背信者Ⅸ
それはあらゆる機械部品をむりやりくっつけたクモのような見た目で、機体のいたるところからコードやら照明やらが不格好に垂れ下がっていた。
頭部と思われる部分には、やさしくほほえむ女神の彫刻。それは上下さかさまで、えぐられた両目の一方は空洞、もう一方は橙色に発光していた。
「くそっ」
舞台で気を失っているニューストレムを、怪物が捕らえる。
救い出そうと立ち上がったぼくに、怪物の前足が振り下ろされた。ぼくはとっさに避けて、観客席へと転がり込んだ。
舞台を貫いた足の先端は、廃材を強引に圧縮した槍のような形状をしていた。その1本だけじゃない。剣、斧、銃と、本体から伸びる8本の脚すべてが武器になっていた。
拳銃の引き金を絞り、怪物を撃ち抜く。発射された閃光が胴体を貫いた。
たちまち体内から液体が漏れ出し、激しい蒸気が立ち昇る。
あの液体を頭から浴びるような状況は、避けた方が賢明だろう。焼けただれたカーペットを横目に、ぼくは思った。
まずは脚だ。
もう一度引き金を引こうとしたその瞬間、怪物は気を失っている彼女を拘束した足を突き出してきた。
あの戦闘能力に、人質を利用する知能。予想以上に厄介な相手だ。
怪物が槍を突き刺してくる。予想外に射程が長く、鋭槍がぼくの右足をかすめた。再度矛先が ぼくに向けられる。距離を取ってその刀身をかわした。
槍が床に刺ささる、そのわずかな隙を逃さない。
支柱のような脚部の一点を集中砲火し、本体と切り離した。
まずは1本。足を切り離して、機動力を削いでから彼女を救い出す。
思考を整理していた矢先、怪物はその巨体で勢いよく飛びかかってきた。
上か、あるいは下か。
しかし、機体の下を潜り抜ければ、まず間違いなくあの液体を浴びせられる。
ぼくは後ろを振り返って壁を蹴り上がり、宙がえりの要領で突撃してくる巨体のわずか上空で回避する。
「くっ」
完全に避けたつもりだったが、鉄くずの寄せ集めのような本体のどこかに飛び出たパーツがあったのか、鋭利なものに脇腹を切られた。
仕返しに上から胴体に数発打ち込んだ。着地すると同時に、怪物は勢いを殺しきれず壁に衝突した。
〈心拍数、血圧ともに上昇。警戒水準を突破。あなたは今、過剰なストレスを感じています。落ち着いて深呼吸してください〉
「ごていねいにどうも」
クローラーが報告を告げるが、今はそれどころじゃない。脇腹はなんとか軽傷に抑えられた。感情調整は機械に任せて、ぼくは目の前の敵を殺すことに専念する。
ハンドガンのスライドを強く引き、チャージさせた。
次いで振りかぶったのは剣の足。前方を猛烈な勢いで薙ぎ払うそれをしゃがんでやり過ごし、後方に距離をとった。
女神が首を傾げるそぶりを見せたと思うと、口からワイヤーを吐き出し、目にもとまらない速さでぼくの 左足を絡めとった。
「剣のつぎは斧か」
引き寄せられるぼくに、斧の脚が振り下ろされる。
ぼくは新たな「ナイフ」メモリーを出力して、巻きつけられたワイヤーを断ち、すんでのところで刃を避けた。すぐ傍のシートが粉砕され、金属片が飛び散った。
すかさず弾丸を脚に叩き込み、斧の脅威を排除した。
視線の先で、右奥の脚が不自然に折り曲げられていた。先端から放たれたのはレーザーサイトで、毒々しい赤色の可視光がぼくに狙いを定めた。
「まずいな」
反射的にぼくは舞台側の列へと全力で飛び込んだ。
そして光線が照射される。
轟音が響き渡り、衝撃が走る。背後が烈火に包まれた。
<CHARGE COMPLETION>
シートの陰で爆風をやり過ごしていたぼくの脳内に、デバイスが告げる。
耳鳴りの中、重厚感のある足音が、一歩一歩と近づいてくるのが分かった。
これ以上戦闘が長引けば彼女の命に関わる。それ以前に、ぼくの身が持つかも危うい。
あの化け物が機兵の構造と大差ないとすれば、必ず伝達系と、それが破損したときに機能する代理伝達系を持ち合わせているはずだ。
問題はそれがどこにあるか。
考えられるのは、女神の像の首で覆われている頭部。そして胴体の中心部だ。
はっと息を吐き、ぼくは通路に姿をさらした。
怪物は待ち構えていたように、再びワイヤーを伸ばしてきた。あえてそれを避けずに、足をつかませた。
巨体へと引きずられるその数舜、ぼくはあらゆる思考を捨て、ただ一点に狙いを定める。
「これで幕引きだ」
迫りくる不気味な女神の微笑みに向けて、引き金を引いた。
そして、眩いほどの透明な青白い閃光がホール全体を染め上げる。