【S】悪魔の囁きⅣ
フロントガラスに手を伸ばした。波紋が広がり、区内広域マップと現在地が浮き上がった。
<目的地を設定して下さい>
「3区まで」
<交通情法検索中。テアストリートにて渋滞が発生しています。迂回ルートをおすすめします>
「それで頼む」
<承知しました。推定走行時間、約30分です>
車両は自動的に高速に乗る。
日差しが直に車内を照らし出す。ぼくはフロントガラスのメニュー画面を端に追いやり、人差し指で画面中央におおざっぱな長方形を描くと、画面が暗くなり日よけ代わりになった。
もう一度犯行当時の状況を調べ直そうとデータベースに接続したとき、ウィリアムからの接続要請が入る。
『大尉、報告したいことが』
『どうした』
『ようやく機種の特定が出来ました。使用者リストも手に入りましたので、併せてデータを送ります』
機体のモデルと製造年月、主な供給元などがコンタクトに表示された。
AG132097という型番にモデルの欄は「ラウルス」となっている。一般家庭から建築現場のサポートまで、その使用用途はかなり広いみたいだ。
『これでおそらく間違いないかと』
『助かったよ』
『ですが、どうやらこのタイプのアンドロイドはとうの昔に生産が終了している上、製造ラインを所有していた企業は膨大でして、残念ながら機体の特定までは……』
『いや、十分だ。ありがとう。ウィリアムはこのリストの使用者の怪しい奴を洗い出してくれ。企業の内部調査はこっちでやる』
『了解です』
回線が切断された。
「早々にアタリを引けりゃいいんだがなあ」
「ドラマのようにはいかないよ。現実の捜査ときたら、すごく地味なもんさ」
「おまえさんはずいぶんと慣れてんだな」
「公安上がりの強みだ」
軽口を挟みながら、ぼくらは次の目的地へと急いだ。
◇ ◇ ◇
一等地にのっぽなビルを構える大手IT企業HAD社の内部調査を終える頃には3時を優に越えていた。
「ここもハズレか。しっかし、こうなってくると何もかもが怪しく見えてきやがる」
「捜査官の永遠の課題だね」
凝ったデザインのエレベーターに乗り込んで地下へと降り、ホール付近に停めた車に乗り込んだ。現状、進展と呼べるものは、捜査対象のリストに増えていくチェックマークだけだ。
車のドアが閉まり、次の目的地を設定するためフロントガラスに触れた。
「100を調べて1でも引っかかれば十分。先輩からよく聞かされた」
「100……。頭が下がるぜ」
そうは言うものの、次で4件目。捜査が進まないということは、そのまま犯人に時間を与えているのと同じだ。こうしている間にも、次の事件が起きないとも限らない。
車に乗り込み、思考を巡らし、頭の中を整理する。
「気がかりなのは、どうして14区の工場が狙われたのか」
「真っ先に考えられんのは怨恨か、あるいは嫉妬だな」
「でもそれは工場長も否定していたし、職員の中にラウルスモデルのアンドロイドを使用している人はいなかった」
「工場長に恨みを抱く第三者っつう線もあるんじゃねえか」
ハンスは眉間にしわを寄せて腕を組む。
「仮にそうだったとして、なぜ犯人は工場を破壊したにも関わらず、倉庫は無傷だったんだろう。営業妨害が目的なら、工場だけじゃなく倉庫も爆破されている方が自然だ」
「そんじゃ犯人の狙いは、はなっから倉庫内の資材が目的だった。しかしなあ・・・・・・。アンドロイドがやったにしろ、ソイツを裏で管理してんのは人だぜ。いくら材料の購入で足がつくのを嫌ったとしても、あそこまでやるか、ふつう」
「まあ動機はともかくとして、重要なのは」
ぼくは一泊置いて、
「犯人は被害に遭った14区の工場が昼間、セキュリティーをオフにしていることを知っていた人物。そして材料を集めているってことは」
「廃棄が積みあがる可能性が高いっつうわけか」
ハンスが続け、ぼくは肯く。
「自力で一から組み立てようと思ったら良質な設備はもちろん、よっぽどの腕前が必要になる。今回の事件の手口をみるに、おそらく犯人は素人。独自にアンドロイドを製造するなんてまず不可能だと思う。何体もの失敗作をそのまま手元に置いておくとは考えにくい……」
ぼくはチャーリーに回線をつないだ。
『さっきの画像の件なら、もう』
言いかけたチャーリーを遮ってぼくは言った。
『ここ一週間で起きた、アンドロイドの不法投棄に関する情報を洗い出してくれ。出来るだけ早く』
チャーリーはなにか言いたげな様子だったが『オーケー』とだけ言ってすぐに作業に取りかかった。
『滅菌されたお上品な記事を探すよりも、SNSを調べた方が有意義だったりするんだな、これが。匿名の掲示板なんかは情報の宝庫さ』
1人呟きながらも、すさまじい速度でタイピングを行っているのが回線越にも分かる。情報戦に関しては彼に勝る人物をぼくは知らない。
すぐに『これなんてどうだ』と画像を転送してきた。
『一般人が書いた一週間前のログだあ。文面も取るに足らないもんなんだけど、問題は内容。会社から帰宅途中、とある公園のゴミ捨て場で人がバラバラになって捨てられていたのを発見し、あわてて通報しようとした。ところがよくよく見ると、なんてことはない、ただのアンドロイドだったとさ』
画像がぼくらのコンタクトに送られる。
街灯に照らされたゴミ捨て場に放棄されて横たわっているそれは、人工皮膚が溶け、顔の左半分、機械部分が露出していた。画像でもインパクトの強いこれを暗闇で、それも直に目撃すれば勘違いするのも無理はない。
「この写真、場所は」
ぼくが訊ねると、
『画像解析によると……場所は15区外れのレーグルス公園』
アステリア全域を記したマップが表示され、15区と14区の境界線上に大きくピンが打ち込まれる。
「絞れてきたな」
「まだ分からないよ。期待しすぎない方がいい」
ぼくはチャーリーに呼びかける。
『念のため、アンドロイドの顔を復元して解析にかけてみてくれ』
『もうやってる』
「さすが」と隣でハンスが口角を上げる。
『あれ、こいつ……』
『どうした』
ハンスが問いかける。
『98.7パーセント一致。名前は』
チャーリーは区切ってから、確かめるように口にした。
『ショーン・ラウルス』
事件の被疑者である機種名は、「ラウルスモデル」。
ぼくはハンスと顔を見合わせた。
「におうな」
「ああ」
操作を中断したままにしていた車は、ぼくらの判断を急かすように問いかける。
<目的地を……>
「15区へ」
<承知しました>
ぼくが即答すると、指示を受けた車はポイントへと走り出す。
ラウルスモデルを構築した技師の工場。そこに事件の鍵があるのかもしれない。