暗夜の礫Ⅴ
視覚支援をオンにすると、仲間の輪郭線が描き出され、拡張視がそれを捉えた。
ぼくも彼らに続き、迷彩を起動して動きだした。
機兵に感づかれないよう腰をかがめたまま茂みをかき分けていく。
広々とした裏庭は細部にまで気の通った手入れをされていて、長官夫人の人柄が透けて見えるようだった。
『持ち場に着いた。指示を待ってるぜ』
『こっちも準備完了』
ハンスとジャックから待機の連絡が入る。
どうやって3階に上がろうかと思案していると、庭の中央に設置されている大きな噴水に目がとまる。
地面から屋根までの高さ16・5m、噴水から洋館までが27・9m、噴水の高さ2m30。
拡張現実で測定された数値、雨による摩擦力の低下、機動服の身体能力補助、すべてを考慮しても十分に余裕はある。
端から様子をうかがい、機兵の視界から外れたのを確認してから走り出し、地面を蹴り噴水に飛び乗る。
勢いを殺さないように腰を沈め、立ち上がる反動で洋館めがけて高く跳び、3階のバルコニーの手すりを超えた。庭を見ると、機兵のセンサーにわずかに引っかかったのか、きょろきょろと背後を見回していた。どうやら気づかれずにすんだようだ。
『到着。チャーリー、どう』
『あと12秒』
了解、といってぼくはその場でしゃがみ、偵察機の映像を拡張視に映し出す。
蜘蛛の映像を通して見る本館は明るく、細工を凝らした照明が室内を彩っていた。建物は左右対称の造りで1階から天井まで吹き抜けになっていて中央に太い支柱が床から天井を貫くようにそびえ立っている。
正方形の窓枠のような外形の回廊が各階に巡らされていて、一辺に3部屋ずつ設けられていた。通路をぐるっと回る機兵が2体、寸分の狂いもなく一定の距離を保ったまま対照的に巡回していた。
できる限り早く事を済ませる必要がある。
そのためには邪魔な機兵を排除しなくてはならないが、彼らを片づけるには骨が折れる。
というのも、彼らは頭部に伝達系を保持しているのだが、頭を吹き飛ばしても胸部の予備バッテリーが作動し代理伝達系となり、動き続けるため、完全に停止させるには頭と同時に胸部のコアを破壊しなければならない。
それともう1つ。すべての機兵はぼくらと同じように感覚共有機能が設けられていて、視覚、聴覚、触覚などを共有することができる。処理に手間取れば他の場所から無数の機兵が異常を察知して押し寄せてくるということだ。
つまり機兵の感覚リンクを解除しない限り倒すことはおろか、攻撃することもままならない。それ以前に機兵の戦闘能力は機動服を纏ったぼくらほどではないにしろ、その道の専門家でさえ彼らとの戦闘は避けたがる。できることなら気づかれる前に処理したい。
『チャーリー、まだか』
ぼくが急かすと、
『もう目の前だよ。3、2、1、ほら着いた』
『まず機兵の感覚共有の遮断。それからシャッターと給仕機だ』
『コントロールにつないでっと、よし、オーケー』
『突入開始』
回線を切ってベルトに備え付けられた「アサルトライフル」と表記されたメモリーを外して出力させる。するとメモリーは一瞬で自動小銃に姿を変えた。