絵具と山田
「おい、山田。お前まじで最近調子乗っるな。ふざけんなよ。」
いじめの主犯格である小野分が昼休み、美術準備室で山田に言い放つ。
この日の4時間目は美術の授業で、小野分は先生からお昼休み中に画材を片付けるよう頼まれていたのだ。そして山田はいつも通りこれに巻き込まれた。
「お前ら、山田を押さえとけ。」
山田を含め4人しかいない準備室で、小野分は山田の頬を一発殴り、小蚊と子分二に床に倒れた山田を押さえさせた。
山田はバタバタ暴れるが、筋力が絶望的に無いためか全く動けない。暴れる山田の上に小野分が乗り、さらにもう一発殴った。
「ほら、これ、ちゃんと片付けとけよ?」
小野分はそういうと、今日使った赤色の水彩絵の具を山田の口に突っ込んだ。そのまま中身を口に流す。口の中に、苦い味が広がっていく。山田は堪らず咳き込む。
「おい、汚ねぇだろ。」
そう言って小野分はチューブ一本分の絵具を口の中に注ぎ込んだ。
「ほら、美味いだろ?おいなんだその顔。笑えよ。美味しいって言えよ。」
小野分の表情は冷たい笑顔だった。山田は言わないとまた殴られると思って、
「美味しい…です…」
と、言った。小野分達はそれを見てゲラゲラ笑っていた。いつもならここでまた殴られるのだが、珍しく手下の子分二が小野分に話しかけた。
「なあ、もうやめよーぜ。」
子分二は小野分たちとつるんでいる、どちらかと言えば影の薄いいじめっ子だ。背が低く、顔立ちはすっきりとしている。前髪が長く、目にかかりそうだ。とにかくポーカーフェイスで、山田をいじめている時も1人だけ笑っていない。が、小野分達に言われれば何だってするので、山田は密かに彼のことを真のサイコパスだと思っている。
小野分は子分二の方を睨む。
「何だお前。俺に文句あんのか?」
「ちげえよ、俺美術部だからさ、」
子分二はそう言うと、水彩絵の具を溶いた後の濁った水を、山田の顔にかけた。
「画材が可哀想だと思って。」
その言動で、小野分と小蚊はにやっと笑った。山田は顔がずぶ濡れだし口は苦いしで、今日も早く死にたいと思った。
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昼休みの終わり頃、山田がトイレで顔を洗って出てくると、広印に遭遇した。
「山田くん…またやられたの…?」
「う、うん…おかげで口の中が絵具の匂いだ。」
山田は異常に赤い舌を出して笑った。
広印は前回までのお話の一件から、なるべく自分のペースで生きるように努めている。今まではみんなでトイレに行っていたが、今日は1人だ。元のグループからは、少しずつ離れている。
もちろん広印に面倒事を押し付けていた乙骨たちからは若干避けられつつあるが、それでも気持ちが楽になったらしい。
「じゃあ今日も山田会議しなきゃね。掃除当番終わったら行くから。」
「何その山田会議って。」
「山田くんの仕返しを手伝う会ってことで今勝手に考えた。」
広印はそう言って優しく笑うと、トイレに消えていった。
広印は部活がない日は山田達とよく図書館で勉強するようになった。
山田は相変わらずいじめられているが、とりあえず友達が増えて嬉しかった。