メトロノーム
「あ、広ちゃん、掃除お疲れ〜。」
「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった。」
田山と山田はいつものように図書室で勉強しつつ駄弁っていた。そこに掃除の終わった広印が合流する。
「また乙骨さんたちに絡まれたの?」
「うん。明日の朝の掃除やってこいって言われたんだけど…ちゃんと断ってきたよ。」
広印はにこっと笑った。
新学期が始まってから2ヶ月。山田たちにアドバイスを受けてから、広印は以前より自然に笑うようになった。部活がない時は図書室でいじめの仕返し方法を考える通称「山田会議」をするのが習慣になっているため、3人はかなり仲良くなった。
「田山くんも山田くんも、毎日ここで勉強してるの?」
「まあ、暇だからな。山田はなんか習い事してるだろ?その日以外は毎日ここにいるよ。」
「え?山田くん何やってるの?」
「えっ…あの…陸上やってる…」
広印はキョトンとした。山田は運動音痴というイメージが強かったので、少し意外だった。
「陸上?長距離?」
「いや…短距離だよ。」
広印はますます、なんで?という顔をする。
「俺…陸上部だったんだ。実は短距離が得意で…いじめのせいで部活に居られなくなって辞めたんだけど、やっぱり諦められなくて…」
「山田、もしかしてお前、体力測定の時わざとゆっくり走ってたのか?」
田山の指摘に、恥ずかしそうにうん、と答えた。
「まじかよ。今度俺と勝負しようぜ。」
田山の誘いに山田はまた少し笑って、うん、と言った。
「しかしいじめのせいで部活まで追い出されるなんて、ほんとにひどいね。山田くんはすごいよ。それでもちゃんと学校に来てるし。」
「親に迷惑かけたくないしね。」
広印に褒められて、山田は少し照れている。
と、突然図書室の外で、ガッシャーンと何かが壊れる音がした。山田たちは不思議に思い、ドアを少し開けて様子を伺う。
「何よ、あたしの演奏に文句あんの?」
「い、いや…そういう訳じゃ…」
何やら女の人が話している。吹奏楽部だろうか、金色の楽器がちらちら見える。
しばらく沈黙が続いた後、舌打ちが聞こえて、またその場は静かになった。
田山はゆっくり廊下を曲がって、音の主を確認する。そこには同じクラスの陽乃元さんがトロンボーンを持って立っていた。前には壊れたメトロノームがある。
「陽乃元さん?」
「あっ!田山くん…と、山田くんと広印さん?」
「なんか、すごい音したけど大丈夫?」
田山がそう言うと、陽乃元は優しく笑いながら、
「あ!ごめん!メトロノーム落としちゃって!」
と言った。山田はすぐにそれが嘘だと分かった。山田はいじめにより人の感情に敏感になったためか、表情や声色から嘘がすぐに分かってしまった。
「そ、そうなんだ…部活、頑張ってね…!」
山田がそう言うと、陽乃元はうん、と笑ってメトロノームを拾い、どこかへ行ってしまった。
「陽乃元さん、トロンボーン吹けるんだね。」
「うん。それに小さい頃から習ってたらしくて、すっごいうまいんだって。先輩も余裕で追い抜いちゃって、金管楽器のエースらしいよ。」
広印の説明に、山田はふーん、と答えた。
「さ、今日の絵具のいじめの仕返し考えよっか。」
広印の提案に乗りつつ、複雑そうな表情で笑った山田を、田山は静かに見ていた。