BLOOD STAIN CHILD ~parent's day~
「ミリアちゃんのお兄ちゃん、明日授業参観来る?」学校からの帰り道、美桜がランドセルを揺らしながらミリアに問いかける。
「うん。来るの!」ミリアは顔を綻ばせた。「あのねえ、お知らせの紙見したら、すーぐ、行くに丸付けてくれた。」
「わあ、すっごい!」
「美桜ちゃんちは、ママ来る?」
「来る来る。だからさ、作文、一生懸命書かないと。」
「そうだ!」ミリアは不意に立ち止まり、両手で口許を押さえた。「……作文書かないといけないんだった。」
「そうだよ! ダメだよ、ミリアちゃん明日だけは絶対、忘れちゃ。」
授業参観の内容は作文の披露ということに決まっていた。与えられたテーマは「将来の夢」。
「もう美桜ちゃんは『将来の夢』決まった?」ミリアは不安気に訊ねる。
「うん、決まったよ。あのねえ、パパみたいにイギリスとか、シンガポールとか、ニューヨークとか、いろーんな外国に行って、英語でお仕事するの。」
「へえ、かっこいい……。」
「だからね、去年から英会話通ってるし、自己紹介言えるようになったんだ。」多少自慢げになってしまったことを恥じながら、「ミリアちゃんは?」と慌てて続けた。
「あのね、まだ、わかんないの……。」ミリアは俯いて呟いた。
「そうなんだ……。でもミリアちゃんはギターが上手なんだから、ギター弾く人になったらいいんじゃない? お兄ちゃんみたくさ。」
「……うん。」たしかにギターは魅力的である。リョウに教えてもらう時間というのは、何にも代えがたいと思う。これからもっともっと上達して、色々な曲を弾けるようになったらどんなに幸せだろうと思う。でもだからといってそれを生業としたいのかと問われると、ミリアには正直、まだよくわからなかった。
「考えてみる。」
ばいばい、また明日ねと、美桜と別れた後、ミリアは帰宅をし、早速テーブルに学校で配られた原稿用紙を広げた。リョウは今日は夜遅くまでレッスンがあるので、作文を相談することはできない。でも明日はリョウがわざわざギターレッスンを休んでまで来てくれるのだ。つまらない作文など披露して、がっかりさせてはいけない。ミリアは鉛筆を削ると、ふうと溜息を吐いて真っ白な原稿用紙に向かい、鉛筆を走らせた。
――しょうらいのゆめ
これは決められた題名なのである。
――2ねん3くみ くろさきみりあ
これも言われた通りなのである。
――わたしは、大きくなったら
ここまでは決められた書き出しだった。しかしミリアの鉛筆はそこから僅かにも動こうとはしない。
自分は大きくなったら何になりたいのだろう。今が幸福過ぎて、何も変えたくないというのが本心だった。ここでリョウとギターを弾いてご飯を食べ、美桜と遊んで、学校で先生に絵本を読んでもらうのが一番の幸せなのである。美桜のように遠い遠い外国に行くなんて、リョウと一緒に行くのは別として、まっぴらごめんである。それは大きくなりたくない、ということになるのだろうか……。
ミリアはそう考えると途方に暮れ、ますます原稿用紙が埋まる気がしなくなる。
ミリアは慌ててぶんぶんと首を振り、再び原稿用紙に向かった。
――大きくなったら、ここにいたいです。
何か変だ。リョウのがっかりする顔が思い浮かぶ。ミリアはごしごしと消しゴムで消す。
ここにいて、自分は何をしたいのだろう。大人になればもう学校に行く必要はない。だとすれば、ここで何をしたいのだろう。ミリアはそこまで考えて、はっとなった。ここで、リョウが作曲をしたり、レッスンやライブに行ったりしやすいように、掃除をしたり、ご飯を作ってあげたらいいのだ。ミリアはこの素晴らしきアイディアに、両頬を包み込んで満面の笑みを浮かべた。
でも、それを何と書いたらいいのだろう。
――お掃除をしたりお料理を作ったりする人になりたいです。
何かが違う。自分は街中を掃除したい訳でもなく、レストランで料理を作りたい訳でもない。ただ、リョウの傍でリョウと一緒にいるためにこれらのことをしたいのだ。ミリアは再び顔をうつ伏して考え始めた。おうちでお掃除をしたり、料理をする人を何というのだろう。
――お嫁さん! ミリアはがば、と勢い込んで立ち上がった。これだ、これしかない。ミリアは早速鉛筆をしっかと握り締めて、原稿用紙に書き出していった。
そこまで書けば、あっという間であった。ミリアは息もつかぬ間にすっかり一枚分を書き終えると、リョウが作っておいてくれた大好物のオムライスを食べ、シャワーを浴びると、リョウから貰っていたギターの練習曲を弾き、そして八時になると同時に毛布を被って眠りに就いた。レッスンで忙しいリョウが、それでも明日の授業参観のことをちゃんと覚えていてくれるように、それだけを思いながら……。
リョウが帰宅をしたのは、日付も変わる時間帯であった。ソファの上ですやすやと寝息を立てているミリアを暫く満足げに見下ろすと、リョウは再び机上に丁寧に広げられたプリントを見た。明日はミリアの授業参観である。
まさか自分が人生においてこんな催しに参加をすることになるとは思いもしなかったが、参加に迷いはなかった。おそるおそるプリントを差し出したミリアに、「こんなん行くに決まってんだろ。」と、その場で「参加をします」に丸を付けてプリントを手渡すと、ミリアは今思い返してもおかしい――ハトが鉄砲玉を食らったような顔、というのはああいうのを言うのであろう。目を見開いて口をぽかんと開けて、自分を見上げていた。
「何だ、俺が行かねえと思ってやがったんか。」
目を盛んに瞬かせる。「だって、……レッスンは?」
「んなのどうにでもなんだよ。」わざわざつっけんどんに言ってやる。「それよりな、ちゃんとお前が学校で勉強してるかどうか確かめる方が重要じゃねえか。授業中寝てたりしたら……」
「寝たことなんて、ない!」ミリアはむきになって叫ぶ。
「そうか。」面白そうにリョウは微笑む。「じゃあ、隣の美桜ちゃんと授業聞かねえで喋ってたり……。」
「お喋りしないもん! ちゃんと先生のお話聞いてる!」
「じゃあ、何か、……こう、考え事して先生の話聞いてなかったりな。」
それには少々思い当たる節があるのか、「それは、……あんまりない。」と口ごもりつつ答える。
「そうか。」リョウはその場にしゃがみ込むとミリアに向き合い、「じゃあ、授業参観で頑張ってる所見せてくれよな。ほら、そこに書いてあっただろ? 作文読むんだよな? 楽しみにしてっかんな。」
「うん!」
とはいえ、普段喋ることさえ苦手なミリアにとっては作文なんぞは、この上ない無理難題である。しかしミリアは突き上げるような歓喜でいっぱいであった。リョウが学校に来て、自分のことを見てくれる。だから無理難題であろうが何だろうが、やるのだ。やってみせる。ミリアは決意をもってもう一度、大きく肯いた。
リョウはふと部屋の隅に置かれたミリアのランドセルに目を留めた。あの中に明日の授業で披露する作文が入っているのであろうか。にわかに好奇心が頭を擡げて来るが、リョウはそれを制した。明日教室で聞こう。普段喋っている日本語でさえ怪しいミリアが、そもそもまともな文章を書ける訳がないのであるし、更に性質においても引っ込み思案な所のあるミリアが、大勢の子どもにそれぞれの親までがやってくる教室で、ちゃんと自分の作文を読み上げられるかには正直のところ疑問である。でも、それならそうで、後で慰めてやればいいばかりである。あれだけ心身共に父親に傷付けられ、夢遊病まで患った子なのだ。端から並の子どものように何でも器用にこなせるとは、思ってはいない。でも自分はミリアを愛していくのであるし、一人前になるその日まで育てていくのだ。リョウはそう思いにっと寝ているミリアに笑いかけると、乱暴に頭をぐりぐりと撫でまわし、そのままさっさとシャワーを浴びると、目覚まし時計をセットして眠りについた。
それがまだ鳴らぬ内である。何やら胸に重みを感じて目を開けると、目の前にミリアがいた。鼻をくっ付けんばかりにして、乗っかかり、じっと自分を見つめている。
「な、何、してんだ!」思わず咳き込んだ。
「今日、学校来る?」
寝ぼけた頭で暫し考え、今日学校で何かあったかなと考え、ああ、と思い当たり、すぐさま「行く。」と答える。「今日は授業参観じゃねえか。行くに決まってんだろ。」そのまま上体を起こし、ミリアを抱きかかえる形になった。「あっはははは。なーに、まさかお前、俺が忘れっちまってねえかって心配してたの?」
「ううん。」とは言いつつ、嬉しくてならぬとばかりにミリアはリョウの胸に顔を埋めてくすくすと笑った。
「それより作文だよ、作文。お前、ちゃんと書けたの?」
「書けたの。」ぱっと顔を離し、そのまますっくと立ち上がった。
「どんな内容?」
「内緒。」
「ほう。じゃ、しっかり授業で聞かねえとな。」
「うん。」
「お前が大きくなったら何になりてえのか、俺は親代わりだかんな。ちーゃんとわかってねえといけねえかんな。」
リョウはそうもったいぶって言うと、結局鳴る必要を失った目覚まし時計をオフにし、大きく伸びをして立ち上がった。ミリアも同時に立ち上がらせる。
「学校でね、教えたげる。」
「おお、そうか。」
「大きくなったら、何になるか。」
「そうだ。お前だって、その内立派な大人になんだかんな。」
リョウはおかしくてならないといった風に微笑みながら、いつものように台所に立ち、トーストをセットし、ハムエッグを焼き始める。ミリアはそんな日常が嬉しくてならない。その延長線上にあるのが、今日の授業参観なのだ。友達が、先生がいてそれだけで嬉しい空間に更にリョウが来る。嬉しさは倍増する。ミリアは台所に立つリョウに纏わりつくようにして、「あのねえ、2年3組はねえ、昇降口を入ってすぐ右の所。ドアの上にねえ、ちゃんと1年3組って書いてある。ミリアの席はねえ、真ん中。美桜ちゃんの隣だから。」と言った。
「そうか。わかった。」
「美桜ちゃんのママも来るって。」
「そうか。じゃあ、いつも世話んなってますって、礼を言わねえとな。」
そう言いながらリョウが視線を落とした先には、まん丸の卵の黄身が二つ、フライパンの中で揺れていた。
「それでは皆さん、作文用紙を机の上に出しましょう。」
教師がそう大声で告げたのは、教室後方にずらりと普段見慣れぬ顔が並び満員となった教室に、やはり児童たちも高揚していたからに他ならない。
ミリアもちらちらと後方を振り返る。他の保護者に紛れようもなく頭抜けて背の高いリョウが気になって仕方がない。今日のリョウはいつもとは違う。黒いスーツを着て、髪も黒く染め、一つに縛り上げている。学校用のリョウなのだ。是非ともいいところを見せたいものだと緊張が走る。
教師は黒板に大きく「しょうらいのゆめ」と書いた。
「さて。」と児童を振り返り、「今日皆さんに書いてきてもらった作文の題名は、これでしたね。将来の夢です。皆さんは大きくなったら何になりたいのか、これから一人一人お父さん、お母さんの前で発表をして貰いたいと思います。それでは読んでくれる人。」
そう言い終わるや否や、児童たちの手が一斉に上がる。はい、はい、はいと元気よく連呼するものもいれば、中腰になって手の高さをアピールする者もいる。ミリアもその勢いに押されて「はーい」と手を掲げた。
「では、吉川君。」一番前ではいを連呼していた男子児童が呼ばれる。身体の大きな、いつも調子のいいことを言っては皆を笑わせている子である。吉川は最初に呼名された栄誉に浸るように、にやにやしながらもったいぶって立ち上がると、大きな声で読み始めた。
「僕の家は板金を作る工場をやっています。お父さんは社長です。なので、僕も社長になりまーす!」
ミリアはびっくりして美桜を見た。こっそりと「社長だって!」と告げると、「凄いね。でも吉川君なら似合うかも。」美桜も耳打ちして答えた。
それから吉川は父親が毎晩夕飯を食べながら酒を飲み、歌を歌うこと、それはとても陽気そうなので自分も社長になって酒を飲んで歌ってたいと言って、児童と親たちの笑いを買って終わった。
「お酒の飲み過ぎは体に悪いですよ。お父さんにも教えてあげてくださいね。それだけに気を付けて、立派な社長さんになってください。では、次の人。」
再び一斉に児童たちの手が挙がる。ミリアも負けじとえいえいと手を伸ばした。しかしまた次の生徒が当てられていく。年の離れた姉がいて、クラス一ませている箕川である。箕川は「私は将来、キャビンアテンダントになりたいです。飛行機に乗って、外国にいっぱい行って、お洒落な服とかバックとかいっぱい買いたいです。そしたら、それをお母さんとお姉ちゃんにもプレゼントしてあげたいです。」
「素敵ですね。お洒落な箕川さんにぴったりです。では、次の人。」
次々に指名はなされていく。ある男の子は警察官になると言い、また別の男の子はJリーガーだと言った。それからある女の子はアイドルになると言い、また別の女の子はお医者さんになるのだと言った。
ミリアは次第に不安になってきた。皆どうして仕事のことばかり言い出すのだろう。自分の書いて来た作文が間違っているような気がしてならない。
教師は次々に児童たちを指名していく。そのたびにミリアも一応挙げるものの、勢いは完全になくなっていった。他の人が指名される。「僕は将来野球の選手になって活躍して、いっぱいお金をもらって、お父さんとお母さんに喜んでもらいたいです。」また、仕事だ。ミリアは次第に縮こまってきた。再び一応、手を挙げる。先生が指さないように。そればかりを考えながら手を挙げる。
「私は絵を描く人になりたいです。猫の絵と、犬の絵と、インコの絵を特にいっぱい画きたいです。なぜなら、うちにいるからです。いっぱい描いてあげたいです。」
次の人、と言われ再びミリアはこっそり手を挙げる。ミリアの祈りはたしかに通じた。もう半分以上も指名されているというのに、ミリアとそれから隣の美桜もまだ指されていない。隣の美桜は悔し気に毎回元気いっぱい手を挙げている。
本当に指されたがっている、とミリアはちらと美桜を見ながら思った。けれど、自分は作文を間違ってしまったから指されたくない。リョウがきっと恥ずかしい思いをする。それはごめんだ。ミリアは泣きたくなった。いっそ「作文を間違えてしまったので、読みません」と言えばいいのかもしれないとさえ思う。それとも、このままチャイムが鳴って、もうおしまいですと先生が言い出してくれないか、そんなことばかりを考えている。
次々に「僕はお笑い芸人になって、テレビにいっぱい出て、みんなを笑わせたいです。」とか、「私はケーキ屋さんになって、イチゴとか、チョコが載ったかわいいケーキをいっぱい作りたいです。」とかが続いていく。そして遂に、
「では、次は、そうですねえ、……相原さん。」
美桜が指された。美桜はやった、と小声で呟き、心底嬉しそうに立ち上がる。
ちら、と後ろに立っている母親を見てから、「私は大きくなったら英語を喋れるようになりたいです。そして外国に行きたいです。パパは英語が喋れます。そして去年からイギリスに行きました。その前はシンガポール、その前はニューヨークにいました。綺麗なコインをお土産に持って帰ってきてくれます。なので私も……」
ミリアは感嘆しながらも、劣等感にさいなまれていく。美桜ちゃんが一番凄い、一番立派だ。ミリアとは全然違う……。
「パパはあんまりおうちにいないけど、あちこち外国に行ってて羨ましいです。今、英会話レッスンに通っていてちょっとずつ喋れるようになりました。このまま頑張ってたくさん喋れるようになりたいです。」
「素敵ですね。先生も海外旅行に行ったことがありますが、英語を喋れると、世界中の人たちとお友達になれますからね。頑張ってください。それでは、次の人。」
ミリアは固まった手を、そろりそろりとどうにか伸ばしていく。しかし立派な美桜の跡には絶対に、発表なんてしたくはないのである。俯きながら、そっとどうにか手を挙げた。
「では、お隣の、黒崎さん。」
どくん、と心臓が高鳴った。ミリアは信じられないとばかりに教師を見上げた。あなたですよ、と言わんばかりに教師は微笑みつつ肯いた。ミリアは泣きそうになる。ちら、と後ろに立っているリョウを振り返った。リョウも微笑みながらじっとミリアを見詰めている。
「さあ、黒崎さん、みんなに聞こえるように、立って発表しましょう。」
ミリアはそう言われて渋々と立ち上がった。作文の字が滲み出す。ここに書いてきたものは、昨日は良かったと思ったのに、でも、みんなとは全然違う。「それは間違いです」と、先生に言われてしまうかもしれないものなのに。
「緊張しなくていいんですよ。先生と皆さんに、黒崎さんの将来の夢を教えてください。」
「ミリアちゃん、頑張って。」美桜が小声で叱咤する。
ミリアは意を決して、言葉を紡いだ。「……私は将来、……お嫁さんに、なりたいです。」
リョウは驚嘆した。てっきりギタリストだとでも言うかと思っていたのに。
ミリアは再び心配そうに教師を見た。教師は微笑みながら大きく頷く。大丈夫だ。ミリアは安堵の溜め息を吐き、次を読み始めた。
「お嫁さんになって、……お料理を上手にしたいです。……この前、調理クラブでクッキー作りました。美桜ちゃんのママが、もっと凄い本当の料理教えてくれました。おうちで作ったらリョウが喜んでくれましだ。私もおいしいって思いました。おいしいとみんな嬉しいです。」
リョウは慌てて美桜の母親に向って会釈をする。美桜の母親は泣かんばかりの顔になって幾度も肯いていた。
「特に頑張りたいのは、目玉焼きと、オムライスです。」自分の好きな料理じゃないか、リョウは思わず噴き出しそうになる。
ミリアは不安いっぱいの眼差しで再び教師を見つめる。教師は大丈夫だ、と頷き返す。
「おいしいお料理をたくさん作れるお嫁さんになって、喜んでもらいたいです。」
ミリアはすとん、と座り込んでそのまま俯いた。
「素敵ですね。先生は食いしん坊ですから、ぜひ黒崎さんが作ったお料理を食べさせてほしいと思いましたよ。」
児童たちが声を立てて笑う。ミリアはぱっと顔を上げた。その頬は紅潮していた。
それから、二、三人の発表を終えると、授業参観は無事に終了した。
ミリアはリョウに手を引かれながら、昼下がりの帰途を歩く。
「お前、お嫁さんになりたかったんか。」
ミリアは肯く。
「お前の飯は旨かったからなあ……。きっといいお嫁さんになれるよ。」
ミリアの手がぎゅっとリョウの手を握り締めた。
「……発表、頑張ったな、」
再びミリアは肯く。
「緊張したか?」
ミリアは肯いた。
「でも、頑張ったな。」
ミリアは酷く疲れていたが、満ち足りてもいた。自分の夢が、間違えてなくてよかった。ほうっと長い溜息を吐く。ふと、目の前に二つの影が伸びているのに気が付いた。一つは大きく、一つはその半分ほどしかない。
「リョウの影、大きい。」少々心の安寧を取り戻したミリアが、楽し気に囁くように言った。
「おお、お前のは小っちぇえな。ちびっ子だもんな、ちびっ子。」
「ちびっ子って言わないで!」ミリアはつないだ手をぶんぶんと乱暴に振り回す。「ちびっ子はイヤ!」
「何だ、ちびっ子イヤなんか。そうか、お前はちびっ子じゃなかったもんな、みりっ子だ。」再び手を振り回す。
「みりっ子じゃない! ミリア! ミーリーアー!」
リョウは可笑しくて声を上げて笑い出す。
「飯いっぱい食って大きくなれよ。俺の妹なんだから、飯食えば背伸びっから。これからも一緒にいっぱい飯作って、お嫁さんになる練習しような。」
ミリアは驚いたようにリョウを見上げ、それからうふふと口元を押さえて笑った。
リョウは、さてこの子がいつ、どんな顔をして嫁に行くのだろうかと、そんなことを考え出していた。綺麗なドレスを身に纏い、「リョウ、お世話になりました」などと言い出すのかもしれない。その時に、今日の話をしてやってもいいな、と思う。でもミリアを嫁にする男には、こればかりは妥協はできない。ミリアを誰よりも愛し、第一に考えてくれる人、ちょうど今の自分のような――、と、そんなことに思い当たり、リョウは思わず顔を赤らめた。自分で自分が実妹ミリアの結婚相手として相応しいなどと、よくも思い付いたものだ。変態にも程がある。恥ずかしさに思わず歩みを速めたタイミングで、ミリアは意を決して言った。
「ミリア、リョウみたいな人のお嫁さんになりたい。」
リョウは自分の破廉恥な妄想が漏れ出したのではないかと、ぎょっとして歩みを止める。「……マジ、で。」
「うん。」
今度はミリアの方がリョウを引っ張って行く形になる。築35年の、しかしそれでもミリアにとっては他の何にも屈することなく輝かしいアパートは目の前に迫っていた。
「リョウみたいに、かっこよくって優しい人。」
人生25年、内、デスメタラーとして7年、そんなことを幼女とは言え、異性に言われたことはない。リョウは少々の混乱を覚えつつも、よし、今宵はオムライスに卵焼きだと非常な決意を固めミリアと共にしっかと手を繋ぎ、走るようにして部屋へと帰った。