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あくまの踊り方  作者: HAL
30/33

[S]酔生の正義Ⅱ

「よおウィリアム。お手柄だったんだって。あいかわらずの快進撃だな」

「例の犯人を捕まえたんですってね。さすがです」


 捜査群のみならず、関係する他部署の先輩や同期、後輩とすれ違うたび、称賛の言葉を投げられ、内心オレは得意げになっていた。最初こそは厳しい現実に打ちひしがれそうになったものの、今となっては自分の決めた道を突き進んでいるような、地に足のつく感覚を得られている。


 事件報告とデータ処理をすませてから、犯罪捜査群のフロアに戻り、オレの所属する班のデスクへと足を運ぶ。そこにはいつもどおり、にぎやかに談笑しているカーソン警部とリコ先輩の姿があった。

 

「戻りました」


 声をかけると、2人は同時にオレの方を見て、

 

「おー、おつかれさん」

「お帰り。はやかったね」

「大方データがそろってましたので」


 広大なフロアは各課が密集しており、端から端まで、間にマイクロキッチンが2箇所、休憩室が3箇所ある。各課を仕切る背丈ほどの透明なアクリル板には捜査官への連絡事項が次々と表示され、ニュース速報のテロップが絶えず右から左へと流れ続ける。フロアの端では、捜査補助のアンドロイドが充電スタンドを兼ねた壁にずらりと整列し、その時を待っていた。


 それぞれの課は担当する案件がバラバラではあるが、この解放感のあるオフィスも相まって、捜査官同士の中は良好で、捜査に関する情報を提供しあうこともよくある。特に人望の厚い警部は勤務中、同僚や別の課の捜査官と会話しているか、背もたれに寄り掛かって顔の上に布のようなものを乗せて寝ているか、どちらかだった。

 

「気がつきゃ俺も40のおっさんだからなあ。そりゃ昔のようには行かねえわ」

「一課の鬼、引退の危機ですね」


 雑談に戻った2人に、いまいち話がつかめずにいたオレは口をはさむ。


「何の話ですか」


 と訊ねると、リコ先輩が苦笑を浮かべながら、


「例の1件で犯人を投げ飛ばしたときに、腰を痛めちゃったんだって」

「ああ、なるほど」

「なるほどってお前。もうちょっとこう……大丈夫ですかー、とか、お大事にーとかさあ」


 トントンと腰を叩いていた警部は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「ま、いつものことですからねー」

「まったく、心温かい部下が持てて俺あうれしいよ」


 イスの背もたれに寄り掛かってぶつくさと文句を言う警部に、笑いながらリコ先輩は立ち上がって、マイクロキッチンの方へと向かった。


 殺人や強盗などを担当する公安局捜査群捜査一課。オレが配属されたのはカーソン警部率いる第13班だった。


 我らが班のリーダであるリカルド・カーソンは、顎の周りの無精ひげに「セットが楽だから」という理由のオールバック、年季の入ったスーツに身を包んだ姿は昔ながらの刑事そのもの。「適当にやりゃあいいんだよ」が口癖でどこかいい加減な調子にもかかわらず、捜査一課の誰よりも実績を残しているために、彼は多くの同僚から信頼を置かれていた。


 そんな彼の右腕ともいえるのがリコ・スチュワート警部補で、茶髪をショートボブにそろえた、どこか幼い面影を残している彼女は、普段の朗らかな様子とは裏腹に26歳という若さで警部補に上り詰めた逸材だ。

 班、と言っても2人と自分を含めた全3名の小規模なものではあるが、その実力は折り紙付きだった。


「ところでウィルちゃんよ、ここに来てどんぐらいだ」


 データを提出し終えたとき、カーソン警部が出し抜けに質問してきた。


「ちょうど3年ですね」

「ええっ、もうそんなになるの」


 湯気の立ったマグをトレーに載せて戻ってきたリコ先輩が驚きながら自分と警部のデスクに置いてくれる。


「ありがとうございます」

「あんがと。気が利くなあ」

「もっと褒めてくれていいんですよ」


 と笑いながら、先輩はイスに座って天井を仰ぐ。


「でもそうかあ。てっきり1年も経ってないかと思ったよー。時がたつのは早いものですなー」

「年寄くさいですよ、先輩」


 オレは苦笑しつつ、仮想PCにサインアウトの指示を出す。


「3年ね……」


 PCが共用の画面に戻るのを確認してから、警部の方を向く。今にも後ろに倒れそうなほど、イスの背もたれに体を預けている彼はぼんやりと呟いた。


「してウィルちゃん。出世したいとか思わんかね」

「まあ、いずれはと思っていますが」

「おいおいおい。そんなんじゃあ、同期から置いてかれちまうぞ。いいのかあ」

「はあ」

「淡泊でやだねえ、最近の若いのときたら。俺がお前ぐらいの年のころは、だれが一番検挙できるか競い合ってたもんだ。とにかくのし上がってやろうと、都市にはびこる荒くれ者をこの腕一本で捕まえていったわけよ」

「よっ、天下のカーソン警部」

「さんきゅーリコちゃん。熱っ」


 マグを呷った警部は大げさに飛び跳ねる。

 出世に興味がない、といえば嘘になる。とはいえ、経験を得るためなら今のままでも十分なはずだ。というより、ここ以上の環境など、そうはないだろう。

 

「……ちなみに話はどちらから」


 オレはできるだけ億劫な感情を隠しながらたずねた。


「監査局だってさ」

「わあ、ウィルくん優秀だね」


 パッと顔を明るくさせてはしゃぐリコ先輩を前にして、オレはまるで実感がわかなかった。

 入局して3年足らずで監査局に異動など聞いたこともないし、客観的に見ても早すぎる。

 おそらく検挙率などの総合的なデータで選出されているのだろうが、それも2人の支えがあってのものだ。自分の実力だと胸を張っていばれるようなことではない。やはり時期尚早だと思った。

 多少なりとも自身の力で勝ち取った活路ならば、話は違ったのかもしれない。けれど、そうはならなかった。


「……自分にはまだ早いかと」


 しばしの沈黙を経て出した答えはそれだった。

 そんなオレを見ていた警部は困ったように頬を掻いてから、


「なあウィリアム、俺はな。お前はここにいるべきじゃねえと思ってる」


イスに座りなおした彼は真剣な表情で言った。


「いや、言い方が悪かったな。ここに居続けるのはどうかと思ってる。たしかにおまえさんは優秀だが、圧倒的に足りないもんがある。何か分かるか」


 オレは逡巡し、結局首を横に振る。


「経験だよ。どんだけ知識を身に着けて、どんだけ難しい試験をパスしようと、現場じゃ何の役にも立たねえ。これからどの道を行くかは好きにすりゃいい。けどな、可能性の幅を広げるためにも、カードは出来るだけ増やしとけ」

「カード、ですか」

「知識、人脈、経験。なんでもいいが、とにかく多いに越したことはない。そのためにも、若いうちにいろいろなとこで働いてみろ」

「はい」


力なく頷いたオレに、警部は気まずそうに後頭部をかいてから、


「ま、今すぐ決めろってんじゃない。自分なりに考えてみろ。俺はそろそろ踏み出してもいいころだと思うぜ。俺にしちゃあ割かしいいこと言ってっから、たまにはおっさんの戯言にも耳を傾けてみな。そんじゃあ定時だから帰るわ」

 

 警部はコートをつかんで立ち上がり、ニッと笑ってオレの肩をポンと叩いた。


「なんか警部、偉い人みたいですね」


 リコ先輩は微笑みながら言うと、


「ばかやろう、俺は偉いの」


 ひらひらと手を振って、部屋を去った。

 

「あれ、定時10分前じゃん」


 と笑い交じりに呟いたと思うと、リコ先輩はくるっと振り返った。


「ウィルくんやったね」


 引きつった笑みを浮かべて「ええ」と答える。

 ガッツポーズをして自分のことのように喜んでいる先輩と対象に、オレの中で暗澹とした感情が渦めいていた。


「送別会、どこにしようかな。あ、前に3人で行ったあそこもいいかもね」


 あれこれと楽しそうに話す彼女の言葉は、まるで頭に入ってこなかった。

 もうここにオレの居場所はない。そんな漠然とした不安のみが、胸中を蝕んでいた。


「私はすごくいい話だと思うけどな。監査局だし」


 そう短くない付き合いである彼女にとって、オレの心の内などお見通しだったのだろう。視線を上げた先で、物腰柔らかな彼女はこちらをうかがうように見ていた。


「それは、その……魅力的な話だとは思いますが、まだここで学びたいこともありますし。まだまだですよ、オレは。もっとお2人のもとで一緒に働きたいですし、それに」

「ねえ。このあとはお仕事ある」


 ふいに、カップを両手で包むようにしてこちらを見ていたリコ先輩は問いかけた。


「いえ、特には」

「じゃあ、ちょっと付き合ってよ」


 といってグラスを傾けるような仕草を見せる。


「ですが」

「いいからいいから」


 いつもの朗らかな調子で言ったリコ先輩に、どうにも断ることができず、オレはしぶしぶ立ち上がった。


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