エクソシスター
大学三年になるこの俺、長谷川陸は、バイト先へと向かった。
雇い主は実の妹、長谷川有住だ。
妹は悪魔祓い(エクソシスト)として働いている。
もっとも俺達が対処するのは悪魔というより、幽霊という方が正しいかもしれないが、妹は自分はエクソシストのほうがかっこいいからとエクソシストを名乗っている。
巷では結構、妹の評判が話題になっており、凄腕霊能力者と言われている。
本人は相変わらずエクソシストだと言っているが。
妹はビルの一室にある事務所をかまえて、悪魔祓いの相談を受けている。
その事務的な手続きなどをするのが、俺のバイト内容であった。
なぜ、そんなバイトしているのかというと、妹から直々に頼まれたからである。
本人曰くバイトを募集したところ、怪しそう、宗教みたいと噂されて、誰もバイトに募集して来ないらしい。
そんなわけで、俺はここでバイトをすることになった。
妹は極度のコミュ障であるため、顧客とのやり取りは基本的に俺が担当する。
バイト先に到着し、事務所に入ると、妹が待っていた。
「やっと来たか、陸。待ち侘びたぞ」
「おいおい、ちゃんと時間通りに到着しただろ」
「ああ、確かに時間通りに到着した。だけどな......」
「な、なんだよ。」
「顧客から電話が来たんだ! 緊張して、あ、あ、あ、あしか言えなかった!」
「もうそれでない方が良かったじゃねぇか。」
妹は極度のコミュ障である。
家族以外の人間と上手く会話をすることができない。
「しょうがないな、ちょっと掛け直すか」
俺は電話の着信履歴を確認し、先ほど有住と話したと思われる顧客に電話した。
「お忙しいところ失礼します。私、有住の助手の陸と申します。先ほどは有住が失礼致しました」
「さ、さっきの......あの凄腕霊能力者だったんですか? あ、あ、あ、あしか聞こえなくて、悪霊に取りつかれた人なのかと思いましたよ!」
有住のやつ......せめて自分の名前くらい名乗っておけよ。
「た、大変、失礼いたしました。有住は、少々性格の面で問題がありまして、お客様とのやり取りは基本的に私が担当しております。ただ、有住は霊能力者としての腕は確かでございます」
お客様を安心させる為、俺は必死に説明した。
「陸! 違うぞ、私は、霊能力者じゃない! エクソシストだ!」
ちょっと黙っていて欲しい。
俺はお客様に聞かれないように受話器を手で覆った。
「あれ、なんか叫び声みたいなのが聞こえたんですけど......」
「恐らくそれは、幽霊の所業ですね。それで、今日はこちらの方に向かう予定ですか?」
「ええ、そちらに怪奇現象についての相談をしに行こうと思ってます。あと、三十分くらいに到着します。」
「かしこまりました。それでは、お待ちしております」
お客様が電話を切る。
三十分後に到着か......俺はお客様が来るまで事務仕事でもしながら待つか。
「陸! お前は、エクソシストというものがわかってない。適当な話術で人を騙し、悪魔を退治できない無能な日本の霊能力者とは次元が違うのだ」
「はいはい、分かったよ。ただお客さんはエクソシストってよりも霊能力者と思ってるんだから別に良いじゃねぇか」
「いくない!」
クソめんどくさいなと思った。
ただ......妹は確かに霊感を持っている。
バイトをしていて、不可思議な現象をこの目で何度も見てきたのだが、その度、妹が解決し、不可思議な現象を鎮めてきた。
以前、女性の下着がなくなるという相談を受けた時、俺は確実に生きている人間の仕業だろうと思った。
しかし、妹は悪魔の気配を感じると言って、本当に悪魔の正体(変態の悪魔であった)を暴き、被害を喰い止めたのだ。
事務仕事をしながら待つこと約三十分後、お客さんが事務所にやってきた。
「すみません。ここが、『エクソシスター』で会ってますか?」
「はい、そうです。では、こちらのお席にお掛けください」
ちなみに事務所の名前は妹が考えたものである。
エクソシストと妹を合わせて、エクソシスターが良いのではということでこういう名前にしたらしい。
依頼を受ける相談の九割は依頼者の思い込みである。
まずはお客さんから相談内容を訊き、文面をまとめて妹に持っていく。
妹曰く、直接訊くよりも、文を見たほうがなにか『引っかかる』点を感じることが出来るのだという。
平たく言えば、妹がコミュ障過ぎて、お客さんと直接話すことが出来ないということである。
俺は調査票を確かめながら、お客さんとのやり取りをした。
「それで、佐藤さん。怪奇現象というのは.....具体的にどんなことが起きるんですか?」
この依頼者は佐藤友梨佳と俺と同じ年齢の女性のようだった。
ただ、大学生ではなく会社勤めらしいのだが。
「何か付きまとわれているような視線を感じるんです......」
それは多分、幽霊じゃねぇ無いのではと思ったが、質問を続けた。
「なるほど......それは、生きている人間の可能性は考えれないですか?」
「考えられません! 私、生きている人間であれば、半径五十メートル以内なら、感知できるのに、視線を感じるどころか、どこにいるのか全く把握できないんです! そう......まるで四方八方から監視されているような」
半径五十メートル以内なら感知可能ってすごすぎじゃねぇか。
この女、能力者か何かなのだろうか。
「そ、そうですか......では、何か思い当たる点とかありませんか?」
「実は一か月ほど前に、友人たちと心霊スポットに行ったんですけど......もしかしたらそれが原因かもしれないです」
「なるほど......」
確かに可能性としては高そうだ。
いくつか他に質問をし、報告書をまとめて妹のところへと持って行った。
「有住、これ報告書」
「ああ、ありがとう」
妹は物凄い集中直で報告書を流し読みした。
三分ほど報告書を読む進めると、妹がこんなことを言い出した。
「陸、顧客のところへ案内してくれ。」
友梨佳さんがすぐそばで待っているのだが、妹はお客さんと一対一で話すことができない、
俺と一緒に友梨佳さんと話す必要があったのだ。
俺は友梨佳さんのところに妹を案内した。
「まぁ! あなたが凄腕霊能力者の有住さん? 随分と可愛い服着てるのね!」
妹は仕事中、いつもゴスロリの服を着ている。
なんでもゴスロリの服を着ると、力が増すとのことだが......多分、気のせいだと思う。
それにしても友梨佳さん、妹のゴスロリの服を見てもそんなことを言えるなんてすごいと思った。
大抵のお客さんは、妹の服装を見ると、ドン引きするのだが。
「え、ええ。まぁ......」
むしろ妹のほうが、お客さんの絡みにドン引きしているようだった。
「有住さんは今おいくつ?」
「じゅ、十七です......」
「えー! それじゃ、女子高生なのね! すごい!」
妹が俺の服の袖を掴んできた。
こういう仕草をするときは、俺に目的を話せという合図である。
「それで......友梨佳さん。有住が友梨佳さんを霊視したいというので、ちょっと協力してもらっていいですか?」
「ええ、もちろん! 私は、何をすればいいんですか?」
「そのまま何も話さず、じっとしてもらえれば大丈夫です」
「そうですか。分かりました」
よし、上手いこと友梨佳さんを沈黙させることに成功したぞ。
「それでは、失礼します。」
妹は、十字架を取り出し、友梨佳さんに近づけた。
悪魔の手がかりを探すとき、この十字架を使うことが多い。
報告書いらないじゃんって思うかもしれないが、霊視は疲れる上に、出来るだけお客さんと直に顔を合わせたくないらしい。
五分ほど霊視をした妹が十字架を下げ、驚くべき言葉を放つ。
「分かりました。友梨佳さんが感じる視線の正体」
「本当ですか? 一体原因は何なんですか? やっぱり幽霊?」
「視線の正体は、貴方の友人です」
やはり、正体は人間だったのかと思った。
しかし、なぜ霊視をしてそれが分かったのか気になった。
妹は悪魔に関係に無いこととになると手掛かりを得ることはできない。
「そ、そんな馬鹿な! 私が居場所を把握できないなんて!」
いや、どんだけ自分の能力に自信があるんだよ。
「無理もないと思います。悪魔が乗り移った友人がストーカーをしているんですから。」
「ど、どういうことですか?」
「前に友梨佳さん、心霊スポットに行ったでしょう? その時、心霊スポットにいる悪魔があなたの友人の波長が同調して憑依したんです。あなたの友人はストーカーしているつもりなんてないんですよ。無意識ですから」
有住は事実は淡々と話した。
霊視を行うと仕事モードに切り替わり、淡々と話せるようになるのだが、最初からやって欲しいと常々思っている。
「そんな......それじゃ友人の中の誰かが、悪魔に取り憑かれていると。誰なんですか、それは?」
「それはまだ分かりません。ただ、貴方に好意を持っている異性の可能性が高いです。失恋して死んだ悪魔が友人に乗り移ったと霊視で分かりました」
そこで俺は友梨佳さんに尋ねてみた。
「心霊スポットに行ったとき、男性の友人はいましたか?」
「ええ、一人いました。でも、彼、彼女がいたはずなのに......」
詳しく話を聞くと、悪魔に取り憑かれたとされる男性の友人とその彼女と友梨佳さんの三人で心霊スポットに行ったらしい。
まさに絵に描いたような三角関係なのだと思った。
「それで、彼に取り憑いている悪魔を払うことができますか?」
「いえ、それはできません。」
「え!? ど、どうしてですか?」
「彼の中で区切りをつけてもらう必要があります。貴方がその友人と付き合うか、もしくはしっかりと断るかしなければ悪魔払いはできません。友人と悪魔との繋がりを弱くする必要があります。」
「そ、そんな......でも私......」
友梨佳さんは悩んでいるようであった。
当然だろう。どちらの選択を選んでも、これまでの関係は壊れることになる。
「そうしてもらえなければ到底悪魔を追い払えません。友人に取り憑いている悪魔はかなりの力を持っています」
やがて友梨佳さんは深呼吸し、覚悟を決めたような表情を見せた。
「分かりました......やります!」
友梨佳さんがエクソシスターズに来てから約一週間後、友梨佳さんが悪魔が憑りついた男性を連れてやってきた。
しっかり断ったのか、それとも付き合うことにしたのかどちらを選んだのだろうか。
「友梨佳さん。お待ちしてました。こちらの方が今回の除霊する方ですか?」
「矢田部勉です。今日はよろしくお願いします。」
男性は眼鏡を掛けていて、見るからに真面目そうな感じの男性だった。
「今日はよろしくお願いします。その......結局、勉君とはお付き合いできないと断りました」
「そうなんですか。別にわざわざ話さなくても良かったのに」
「え! その、ごめん、勉君」
「いいよ、別に......」
勉さんは悲しげな顔をした。
まぁ、彼女さんと上手くやりなと思いながら、俺は妹を呼びにいった。
「は、はは......初めまして、勉さん。きょ、きょきょきょ今日はよろしくお願いします。」
さっそくコミュ障を発揮させた。
傍目から見れば、妹の方が悪魔に取り憑かれているようにしか見えない。
「それでは、こちらの部屋に入ってください。」
お祓い部屋と俺達が呼んでいる部屋に友梨佳さんと勉君を案内した。
この部屋には、悪魔払いに必要なものが置いてある。
十字架や聖水、立派なマリア像が飾られている。
ちなみにこのマリア像はマジで高額だった。
俺はもっと安いのでいいんじゃないかと提案したのだが、高いのじゃないと悪魔祓いの力が落ちるといい、車一つ買える程の値段をするマリア像を購入した。
妹は十字架を手に持ち、ゆっくりと勉君に近づき、高らかに宣言した。
「長谷川有住が命じる。悪魔よ。貴様は今すぐ、勉の体に飛び出すのだ!」
悪魔祓いは妹が悪魔が宿主から離れるよう言い続ける。
それだけかと思うかもしれないが、基本的にそれだけである。
「黙れ! 小娘! 貴様を追い出すことはできない!」
「出たな! 悪魔。偉大なる我の力に触れ伏すが良い。悪魔よ、お前の名前を言ってみろ」
「ふははは! 断る。貴様に名乗る名前は無い!」
この感じ......悪魔祓いが成功するまで時間が掛かりそうだ。
早い時は一瞬なのだが、長い時は一時間以上掛かる。
「ダメだ! 十字架が小さい!」
「は? そういうもんなのか?」
「陸、もっと大きい十字架持ってきて!」
「いや、ねぇよ! そんなの。大体、今までずっとこれ使ってたじゃねぇか。そもそも大きさとか関係あるのか?」
「ある! しかし、大きい十字架が無いとなると困ったな......今からアマ〇ンで注文する訳にもいかないし」
プライム会員でも一日以上は掛かるぞ。
その前に悪魔が待ってくれる訳が無い。
「下等な人間ども、そろそれ我の本当の恐ろしさを見せてやる。」
次の瞬間、部屋中の電気が消え、花瓶は割れて、窓はバンバンとラップ音を立て始めた。
さらには友梨佳さんが突然倒れこんだ。
ひとまず俺は友梨佳さんを介抱した。
「お、おい! 有住、どうするんだ?」
「仕方ない。最後の手段だ。陸、『あれ』を持ってきてくれ。」
「『あれ』だな! 分かった」
俺は友梨佳さんをソファに寝かせ、冷蔵庫にまでダッシュした。
冷蔵庫から取り出したのは、トマトジュースである。
「うぎゃぁ!」
妹の叫び声が聞こえた。
まずいな......お祓い部屋に駆けつけると、勉君が椅子から立ち上がっていた。
妹は尻餅をついている。
「今から、あの女を殺してやるぜ......」
勉君が友梨佳さんのところに向かって歩き出した。
「やばい! 有住早くしろ!」
俺は妹に肩を貸し、ソファで寝ている友梨佳さんのところに妹を連れて行った。
「ぐ......」
友梨佳さんのところに行くと、勉君が友梨佳さんの首を絞めていた。
勉君の目が白目になっており、口からは泡を出していて、とてつもない恐怖を感じた。
「急げ! 有住! 早くトマトジュースを口に入れろ。」
「うう......やっぱりやだな......」
「おい、早くしろ!」
半ば無理やり、トマトジュースを妹の口に入れこんだ。
「gほうあfへおがおうふぁhがおえうおふえうgrfdこ」
不味さのせいか、妹が言葉にならない声を放った。
「ぼへ!」
変な声と共に口に含んでるトマトジュースを妹は勉君の腕にぶっ掛ける。
「ぎゃぁぁぁぁ! ち、ちからが抜けていくぅ!」
勉君はそのまま床に倒れこんだ。
どうやら悪魔祓いが成功したようだ。
俺にも原理はよく分からないが、トマトジュースを妹が口に含み、悪魔にぶっ掛けると悪魔を宿主から追い出せるのである。
これをやれば、大抵の悪魔を秒殺できるのだが、妹は大のトマト嫌いであるため、滅多にこれをやらない。
しばらくすると、勉君と友梨佳さんが目を覚ました。
「う......ん、俺ここは?」
「あれ、陸さん。悪魔はどうなりました?」
「お疲れ様です。悪魔祓いは成功しました!」
「悪魔祓い!」
「そうなんですか! ありがとうございます。ただ、この腕についてるこの赤い液体なんですか? まさか......血?」
「う......」
妹はまるでトマトのように顔を赤くした。
他人に自分の口に含めたトマトジュースをぶっ掛けるという行為が恥ずかしかったようだ。
「訳あって、私がトマトジュースをぶっ掛けました。悪魔祓いの一環です。ご了承ください。」
俺は適当に嘘を吐いた。
妹が「り、陸......!」とキラキラした目で俺を見つめてきた。
よし。追加でバイト代を貰うとするか。
「本当にありがとうございました。陸さん、有住さん。ところであの......」
友梨佳さんが何か言いたげな顔をしている。
「なんですか?」
「二人は恋人なんですか?」
「ちょ! な!? 違います! 恋人じゃありません! こ、こんなやつ......全然好きでも何でもないんですからね!」
妹が全力で否定した。
「おい、なんでそんなツンデレ系ヒロインみたいなセリフ言うんだ、お前は。実は私たちは兄妹で、私は、妹の手伝いでここでしょうがなく! しょうがなく働いています。」
「んな! り、陸の馬鹿! 悪魔! シスコン!」
妹は起こった様子で自分の部屋に戻ってしまった。
「お二人は兄妹だったんですね。とても仲好さそうで恋人同士にしか見えませんでした」
「はぁ......そうですか」
俺達が仲良く見えるのか......変わった感性をしているな。
「それじゃ、私達これで帰りますね。陸さん、ありがとうございました。」
友梨佳さんと勉君が帰って行った。
俺は機嫌を直してもらうために妹のところへと向かった。
やれやれ、めんどくさそうだ。
「おーい、有住。言い過ぎたよ。機嫌直してくれ。」
謝罪の言葉を妹に伝えた。謝罪のレベルに達してない気がするが。
「陸は、ここで働くの......いや?」
なるほどな。俺がしょうがなく働いてるって言ったのを気にしていたのか。
ここで働いていると、妹の我儘に振り回されるし、危ないこともある。
だけど――
「嫌なわけないだろ。人の悩みを解消できる。やりがいのある仕事だって思ってるよ。それにな......」
「ん?」
「お前と一緒に働けるのは......俺しかいないだろ。」
「え! ありがとう......」
妹が顔を真っ赤にしてお礼の言葉を言ってきた。
多分、機嫌を直してくれたのだろう。
悪魔に苦しむ依頼者のために、今日も俺は仕事に励むのであった。