暗夜の礫Ⅶ
『こちら機関哨戒班。任務完了。これより階差機関へ帰投する』
回線を切り力を抜いてシートに体を預けた。
すると突然、観客の大喝采が頭に響き渡り目の前にスポーツの中継が流れ出した。
「お、まだ試合やってるのか。3―5で勝ってる」
ジャックが感覚共有をオンにしたのだろう。
「せめて一声かけてくれよ。心臓が止まるかと思った」
「ああ、悪いな」
まったく悪びれる様子もなく謝辞を並べる彼に怒るのもばかばかしくなる。ぼくは拡張視を外し、回線をオフにして体をほぐした。すると今度は車内にロックが流れ始める。
「自分の回線で聞いてくれないか」
ぼくの頼みは音楽にかき消され、歌詞を口づさ見ながら頭を前後に振るチャーリーには、まったく届いていないようだ。
うっとおしく思いつつもハンスを見やると、彼は車に積んであったウィスキーのボトルに手を伸ばしているところだった。ぼくに気がつき、ボトルをもう一本取り出して差し出す。
「おまえさんも飲むか」
ぼくは「いらない」と言いかけたが思いとどまって、結局受け取ることにした。
すっかり仕事を終えた気分になっている仲間はおのおの好き勝手に行動し始める。こうなるとどうしようもない。スポーツ中継を流していた方がまだましに思えた。
あの洋館ほどではないにしろ、混沌とした車内の中でぼくは耳栓代わりに再度回線をオンにする。
〈ここで……決まりました。点差は3―6、ペースを完全につかんでいますね〉
〈そうですね。残り時間はあとわずか。これは相手チームも厳しい状況に立たされました〉
ぼくは腕を組み、眠りにつこうとしたところで、何気なく視線がバックミラーに行く。ミラー越しに見えた美しかったはずの建物は、巨大な炎の渦に飲み込まれ、その輪郭すら分からなかった。会場にいた紳士淑女たちは恐怖で震え上がっているかもしれない。
あるいは状況を把握できずにただ呆然と炎上する館を見ているだけか。
まるであのときと同じだ。
ぼくのしていることが、あいつらがやったことと同じように思えて、自己嫌悪にも似たあるはずのない感情が湧き上がる。
ぼくは逃げるようにバックミラーから目をそらして酒を煽った。
車の屋根を叩く雨は少し弱まっていた。ウィンドウを伝って落ちていく雨粒に手を伸ばすが、窓で遮られた向こう側には届かなかい。外の濃い闇にぼんやりと映り込む自分は、幼い頃と何一つ変わっていないように思えた。
〈ここで試合終了。3―6で決着がつきました〉
窓の外を眺めていると車両が街灯に照らされ映し出されていたぼくが闇と共に消える。
それは、ぼくの存在が消えてなくなったかのように思えて、少しだけ気が楽になった。