とある会話
「俺さ、思うんだよ。あの日、その時の俺にはきっと今とはまた別の大切な人が、家族がいたんだろうなって。」
彼は唐突にそういった。
「いや、もちろん今に不満があるわけじゃない。マジだぜ?『僕には結局ホントの家族はもういないんだ』、とかそんなことを言いたいわけじゃないんだ。」
地面へと向けられた視線は口をはさむことも、表情をうかがわせることさえも許さない。
「今まで誰にも言ったことなかったんだけどな、俺、助けられたとき、無傷だったらしいんだよ。焼けた街のど真ん中でな。」
想像できるか、と彼はつづけた。私が始めたはずの問答だったはずなのに、声が出ない。胸の奥の何かが『それ』を声に出すことを拒んでいるかのようだった。音にしてしまえば事実になってしまうような気がして。
しかし結論から言えばそんな抵抗は全くの無意味だったのだろう。彼は私の想像をそのまま、ささやくように口にした。
「誰かが助けてくれたんだよ。身を挺して。」
それは本来ならば尊ばれることなのだろう。感謝すべき事柄なのだろう。しかし、その事実は彼にはもっとも残酷な結論をもたらした。言葉が少しずつ熱を帯びていく。
「顔も知らない。どこの誰かもわからない。でもきっと俺のことを自分よりも大事にしてくれた『誰か』。そんな誰かのことさえ思い出せないんだ。」
彼はつづける。
「あの日、たくさんの人が亡くなった。『誰か』も死んだ。なのに俺は生きてる。ちがう、あの日『誰か』助けたいと思った『俺』も死んだ。だからだ。命を救われたのに、だれに救われたのかも、どうして助けられたのかも思い出せない俺がどうしてのうのうと生きられる?」
だから自分の命の価値を証明しなければならないのだ、と、せめて助ける価値のある己でありたいのだ、と彼はそう言った。
___________________to be continued