問題しかない少年少女達
時計は午後五時を指し示している。既に帰りのホームルームを終えてここ、二年二組には数少ない生徒が残るのみだった。
その中で異様な雰囲気をあたりにまき散らしている集団が一つ。
「さて、それじゃあ始めるとしようか」
まず声を発したのはこの男。羽田 輝明。至って普通の人間だと彼自身は思っているが、クラス内では時折変なポーズや笑い声をあげる事から不気味がられてる多少痛々しい少年だ。
「あぅ、もうじゃんけんとかにしようよぉ」
次に声を上げたのは羽田と幼いころから付き合いのある女性。浅田 果歩。内気で知られる彼女はクラス内では密かに人気を得ている。告白された回数は二桁を超えるとか超えないとか。
「それじゃあ面白くねぇだろ? もっとこういうのはイベントみてぇにパァッとやろうやパァっとよぉ」
次に声を上げるのはイベント大好き人間の賀哲 狼貴。この少年は自分で自分が問題児であると自覚しているやんちゃボーイだ。つまらない物事でも率先して大きいイベントにしたがるのだ。
「ふふっ。あなたはいつでもそんな感じね狼貴? こんなつまらないイベントでも面白くしようとするなんて呆れると同時に感心するわ」
そう言って妖艶にほほ笑む魔女のような少女。彼女の名前は田中 彩。平凡な名前とは裏腹に今のような年頃の男子にとって爆弾となりそうなものを片っ端から放り込んでいく刺激的なビッチガールだ。今も熱いからという理由で胸のボタンを少し緩くしており、その豊満な乳がとてもとても窮屈そうにしている。
「ボ、ボクも狼貴の事すごいって思うよ!! いつもみんなが笑顔になれるようにあれこれ手を尽くしてくれるんだもん! すごいよ狼貴!」
最後に声を上げるのは小柄で可愛らしい女子――に見えるがれっきとした男性である安川 啓。何度も女性と間違われるがきちんと付くべきものは付いており、本人も別に周りを騙そうとしている訳ではない。しかし悲しいかな。その可愛らしい容姿ゆえに男女問わず告白は後を絶たないという噂があったりなかったり。彼をめぐって血で血を洗う争いがそこかしこで行われているという噂があったりなかったり。しまいには彼を神とあがめる宗教が流行の兆しを見せているという噂までもあったりするのだ。
そんな特徴の濃いメンバーが何人か集まっているこのグループ。彼らが今直面している問題。それはっ!
「また話が脱線している!! 早く行かないと間に合わないぞ……スーパーのタイムセールに!!!」
そう、誰が買い物に行くか。その相談である。
補足すると彼らは住む場所を同じくしている仲間だ。草薙寮という学校から少し離れた寮に彼らは住んでいる。話し合われているのは今夜の買い出しに誰が、どこへ行くのかというものだ。なんとこの日は肉とケーキとお米とタイムセールのトリプルパンチだ。しかも全て異なる店、同じような時間からの開始であるため、全て回ろうと思うのならば全員で仲良く行くという訳にはいかない。
よって、今は誰が誰と何のタイムセールへと突貫するか。その相談をしている最中なのだ。
それでは――――――相談開始ぃぃぃ!!
羽田輝明は考える。
(よし、今回もなんとか話の主導権は握った。しかしどうする? 現在は午後五時。タイムセールは夕方の六時でここからは各スーパーまで大体三十分はかかる。つまりこの話し合いを三十分で終えなければならない。く……時間がない! 果歩と二人っきりで話せる時間が創れる絶好の機会! 逃すわけにはいかない!! どうやって自然に果歩と一緒に買い物に行ける? ここは伝家の宝刀。『幼馴染なんだし果歩、俺たちで行ってくるとしよう』とでも言うか? …………駄目だ! この手は前に田中彩によって『幼馴染だけでなんて……寂しい事を言うのね? それってつまり私たちは蚊帳の外だって言ってる訳でしょう? そうやって閉鎖的なのは良くないと思うわよ』と論破されている! クソォ、別にいいだろうが! お前らと同じ寮に入ってから全然二人きりになれてないんだよ! なったとしてもなぜか狙ったかのように邪魔が入るんだよ!!)
と、このように羽田輝明は定番中の定番。幼馴染に恋しているのだ。そう、この買い物に行くメンバー決めは彼にとってはただ買い物に行くことだけが目的ではない。誰と行くか。これも激しく重要となっているのだ!!
しかし、それは彼だけではない!
浅田果歩は考える。
(賀哲狼貴ぃぃぃぃぃぃぃ!! また私の邪魔をしてぇぇぇぇぇ!! じゃんけんでいいじゃないの! じゃんけんなら私は輝君の出す手を全て読み取って一緒に買い物できるっていうのにぃぃぃぃぃぃぃ!! ダメ。抑えるんだよ果歩! いつもみたいに頭がこんにゃくで出来てるんじゃないかっていうほんわか系女子を目指すの! 弱気で内気で守ってあげたい女の子! そのポジションから離れるわけにはいかないんだよ! でもどうしよう。この賀哲狼貴を満足させるような方向で且つ、私が輝君と確実にペアとなれるようにしないといけない。ってそんなの簡単に思いつくはずないでしょぉぉぉぉ!? もう! もう! もう! 輝君とはもう一年以上も二人きりになれてないよぉ。甘えたい触れたい良い雰囲気になりたい。もう高校二年生にもなるからそろそろフィニッシュ決めたいっていうのにもぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!)
と、このように羽田輝明と浅田果歩は両想いだった。しかし、お互いはその事を知らない! 二人の思いは高校に入ってから空回ってばかりなのである。なので二人が両思いであることは本人たちを含め誰も知らない。
そう――この魔女を除いては!
(くふふ。今回も良い感じでひっかきまわしてくれたわね狼貴。それでこそ狼貴よ。羽田と果歩が両思いなのはわたくしの目から見て確実。あの二人を少しでも二人っきりにしてごらんなさい。確実にあの二人はくっついてしまうわ。それだけは阻止しないといけないわ。それにしても果歩ちゃん……はうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ! かぁわいぃぃぃぃぃぃ! ばれてないと思ってるんでしょうけどその微妙に膨れたほっぺとかもうペロペロ舐めちゃいたいくらいチャーーーーーミンンングーーーーーーーー! もう人目とか無かったら確実に襲っちゃってるわよ? ……っとと。落ち着いて。落ち着くのよ彩。まだわたくしの本性を明かすわけにはいかないわ。わたくしは自身がすこーーーーーーーーしだけ恋愛観がおかしいっていう事には気が付いているんだから。もう過去のような失敗はしないわ。好きだった女の子にディープキスをしたらそれからあの子は私と距離をおくようになった……。そう、まずは女の子同士のすばらしさを果歩ちゃんに知ってもらうべきなの! 幸い草薙寮に住む女子はわたくしと果歩ちゃんだけ。果歩ちゃんに貸している漫画も徐々に百合展開が多めな物にしていっているから多少は理解も深まっているでしょうけどまだまだよ。わたくしが果歩ちゃんに触れて彼女が私を少しでも性的に意識した時! その時が勝負よ! それまではこの想いは封印! そして果歩ちゃんの恋も前には進ませない! その前に百合のすばらしさを知ってもらってわたくしと果歩ちゃんで幸せな家庭を作るのよ!!)
田中彩は男を惑わす言動、仕草を頻繁にするビッチガールだと周囲からは認知されている。だがしかぁしっ! このように彼女の本性は男を食らうビッチなどではなく、女を食らいたいと願うレズビアンだったのだ! これを知る者は先ほど彼女が思考の中で漏らした彼女がディープキスをした相手のみだ。
余談だが、その相手は誰にもその秘密を打ち明けることなく、ただ田中彩から距離を置くのみだった。ゆえに田中彩の本性は分厚いベールで隠されたままなのだ!!
そんな彼女の思惑通りに動いている賀哲狼貴は
(さぁて。今日はどんな面白い事をしようかねぇ)
と、このようにこの中で唯一裏表のない男であった。
彼が求めるのはただ一つ。『面白い事』。その為ならば多少の苦労程度ならば厭わない。PTA? 教師? そんな物に縛られるなんて男などではない! もっとも、彼のそんな気性はすでに学校中に知れ渡っており、PTA等からは要注意人物としてマークされているのだが。
そして、そんな狼貴を見つめる熱い視線がひとつ。
それは、恋する男と書いておとめ! 安川啓のものだ。安川は頬を紅潮させ、心臓をバクバクと高鳴らせ狼貴の横顔を見つめている。
(はぁ。狼貴はいっつも格好いいなぁ。僕も狼貴みたいに格好良かったら皆に男として見てもらえるのかな? はぁ、狼貴……凛々しいなぁ。恰好いいなぁ。あぁ、あのキリっとしたまつ毛に触れたら怒られちゃうかな? それとも笑って許してくれるのかな? あぁ、なんなんだろうこの気持ち? これが親友っていうものなのかな? なんだか狼貴を見ていると落ち着かないよ。なんかドキドキするっていうか……もっと狼貴の事を知りたいっていうか……あぁ、狼貴ぃ。親友なら普通だよね? 触れ合いたいって思うのは普通だよね?)
そうして行動を開始する安川啓。そう、彼はこの通り(がてつ)狼貴に恋をしているのだ。しかし、まともな恋愛経験がゼロな彼には自身のその想いが恋心だとは理解できない。熱いその想いを友情だと勘違いしているのだ!
今も周りの事など完全に忘れて狼貴へと迫る。いや、周りを忘れていなくても啓は行動を起こしていただろう。何故ならば今から行う事は親友同士なら当たり前の事。別に誰かから隠れてしなければならない事でも、恥ずかしい事でも無いのだ。
そう――狼貴の顔にその手で触れるだけのこと。撫でるように――いつくしむように――それだけなのだから親友としては当然!! そう啓は確信しているのだ!!
「ん? どうしたんだ啓? またなんか俺の顔になんか付いてたか?」
「あ、ごめんね狼貴。思わず手が伸びちゃった。なんだか狼貴に触れたくなっちゃって」
更に頬を紅潮させる啓。もう学園指定の男子服を着ていなければ誰がどう見ても女子にしか見えないだろう。いや、現時点でも男装した女子にしか見えない!
「なら俺も触らせてもらうぜ? ……うっは。相変わらずお前の頬っぺたやわらけぇなぁおい! ほれほれ。ぐいーーーーーん」
そんな啓の気持ちにまっっっっっっっっっっっっっっっっっったく気づかずに逆に啓の女子顔負けの頬をまるでおもちゃを弄りますかのようにしてぐにぐにこねくり回す狼貴。啓はたまらず狼貴の顔から手を離し、されるがままだ。
「はぁ……はぁ……狼貴ぃ。もっと……もっと触って。もっと……もっとぉ……」
「お? なんだ気持ちいいのか? ほらここか? ここがいいのか?」
「「「ストーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーップ!!!」」」
そんな圧倒的桃色空間を破壊したのは羽田、浅田、田中の三人だった。
「はっは。なぁにそんなに必死になってんだよ。そんなに力も入れてねぇし啓もこんなんでどうにかなるわけないだろ? なぁ?」
三人のストップの声に従い狼貴は啓からパッと手を離す。その離れていく手を物足りなそうな目で見つめる啓。
『今危なかったのは狼貴だよ!?』という三人の想いは一つとなっている。さすがにあれほど露骨な熱視線を安川啓は常日頃、狼貴へと注いでいるのだ。それを見て啓が狼貴に恋していると察せない程三人は鈍くない。
まぁ、というよりもそんな熱視線を常日頃浴びていて啓の気持ちに全く気づかない狼貴が異常なだけなのだが……。
「と、とにかくだ!! 早く決めてしまおう! そんなことをやっている内にほうら! 時間がもう残り少ないぞぉ! スーパーまでの道のりも考えると残り十五分ほどしかない。もう適当でいいだろ? 果歩。行こう」
わざとらしい口調でそう言って羽田 輝明は近くに居た浅田果歩の手を取る。
「うん!」
そうしれっと目的に手をかけた羽田 輝明の心境はこうだ。
(いよっし! これで果歩と二人っきりだ! これが俺の作戦! 『どさくさに紛れてさっさと行こう』だ。さぁ、誰にも邪魔されないうちに行くのが吉だ! どこに向かうかは後でみんなにメールか何かで伝えればいいだろう)
そうして目的を手にした羽田。しかし、もちろんそう簡単にはいかない。
「待ちなさい羽田。そんなに適当にしていいわけないでしょう? そもそも配分とかちゃんと考えているのかしら? お米なんかのタイムセールには男子二人とかで行くべきでしょう? まさか私たちみたいなか弱い女子におもーいお米を持たせるだなんて言わないわよね? それに啓君だってそんなに力が強い方じゃない……そうなればもう答えは決まっているでしょう? あなたと狼貴がお米。私と果歩がケーキ。啓君がお肉のタイムセールに行くのが一番いいと思うのだけどどうかしら? 女の子の方がどのケーキが美味しいのか詳しいし啓君は確かお肉に少し詳しいでしょう? 適材適所だと思うのだけど?」
「ぐぬぅ」
ぐぬぅの音しか出ない羽田だった。
(クソォ! また田中さんか! 毎度毎度いつも邪魔するのはこの人の気がする。もしかして……僕の事が嫌いなのか? いや、待て。それならこんな風に仲間ですら居られないはず。つまり……考えろ。こうまで田中さんが僕と果歩の邪魔をする理由を! そこに答えがあるはずなんだ! いい加減付き合いも長いんだ! 彼女の心を読み取るんだ!)
思考に思考を重ねる羽田。今までの田中の言動、行動を全て思い出していく。そして彼女がどんな行動理念のもとに動いているのかを導き出す!!
(はっ……そうか)
一つの答えへとたどり着いた羽田。その視線の先には羽田を見つめる田中の姿。その姿を見て羽田は確信する。
(田中さんは……全ての男子を下僕のように扱いたいからカップルが出来るのを阻止している……そうに違いない! なんて恐ろしい女なんだ!?)
出した答え。それは羽田が普段、田中をどのように見ているのかがよくわかる答えであった。
(くっ……おかしいと思ったんだ! スカートはほかの女子と比べて短い気がするし今だってそんな胸を見せつけるみたいにボタンをはずして……女王様気どりってやつか! そんなエロに全ての男子が跪くだなんて思ったら大間違いだぞぉ! まずは草薙寮を手中に収めるつもりだろうけどそうはいかない! 僕が見ているのは果歩なんだ! 羽田さんの思い通りにはならない! ……にしてもホントにでかいよなぁ)
しみじみと田中と胸を見て思う羽田。男子たるもの、仕方ないだろう。
そんな羽田をまっすぐ見つめる当の田中は、
(さ・せ・な・い・わよぉぉぉぉ!! どうせ二人っきりになったらあっま~~~~~い空気に突入して私の果歩ちゃんを寝取る気でしょう!? 羽田ぁ、あなたなんかそこの狼貴と啓と一緒にニャンニャンしていればいいのよ! その間に私は果歩と誰よりも幸せな家庭を築くんだから! あなたたち男は生産性もない愛を適当にそのへんでおっぴろげていなさいよ! 私たち女はたくさんの子供に囲まれて未来永劫幸せに過ごすんだから!)
彼女の頭の中は浅田果歩と紡ぐピンク色の未来でいっぱいだった。男子? そんなものは彼女の描く未来予想図には存在しないのだ。彼女の思考を読めるものが居ればこう言った事だろう。『女同士でも子供はうまれねぇよ!?』と。そんな事すらも分からない程、田中は果歩に、そして同姓である女性へと恋しているのだ。
そんな時、パンパンッとその膠着した状態を打ち壊すべく一人の男が手を叩きながら立ち上がる。
「効率とかつまらない事言ってんじゃねぇよ田中。それと羽田よぉ。こんなのは楽しんだもん勝ちだぜ? そんな面白くもない適当に連れ出すなんてしらけるだろうがよぉ。……という訳で! 今回のイベントはこれだぁ!!」
そうしていつの間に用意していたのか。教室の黒板にでかでかとこう書かれていた。
『チキチキ! みんなで引こうぜ!? あっみっだくじ~~~』
それと黒板には七つの線が引かれている。あみだくじと言うのならばそのどれかを自分が選び、下に結びついてあるものが自分の担当という事になるのだが……なぜ線が七本も用意されているのだろう? ここには五人しか居ないというのに。狼貴以外の全員がそんなことを考えた。そしてその疑問に答えるかのように狼貴の説明が入る。
「まぁ時間がないときの定番だな。だけどそのまま担当の場所を書くんじゃ面白くねぇから二つだけ追加させてもらったぜ? なんとぉ! 一つは全員に一回だけ命令を聞かせることが出来る権利っていう当たりだぁ! まぁ王様ゲームの王様亜種みてぇなもんだな。そしてもう一つは今日の買い物代を全部負担するっていう外れだぁ!!」
「タイムセールの意味なくね!?」
羽田がたまらず突っ込む。それはそうだろう。安く日々の食材をそろえようとするこのタイミング。それなのになぜか一人だけ膨大な出費を強いられるのだ。いかにタイムセールの商品ばかりとは言え数が重なれば値段は高くなる。買いだめしようとするならば猶更だ。
(ぐぬぅぅぅぅぅ! 来週に予約しているゲームの代金を崩さないとそんな大金払えないぞ!? なんて恐ろしい提案をするんだこの鬼! 悪魔ぁ!!
……とは言ったもののこれはチャンスかもしれない。全額負担になる確率は七分の一だ。それなら逆に出費を抑えられて僕のお財布が多少潤うかもしれない)
自分が当たったら……という懸念は次第に羽田の思考の中から消えていった。むしろメリットの方にばかり目がいくのだから現金この上ない。
「はぁ。また狼貴君はこんな事で楽しんじゃって……仕方ないなぁ」
浅田果歩は薄く微笑みながら――頭では一つの事しか考えていなかった。
(輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように輝明君と一緒になれますように)
見る人が見ればほんわか系女子で通っている彼女の目が血走っているのが分かったかもしれない。もちろん、その視線の先に居るのは当の輝明君――羽田輝明だ。
「面白そうじゃない。それじゃあ私はここにするわね?」
そう言って田中彩は我先にとあみだくじの一つへと自分の名前を記入する。
(果歩ちゃんと一緒になれなかったらなれなかったらで屁理屈でもなんでもいいからご破算にしてやればいいわ。別に全員分の代金を払う事に抵抗は無いけれど果歩ちゃんと一緒になれないっていうのだけは我慢ならない。それに羽田と果歩ちゃんがくっつきそうな展開になるならわたくしは自らの持てるすべての力を動員してでも引き裂いてやるんだから)
と、もはやゲームなんて関係ねぇ! の精神であった。大人げない事このうえない。まさに執念の化け物と言うべきかもしれない。
そうして一人一人あみだくじの先に自分の名前を書いていく四人。最後の一人、狼貴の分だけを残して書き込んでいく。
「俺の分はそうだなぁ……まぁサイコロとかで決めればいいか」
そう言って狼貴は懐からサイコロを取り出す。しかし、
「ストォォォォォォップ」
それを止めるのは羽田 輝明だった。狼貴の右腕をガッシリと掴み、サイコロを振らせようとしない。
「おぉう!? ビックリしたぁ!! ど、どうしたんだよ羽田?」
「ほ、ほら、こういうのはただサイコロで決めるのは面白くないでしょ? ないだろう? だから……狼貴の分は僕が責任をもって選ぶとしよう」
「……正直俺としてはサイコロに身をゆだねる感が面白いと思えるんだが……まぁそこまでは別にこだわってねぇしいいか。それじゃあ羽田、適当に選んどいてくれよ」
「りょーかい」
そう言って羽田は空いている三つの枠の一つに狼貴の名前を書いていく。
(ふー。危ない危ない。狼貴はなぜか運が絡めば絡むほど良い方向に行くような性質を持ってるからなぁ。じゃんけんなんかでも負けてる姿をあまり見かけたことは無いし、知り合って間もない頃に何度も賭けをしたけど僕の方が圧倒的に負けが込んでるからなぁ)
そう、賀哲狼貴は運が絡めば絡むほど彼にとって良いことが起きやすくなるといういわゆるラッキーボーイであった。別に運が絡めば絶対にという訳では無い。実際、彼は賭けで痛い目を見た事はあるし、じゃんけんだって何度も負けている。
しかし、数値として見た時、明らかに賀哲狼貴の運が絡んだ勝負での勝率は高かった。勝率約70%。しかも、敗北した勝負で彼に大きなダメージを与えたのはその中でたった10%程度。ゼロではないだけマシかもしれないが、これだって異常な数値である!
もっとも、仮に狼貴が敗北した事のないただのラッキーボーイであれば彼はここまでイベント事やギャンブルに傾倒しなかったであろう。痛い目を見るからこその悪だくみ・ギャンブル。それこそが賀哲狼貴の生きざまなのだ!!
「よーし、全員書いたなー。それじゃあオープ……」
「待ちなさい狼貴。空いた二つはどうするの? 結局誰がどこに買い物に行くか決まりませんでしたじゃ時間の無駄でしょう」
浅田の疑問。当然である。仮に誰か二人が全額負担と命令権を下せる物を引いた場合、結局どこに行くか決まっていない枠が二つできることになるのだ。これでは意味がない。
「そんなもん結果見て空いたとこに王様かドベが入ればいいだろ? 王様とドベが同時に引かれてたら王様が優先的に空いてるとこに収まりゃあほい、解決だよ」
「それを最初から明らかにしておかないと後で揉めるでしょう? まったく……主導権を振り回すのならもっと周りの事も考えておかないとダメでしょう? 大体あなたは……」
「あーあー、うっせうっせ。そういう細かいのはほかの奴に任せる! それじゃあオープン!」
バァン! っと勢いをつけて狼貴は紙切れを教卓の上に叩きつける。どうやらあみだくじの先の答えのようだが汚くて読みづらい。急いで準備したものだから仕方ないのかもしれないが、とにかく黒板の物と合わせると結果はこうなった。
羽田輝明→米
田中彩→ケーキ
賀哲狼貴→王様
浅田果歩→残念賞
安川啓→肉
「よっしゃぁ!! さっすが俺ぇ! 王様ゲーーーーット!!」
はしゃぎまわる狼貴。しかし、それを見て悔しそうにする者は居ない……何故なら!!
((((ああ、やっぱり))))
狼貴以外の四人の心はひとつとなっていた。どうせ高確率でこうなると思っていたのだ。このような場面で狼貴が王様を引かない確率はそれこそ10%程度。つまり、十回やって九回は王様になるくらいには彼の運は良いのだ。そしてそれをここに居るメンバーは理解していた。
「お米かぁ。重いし嫌だなぁ」
と、羽田は呟くが、内心はお祭り状態だった。
(イイイイイィィィィィィィ良かったァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!
残念賞じゃなくて良かった……本当に良かった……。これで少しお金が浮くから買いたかったあのゲームにも手が届くかも……いや、それよりも秘密の絵本を新しく買うのもいいかもしれない。寮の皆から隠さなきゃいけないけどそろそろ新しいのが欲しいんだよなぁ。ふ、ふふふふふ)
と、にやついた顔で残念がっている。ハッキリ言おう。気持ち悪いと。
「良かったぁ。ケーキ選びなら任せてよぉ」
安堵の吐息を漏らすのは田中彩。しかし、
「クソァァァァァァァ!! きぃぃぃぃぃぃぃ! ケーキなんてどうでもいいのにぃぃぃぃぃぃぃぃ!? GJUBUAREAAAAAAAAAAAAAAAAAA!! 輝君とのせっかくのデートが……ディー・エー・ティー・イーと書いてDATEがぁぁぁぁぁぁぁ!! むきいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
彼女の心は荒れ狂っていた。せっかく訪れた二人きりになれるかもしれないというビッグチャンス。それをつかみ取れず失したことに心の奥底から苛立っていた。その事はヒクヒクと動くこめかみやさりげなく、しかし力強く握る絞められた右拳という形で表れていた。もちろん、その場で暴れだしたい田中彩であったが、ほんわか系女子であろうとする彼女はそれを必死に我慢する。隠しきれなかった分がこめかみと拳という形で表れているだけなのだ。もし仮に彼女が我慢をしていなければ酷いことになっていたかもしれない。主に彼女の邪魔をした狼貴が。
「私が全額負担ね。分かったけれど……ねぇ狼貴。残念賞を引いている私が選ぶ権利は無いのは重々承知しているのだけれど私をケーキの方に回してくれないかしら? 重いお米なんてとても持てそうにないわ。なんだったら追加料金でも払うからお願いできないかしら? いえ、もういっその事私の口座ごと……」
「いやいやいやいやいや。そこまでしなくてもいいっつーの。ってかお前の口座ごとってそんなもん渡したら大変だろーが。明日からどうやって生きていく気だよ」
軽く血走った目で狼貴に詰め寄る浅田果歩。さすがの狼貴も驚きを隠せない。そもそも彼には何が彼女をそこまで動かしているのか理解できていない。いや、そもそもこの場で彼女がここまで必死になっている理由を知る者など居ないのだが。
「大丈夫よ。何個か口座は分けているから。その内の一つをあげるだけよ。各口座に大体一千万はあるから困ることはないと思うしね」
「い、一千万……」
ごくりと喉を鳴らす狼貴。今、彼はただのお遊びのつもりだったギャンブルの中で一千万という大金を掴める立ち位置に立っているのだ!
「うーん、足りないかしら? 一応少ないかもしれないけれど毎月お小遣いで十万円ほど振り込まれてくるのだけど……」
「毎月……十……万……」
虚ろな目をする狼貴。余りの金額に目を回している。しかも、それが自分の物になるかもしれないという状況が彼の正常な判断力を奪っている。
「狼貴ぃ! しっかりしろぉ! 気持ちは痛いほど分かるけれど自分を強く持てぇぇ!!」
「そうだよ狼貴! 俗物に落ちる狼貴なんて僕は見たくないよ!!」
がくがくと狼貴の体を揺するのは羽田と安川啓。
「はっ!!」
そうして正気に戻る賀哲狼貴。
「そ、そうだな。お前らの言うとおりだ。浅田、そんな大金をダチに渡すのは駄目だ。それくらいは常識で分かるだろ?」
危ないところだったが、狼貴は踏みとどまった。そう、彼はイベントや問題ごとが大好きな人間だが、友達の金を奪ってヒャッホウするようなクズでは断じてないのだ!
そしてそれは浅田果歩も同じだ。別に彼女にだってある程度の常識はある。友達に大金を渡すのは良くない事だと彼女だって理解している。では、なぜ彼女はそんな事をしようとしたのか? 目的のためになりふり構わず行ったわけでもないのだ。ただ、
「え? もちろん分かっているけれど……一千万円って大金でもなんでもないでしょう? 良くドラマとかでお友達に奢る……だったかしら? そんな場面があるじゃない? ちょっとしたお金のやり取りなら問題ないと思うのだけど……」
そう、彼女の欠けている常識……それは圧倒的な金銭感覚のズレである! 浅田果歩の実家は名の知れた芸術一家で、彼女自身も優れた絵描きだ。その性癖の特殊さが露見しないように名前も公表していないし周囲にも秘密にしているが、それが逆に『謎の天才画家』と一部のマニアの間では彼女の絵は億単位の値段で取引されているのだ。
なので、彼女にとって高いと感じられる値段は百億を超えたあたりである。一千万? 彼女にとってはそんなもの小銭に等しいのだ。
「……お前……本当に何者だよ……。いや、これに関しては聞かないようにしてたんだった。わりぃ、言わなくていい」
浅田果歩の金銭感覚はおかしい。少なくともそれは寮内では周知の事実である。過去、彼女を除いたメンバーたちで行われた会議で彼女が何者なのか? という疑問については『聞かないでおこう』という決が出た。それで関係性が壊れるのは怖いし、何より当の浅田果歩があまり自身の事に触れて欲しくなさそうだったからだ。それを押してまで聞き出そうとする無粋な輩は彼らの中には居なかった。
とは言っても、彼女の金銭感覚のズレっぷりが明らかになるたびに思ってしまうのだ。『浅田さんって何者?』と。
「むぅ。難しいわねぇ。それじゃあか弱い私に米を持たせるつもりなの?」
「いや、そう言ってる訳じゃねぇよ……。俺が米持つよ。持たせていただくよ。行こうぜ羽田」
「あ、あぁ」
疲れた様子で教室から出ていく狼貴。彼と共に米を持つことになった羽田は狼貴に付いて行く。この後、浅田の金銭感覚の無さに『あいつ何者』という話題で二人で盛り上がったのは別のお話。
「あぁ、狼貴待ってよぉ! せめて校門までは一緒に行こうよぉ!!」
たった一人で肉を持つことになった安川啓はせめて校門まではと狼貴を追いかける。
そうして教室に残ったのは田中彩と浅田果歩の二人だった。
「はぁ。それじゃあ行こっか。果歩ちゃん」
「ええ、ゆーーーーーーーーーーーっくり、じーーーーーーーーーーーっとり、ねーーーーーーーーーっとり……美味しいケーキを選びましょう?」
「え、えと……そこまでしなくてもいいんじゃないかな?」
目的を遂げたのは浅田果歩! しかし、彼女の歩む道は障害だらけだ。彼女の想いは田中彩に届くのか? そもそも届いていいのか!?
馬鹿たちはこれからも、馬鹿をやらかす。
--終わり--