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あくまの踊り方  作者: HAL
10/33

哨戒班

 かつて絶大な軍事力を誇っていた国の国防総省なるものを参考にした正五角形の巨大な建物の角に、五つの局はそれぞれ置かれている。


 公安局が都市の治安維持を、情報局がドームの空調のコントロールや都市に関する業務連絡を担当。財務局が都市のインフラや財政政策の方針を定め、生命管理局が病院やナノデバイスなど医療関係を担っている。と、大雑把に説明するとしたら、こんな感じだ。

 ぼくが所属する監査局の主な業務は文字通り〝監査〟だ。

 不正を徹底的に調べ上げ、見つけ次第、処理する。監査の対象は民間企業から行政まで多岐にわたる。

 そんな暴力とは無縁だったはずの業務内容に血なまぐさい仕事が追加されたのはある事件が発端だった。


 〈目的地に到着。お疲れ様でした〉


 マンションに帰るよう車に指示して降りる。

 低い階段を上がっていき自動ドアを抜けた。開放感のあるロビーは昼時だからか、いつもより人が多く行き交っていた。ゲートへと歩を進め、立ち止まると据え置き型のIDリーダーがぼくの生体情報を読み取った。



 生体情報記憶装置、通称〝巡回者(クローラー)〟。おそらくこれが最も世界に変革をもたらした、科学技術の結晶だろう。

 クローラーは2種類ある。


 目に見えない極小の特殊な装置を、脳内に生息する微生物を利用することで脳関門を潜り抜け、神経に住まわせる。

 装置を摂取した者の脳派をリアルタイムに計測、調整することによって人々のストレスや不安といった心的外傷を軽減させるだけでなく、その人物の思考パターンや五感による記憶を保存することができる。 接種者の死後、装置は脳から体内へと血液によって押し出され、肉体から回収される。「生きた記憶」として機関の巨大な保管庫に永久保存されるというわけだ。


 そしてその対となる、体内病院と言われる装置は、文字通り血管を通って体中を駆け巡って、擦り傷などの外傷やがん細胞などの異常を検知し、取り除く。この装置は生体電気を利用し、みずから抗体物質を作り出す。そのレシピとなるデータを公表するのは生命管理局の主たる役目で、装置自らアップデートを行う。


 そして右手の甲に埋め込まれるクローラーの〝核〟は接種者の出自や現住所、口座番号などもろもろのデータが暗号化されて刻まれており、買い物や交通機関を利用する際は手の甲を機械にかざすだけで、自動的に精算される。


 クローラーは肉体が成熟する18歳から摂取が認められる。接種は義務化されていないものの、接種者の心身をサポートしてくれるだけでなく、海上都市の生活基盤に深く根差しているため、一部を除いて大半の人間はクローラーを摂取している。

 

 

<情報認証。どうぞお通りください>


 ぼくはゲートを抜けて奥にある自販機でコーヒーを買ってエレベーターホールへと向かった。ホールに着くと8台あるエレベーターはすべて上の階で止まっていた。パネルを押して、コーヒーを飲みながら待つことにする。

 何気なく視線を上げると、ホールのモニターにニュースのテロップが流れていた。右から左に流れるそれを見ていると、どうやら自律機動ロボットが暴走したとのことだ。現在分かっている範囲で、18名の死傷者。

 大変だな、とどこか他人事のように眺めていると、ライトが点滅してエレベーターが到着した。ぼくは乗り込んで32階を押すとドアが閉まる。先程までのロビーのざわめきが完璧に遮断され、箱は静かに動き出した。チン、という音がしたあと上部のライトが点灯しドアが開く。

 ここから先がぼくらの領域だ。


 監査局特殊監査群機関哨戒班


 部屋と言うよりもフロアーという方が正確かもしれない。扉を抜けるとすぐに作戦室があり、左端にある階段から中二階に上がると、作戦室を見渡せるモニタースペースがある。

 作戦室の壁には多くの最新兵器が見られ格納庫には大型の戦闘用兵器が収納されている。その他にも、仮眠室や機械室、武器庫やキッチン、トレーニングルーム、電子書斎、シャワールーム、そして全員が入っても余裕がある小型のシアタールームもある。

 暮らすのに十分過ぎるほどの設備が整えられていて、場合によっては自宅より快適に過ごせるために、任務のあと本部に戻ってきてから帰宅するのが億劫なとき、ここに泊まることも頻繁にあった。


 パネルの操作音が響いているが、作戦室を見渡しても誰もいない。

 音を頼りに左手の階段を昇っていくと、モニター画面でゲームをしているチャーリーがいた。

 ぼくが近づくと、わずかな気配を察知したのか目も止まらぬ早さでパネルを操作すると、モニターがゲームから数字の羅列のような画面に切り替わる。


「チャーリー遅い。それじゃ、ばれる」


 真剣に仕事をしているふりを続けるチャーリーにこらえきれず、つい声をかけてしまう。


「んだよっ、アランか。焦った……」


 以前大佐から二度注意を受け、「今度見かけたら減給」と脅されていたチャーリーは心底安心した様子で言った。


「みんなは」


 訊ねるとチャーリーは面倒くさそうに、


「さあね。ジャックはさっきまで一緒だったけど、どっか行ったよ。それ以外は知らないね」


 ぶっきらぼうに答えてゲームを再開した。

 チャーリーはゲームを邪魔されるのをものすごく嫌う。結局、有意義な情報はなにひとつ聞き出せていないが、これ以上は訊ねても無駄だ。

 来た道を戻ろうとすると、誰かが近づいてくる足音がしてまもなくドアが開いた。


「お疲れ」

「よお、アラン。昨日ぶりだな」


 スポーツの後かと見違うほどに汗をかいている彼は疲れた表情を浮かべていた。


「どこに行ってたんだ」


 彼は作戦室の隅にあるデッキチェアに倒れこんで目を閉じた。


「査問群だ。実に有意義な時間だったよ。ったく」

「査問群って」


 ぼくは聞きなおす。


「今朝はやくに招集が掛かってな。なんでも機関が拘束していた奴から情報を引き出して欲しいってんで、あそこのゲーマーと一仕事してきたんだ」


 それでチャーリーは機嫌が悪かったのか。

 納得しながら、ぼくはジャックの後から遅れてきた人物に向かって敬礼する。


「まったく、頭のお固い大佐にも困ったもんさ」


 彼はコントローラーを握ったまま愚痴をこぼす。


「チャーリー」

「優秀な人間にだって気分転換は必要なんだ。今度見かけたら減給だと。やれるもんならやってみろっての。そんときは」

「チャーリー」


 ぼくはもう一度制止する。


「なんだよアラン、さっきから騒がしいな。いったいどうし……」


 彼がようやくぼくの方を向く。

 ぼくは目を瞑り、首を横にふることしかできない。

 チャーリーの顔を絶望が覆う。


「そのときは何だ、チャーリー」


 彼はイスを吹き飛ばす勢いで起立し、大佐に向かって完璧な敬礼をする。


「お疲れ様でございますハロルド・ケリー大佐。私なんぞが今日も大佐の下で働けることに感激するしだいでございます」


 ケリー大佐は額に手を当てため息をつく。


「まあいい。それよりも全員いるか」


 大佐は階段を下りて会議用のテーブルに着く。


「まだハンスとウィリアムが」


 そう言いかけるとぼくの入ってきたのとは別のドアが開き、二人が作戦室に入ってきた。隊長に気が付くと、


「お疲れ様です。ケリー大佐」


 ウィリアムはすっと敬礼し、


「よお、大佐」


 ハンスは軽く手を上げた。


「そろったな。さっそくブリーフィングを始める」


 そしてぼくらの日常は再び帰ってくる。

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