暗夜の礫Ⅵ
拳銃、ライフル、ロケットランチャーといった武器はかなりの重量があり、持ち運びには苦労する。行軍となると水や食料などの必需品も当然持って行かなくてはならない。
これらの問題点を解決するために考案されたのが形状記憶媒体、メモリーだ。わずか10gほどで持ち運びには最適、一度データを記憶させてしまいさえすればいついかなる場所でも出力でき、入力すれば元のメモリーの形状に戻せる、とても便利な代物だ。
あとはどのタイミングで破壊するか、だ。
階下の機兵に気づかれることはまずないだろうが、さすがに奥側のもう一体には気づかれるだろう。とはいえあそこに太い支柱があるのは好都合だ。
機兵が通り過ぎたのを確認し、バルコニーから通路へと忍び込む。
柱で隠れている向こう側の状況を蜘蛛の映像で補完する。しばらくして奥の機兵が支柱の影で見えなくなった。
このタイミングだ。
ぼくは目の前をゆっくりと歩く機兵にすかさず背後から迫り照準を合わせて引き金を引いた。
青色の淡い光の線が機兵の頭部を貫き、頭部の伝達系が破裂する。
鉛の弾丸の代わりに指向性エネルギーを用いるこの兵器は弾切れやジャムを起こさない。正確に言えば、チャージが完了するのを待てばいくらでも撃つことができ、威力の調整も容易だ。
機兵はあわてて振り返ろうとするがぼくは間髪入れずに胸部へと弾薬をたたき込む。人間の外見をしたそれは、血液の代わりに火花を散らし、崩れ落ちた。
まずは1体。
まだ油断はできない。奥の機兵がこちらの様子に気づいたのか、右側から向かってくる振動を拡張視が捉える。
ぼくは左手で銃身を抱え、手すりを越えて中央の支柱に跳びつくと同時に機動服の〝張力〟を起動し、両足で柱と垂直に立つ。そのまま滑るように左回りで柱を螺旋状に駆け上がり機兵の背後をとった。
腰をかがめて勢いをつけ、張力を解除し柱を蹴る。
廊下に跳び移りながら、自動小銃を機兵に向けた。
相手は気づいて振り向くが、もう遅い。
空中で体を丸め膝で銃を固定し、反動に備え発砲する。空気の抜けたような乾いた音と共に弾丸が発射され、頭、胸と順に打ち抜いた。
廊下に転がりこみ機兵に銃口を向ける。完全に停止したみたいだ。
これで邪魔はいなくなった。
ぼくは「爆薬」メモリーをいくつか取り出し、出力して3階の四隅の壁にそれぞれ取り付ける。
『中央の支柱はどうする』
ジャックが回線で問いかける。
『ぼくらじゃ設置しづらいからそこはハンスとチャーリーに頼む』
『りょーかい』
気の抜けた返事をして回線が切られた。
ぼくも1階へ降りようと手すりに手をかけ下を見ると、すでにハンスが中央の柱に爆薬を仕掛けているところだった。手すりを乗り越え飛び降りると、ちょうどジャックも2階から降りてくる。
『6分ジャスト。思ったより早上がりだな。用も済んだことだ、さっさとずらかるか』
ハンスが抱えていた銃を入力し、メモリーの形状に戻しながら言った。
『チャーリーは』
『ガレージで車のデコレーション』
ジャックが方向を指で示す。
『じゃあ、すぐに出よう。ウィリアム、輸送機の方も準備をしてくれ』
エントランスを出て洋館のすぐわきにあるガレージへと向かいながら、上空で待機している彼に指示を出す。ちょうどチャーリーが逃走車両を外に出しているところだった。
車に乗り込みむと扉が閉められ、車両はひとりでに動き出した。
発車してから門に機兵がいたことを思い出し車を止めるよう訴えかけたが、もう既にガラクタになりはて、転がっていた。
『サーバー切断』
チャーリーが左腕についているウェアラブル端末を操作しながら言った。
同時にぼくらは亡霊から人へと戻る。門に設置されている監視の目が復活しぼくらの車体ははっきりと映し出されたはずだ。
これで「目撃された」という事実ができあがった。
車両は門をくぐり林に囲まれ曲がりくねった道をスピードを出して下っていく。まだ別棟に潜伏している偵察機から回線を通して会場の様子が手に取るように分かる。
〈みなさま、お飲み物の準備はよろしいでしょうか。それでは乾杯〉
最後の仕上げだ。
『ウィリアム、頼む』
ほどなくして背後で怪物のうなり声のような爆発音が、静かな街にこだまする。
一瞬静まりかえり、やがて恐怖が会場を支配し始めたところでぼくは偵察機とのリンクを解除した。
これでぼくらの任務は終了、あとは帰るだけだ。ぼくらの機関へ。