた。
「あ、今日の道具出し俺らだ」
おさきに、と春人が逃げるように去っていく。
「ちょっと、待って」
細かった流れは、次第に太くなっていく。
「なに?」
春人を呼び止める。口角が少し上がってるような気がする。それを見て、蛇口がより一層緩められる。
「修一が死んだこと、どう思ってる?」
黒い水でつっかえていた蛇口が、再び透明な水を流し始めた。
「どうって。気の毒? かわいそう?」
お母さん泣いてたもんな、と春人は他人事のように付け加えた。
「お前知らないのか?」
「何が?」
春人はひょうひょうと答える。
「修一が、どうやって死んだかだよ」
映像が脳内で再生される。ドッ、ガッ、、、シュワー。最初から決められていたことのように、一連の動作は行われた。
「事故だろ。何かの」
ぱっちりと開いた春人の目は、晋太郎と合わない。
「何その言い方。死ぬことわかってたみたいじゃん」
「わかってたんだよ」
ルール通りに行けばそうなるってわかってた、と春人は床を見つめている。そこに何かがいるみたいに。
「帰る日を超えちゃったんだ。アイツは」
「帰る日って何?」
「あー、いいよ別に。俺もタイムスリップしてるし」
周りを見て春人は続ける。
「晋太郎がタイムスリップしてるのは目に見えてわかったよ。だって急に夏祭り誘うんだもん。赤星さん狙えってさ。びっくりしたよ。修一以外にもいたなんてさ」
「修一がタイムスリップしてることも知ってたのかよ?」
そう言い返しながら、晋太郎は脇に嫌な汗を感じる。
「知ってたってか、はじめからそれが狙いみたいなとこあったし」
「狙い?」
「初めから修一を殺すつもりだったんだ」
晋太郎は練習着の袖をぎゅっと掴んだ。