グループ
「ねぇ、いつまでこれするの…?」
山田は教室から望遠鏡で部活をする女子を観察するという、変態的行為に若干後ろめたさを感じていた。望遠鏡から目を離す。田山は離れた机で何故か折り紙をしながら、
「ま、すぐ終わるよ。」
と言った。山田は小さなため息をついて、再び望遠鏡を覗く。と、先程まで観察していたクラスメイトの広印がいなくなっていた。山田は焦る。望遠鏡から再び目を離して広印を探す。
「たっ、田山くん…!広印さんが、消えた…」
山田は焦りでテニスコートと田山を何度も確認する。しかし、田山は落ち着いている。
「田山くんっ!聞いてる?」
「まあまあ、焦るなって…」
田山がそう言った途端、教室のドアがガラッと開いた。振り向くと…
「あれ…?山田くんと、田山くん…」
そこには、さっきまでテニスコートにいた広印がいた。このシチュエーション、完全にデジャヴである。広印は前回の気まずさを思い出して、いてもたってもいられなくなった。が、前回と同様、山田たちの奇行が目に止まる。
「望遠鏡…?なに、してたの…?」
「広印さん…」
山田は完全に終わったと思った。テニスコートに向けられた望遠鏡。窓に向けられた椅子。電気のついていない教室。なぜか折り紙をしている田山。
どの要素を取っても怪しすぎる。
「これは…その…あの…」
慌てふためく山田を差し置いて、田山が折り紙を折りながら広印に語りかけた。
「広印さん、何しに来たの?」
「それは…えっと…」
「また、シューズ取らされに来たの?」
広印はゴクリと唾を飲む。田山は広印が何も言い出さないでいるのを、にやにやしながら見ていた。
「広印さん、いじめられてるの…?」
山田は決心したのか、ついに切り込む。
広印は目を逸らした。
「その…私は別にいじめられてるわけじゃ…」
「じゃあなんで、乙骨さんたちの言いなりになってるの?嫌じゃないの?」
田山も畳み掛けていく。
「いや…私は…その…」
「…1人になるのが…怖い…?」
山田は言った。山田自身も、そうだったのだ。
初めは1人になるのが怖かった。小野分たちに歯向かうと仲間外れにされるのではないか。そんな恐怖が、山田を縛り付けていた。今となっては、1人でいる方が100倍マシだ。
いつ間違えてしまったのだろうか。
山田は時々考える。あの時こうしていれば。あれがいけなかったのかな…
広印は震える手をぎゅっと握って、言い返す。
「…そうだよ…悪い…?私にとって…クラスの友達のグループって…ほんとに大事なものなの…男の子にはわからないのかな…グループが無いなら学校…なんか…来れない…」
その言葉を聞いて、田山は突然、吹いてしまった。まあまあ深刻な雰囲気の中、田山はツボにはまったのか、どんどん笑いだす。
「ちょっ、お前っ…広印、ぐふふ。山田のこと、全否定じゃねぇか!」
「あっ…」
広印は自分の過ちに気付いて、顔が赤くなる。
「私…その…そんなつもりじゃなくて…山田くん……ごめん…」
「えっ!いや、ごめん、俺も…なんかごめん…勝手に揉め事に入って…俺も、最初はそんな感じだったから…」
田山は広印に話す。
「広印、見ろよ。グループから外れるか外れないか、悩んで悩み尽くして何も行動できなかった男の成れの果てがこの山田だ。」
田山は山田の頭をぽんぽん、と叩く。山田は余計なお世話だ、と田山を睨む。
「だがな、広印。山田は心が強いんだ。いや、弱くて壊れっぱなしだから、これだけいじめられても生きてこれたのかもしれない。山田は壊れてるんだよ。広印も見てるだろ?山田のいじめ。あんないじめられてるのに、毎日ちゃんと学校来れるか?こいつ、おどおどしてるけど、実はすげぇ人間なんだよな。
だが、広印。お前はそこまで強くなれるか?強くなって、人に助けも求められないくらい強くなりすぎて、勝手に死のうとしてた山田。広印、お前、こんな化け物になりたいか?」
山田は色々とバラされて恥ずかしかったが、なんだか少し、嬉しかった。
広印は、田山の言葉に何か、はっとさせられたが、すぐに元の自信のなさそうな態度に戻ってしまった。
「私だって逃げれるなら逃げたいよ。でも…山田くんみたいに本気でいじめられてるわけじゃないから、みんなを裏切りにくい気がして…みんなは楽しんでるだけかもしれないし…それに私…1人は…やっぱり怖い…」
「でも広印さんは、嫌なんでしょ…?」
山田は広印の顔を覗き込んだ。ぎゅっと口をつぐんでいる。
「なら別に、1人にならなくてもいいんじゃ…」
山田の言葉は矛盾している。が…
「ほら、その…グループって、実はそんなに固いものじゃ無いと思うんだ。俺、外れて分かったけど、空気を読みすぎる人間ほど、グループに囚われやすいんじゃないかなって…
だから、その境界線を、ちょっとずつ、崩していけばいいんじゃない…?」
広印の喉の辺りが熱くなる。小さな粒が1つ、右の目から溢れた。
境界線を、崩す。簡単なようで、広印は踏ん切りがつかなかったのだ。全てを捨てる勇気が出なかった。だけど山田は、別に全てを捨てなくてもいいと言っている。
全てを捨てるというのが、そもそもの間違いだったのだろうか。広印はそんなことを考えていた。
「よし。じゃあ広印。明後日までお前は、空気の読めない山田の真似をしろ。」
「え?」
「山田だってひとりぼっちなのに死ななかった。大丈夫だよ。一概に大丈夫とは言えないけど、とぼけたふりしとけばなんとかなるだろ。」
「ちょ、ちょっと待って。急に雑過ぎない?」
「ほらほら、山田。そんな態度でいいのか?小野分みたいに急に加害者モンスターと成り果てるかもしれないんだぞ?」
山田はまた田山にいじられる。
山田はやめてよ、と言いつつ、田山だけは、何故かそうはならない気がしていた。
そんな2人の様子を見て、広印はくすっと笑った。
「2人とも、仲良いんだね。分かった。やってみるよ。」
「よし。じゃあ明後日の放課後、図書室に集合だ。」
田山は広印に手を差し出す。広印は戸惑いつつもハイタッチし、握手した。
「ところでお前、部活中だろ?こんなとこでのんびり話してていいのか?」
広印の背筋が一瞬にして凍る。急いで乙骨のシューズ袋を手に取った広印に、田山が先ほどまで作っていた大量の折り鶴をさしだす。
田山はまた、にやっと笑った。
その後、乙骨の手に鶴の鋭利な尻尾が刺さる様を、山田と田山は望遠鏡でしっかりと確認した。




