8 俺とハルカはふざけながら森を進んだ
遭難3日目。
俺達は未だ、森の中を彷徨っていた。
「んじゃ、俺から」
「どうぞ~」
彼女の呑気な言葉を歩きながら聞くと、俺は口を開いた。
「しりとり」
「リンチ」
「恥虐」
「苦痛」
「鬱病」
「ウイルス」
「ストーカー」
「金」
「ネグレクト」
「屠殺」
「・・・」
俺、思わず沈黙。
「どうしました?屠殺ですよ」
「なあ、1つ言っていいか?」
「何ですか?」
「このしりとり悲惨すぎるだろ!!」
「当然ですよ。だってネガティブしりとりですもん」
「いや、俺も疲れてたからついお前のしりとりに参加したけど、遭難してる時にこれやったら精神的におかしくなるわ!!!」
「ちっ、このまま頭が狂えばよかったのに」
「お前は悪意の化身か!!」
「え、この程度でですか!?」
「・・・僕、お前怖い」
俺はブルブルと震えてしまった。
「お前ぇ、怖いぃ~」
「クロロはこうして狂いに狂い、森で魔物の餌食になって、消化され排泄され、バクテリアに分解され、森の豊かさを支える土壌として活躍するのであった」
「つまり、俺が死ぬことを遠回りに言ってるんだな?」
「ふざけたり急に冷静にツッコんだり、クロロ本気でちょっと疲れてますね」
「多分、5割方お前の暴言のせいだと思う」
いや、冗談じゃなくてマジで。
「俺の精神ボロボロ、涙ポロポロ」
「逆に私ホロホロ」
「・・・ホロホロってなんだよ」
「葉や花などが静かにこぼれ落ちるさま・・・らしいですよ?」
「それ、主語に私って一人称使わないよな?」
「あ、あの葉っぱがホロホロ落ちてるよ?」
「無理矢理すぎる誤魔化しだ!!」
森の中心部で叫んだせいか、木々に音が反響してやけによく響いた。
ああ、もう。
いい加減森の景色にウンザリしてくる。
「・・・ところで、いつまでこの森歩いたらいいんですか?」
「俺に聞くなよ」
「食料も飲み水もないんですけど」
「俺に聞くなよ」
「・・・私の話、聞いてます?」
「俺に聞くなよ」
「バーカアーホ死ね死ねDQNの無職やーい!」
「おい!それは流石にボーっとして適当に言い返さないぞ!!言っていいことと悪いことがあるだろ!!」
「私に聞くなよ」
「えー・・・」
何その手のひら返し。
きついんですけど。
「・・・とにかく我慢するしかないな」
「やっぱり昨日殺した魔物を食料にすれば良かったんですよ」
「あんな深さの穴から、どうやってあの大きいハウンドタイプを運べばいいんだよ」
「クロロの気合と根性で」
「すごく他力本願な気合と根性ですね!!おかげで僕、感動しちゃいますよ!」
「うっわ!キモッ!この人皮肉言ったつもりでしょうけど、ただただキモイだけなの気付いてます?」
「キモくても、必死に歩く、君のため」
五七五で何となく言ってみた俺なのであった。
「良いこと言ってる風に聞こえますけど、実際歩くだけなら誰だって出来ますよね」
「おっしゃるとおりでございます」
「五七五にするなら、もう少しセンスの良いものにしないといけません」
「じゃあ、やってみろよ。言うは易く行うは難し、だぞ」
「貴方死ぬ、私は生きる、貴方死ぬ。はい、名句誕生ですね」
「これただ俺が死んでお前が生きるだけじゃん!しかも俺2回死んでるし!!」
「安心してください。貴方が死ぬのはおまけです」
「どこが安心出来るのか理解出来ないし!しかもおまけにしては、俳句の大部分を占めてるだろ!!」
「サービスです」
「そんなサービスは願い下げだ!!」
と言うかそもそもサービスじゃないし!
「くそぉ。もうこんな森で2人してアホな会話したくないんすけど」
「まったく、一体この小説の作者は、こんな危険な森で私達に何をさせたがってるんでしょうね?」
「そんなこと、ただの登場人物如きが知るわけないだろ?」
「だってですよ、私達が街を出た時点で森の描写に移動するんじゃなくて、そのまま目的地の街へ場転すれば良かったんですよ。そうすればだいぶ楽が出来たのに。なんで森で遭難なんていうメンドクサイ展開にしたんでしょうかね?」
「ま、神様は絶対だからなぁ」
「不満です。私は神に挑戦してやる」
「ほう?」
なんかいきなり面白いことを言い出したな。
「例えば、どうやって神に挑戦するんだよ」
「神は今も私達のことを執筆しているわけでしょう?」
「まあ、そうだな」
「なら、執筆を邪魔してやればいいんです」
「無理じゃね?」
「どうしてです?」
「お前が今、こうして神に挑戦しようとしているのも、結局作者がそういう風に執筆してるからだろ」
俺がそう言うと、彼女の表情が驚愕の色に染まった。
「わ、私は今も、神の手のひらの上で踊らされているということなのでしょうか?」
「残念ながら、な」
「では、神と接触して次の街へ場転させるという私の作戦は?」
「もう、現実とフィクションの壁を超えるのはやめような?」
「・・・も、もちろんここが現実ですものね?」
「そうだといいな」
「ホホホホ」
「ハハハハ」
お互い、乾いた笑顔なのであった。
そんな馬鹿なことをやっていると・・・
「なんか、さっきからチョロチョロと音がするな」
「クロロ、漏らしたんですか?」
「そんな下ネタなオノマトペは発していない!!川の音だよ、川の音!」
そう。
川の流れる清らかな音。
それに伴って、水の臭いも漂ってきている。
「ここで川を見つけて、それに沿って進めば・・・どうなる?」
「森を抜けて、いずれ人里にたどり着く!」
「すると俺らは?」
「生還快感ハルカ俯瞰!!」
「いや、俯瞰の使い方間違ってるだろ」
「イージーミスしちゃった、テヘペロ☆」
「テヘペロて・・・お前も古い天使だなぁ」
「古き良き時代を忘れない、清い天使とは私のことですから」
「どうとでも言ってろよ・・・」
そんなことよりも、この水音の発生源が気になる俺なのであった。
「ともかく、早く行くぞ」
「よしなに」
俺はハルカを連れて、水音がでかくなる方向へ足を向ける。
距離が近付いてきたのか、徐々に水臭さが濃くなっていく。
そして、数分後。
「川だ」
「川田さん?」
「・・・一応聞くけど、誰だよそれ?」
「3丁目の川田さん。知らないんですか?」
「言っておくけど、3丁目なんて住所の区域分けは、数百年前に廃れてるからな?」
「では、田中さんで」
「俺が指摘してるのはそこじゃないし!!」
「川でしょ川。そんなことぐらい分かってますよ、ジョークが通じないお人」
「へいへい、真面目さんで悪かったね」
俺はそう言いながら川を確認する。
横幅が20メートル弱の、かなりのサイズの川だった。
だが、深さもさほどない。
俺の腰ぐらいの水深程度だろう。
俺は川の流れている方向を確認すると、下流に向かって歩き出す。
それにひょこひょことついてくるハルカ。
「確か川って、下流に進むと海に出るんでしたっけ」
「そうだな。俺達が目指すのはシーリエ(旧称札幌)から、アドム(旧称石狩)だ」
「ああ、じゃあこの川ってもしかして、大昔に豊平川って呼ばれてた川ですかね」
「恐らくは。この大きさの川はここら辺ではそれしかないし」
「なるほど」
「シーリエとアドムはこの川で繋がってるから、下流に沿って進めば・・・」
「生還快感ハルカ召喚!!」
「さっきのに続いてまた間違ってるし!しかも召喚って何を呼び出す気だよ!」
「アインシュタイン?」
「ここに20世紀の物理学者を呼んだところで、一緒に飢え死にするのがオチだよ!」
「ならば、モーツァルトで!」
「頼むから、呼ぶならサバイバルの達人にしてくれ。しかも、そもそも召喚は数百年前に出来なくなってるし」
「説明しましょう!召喚とは、遠くにある物質や生物を自分の元に一瞬で呼び寄せる、超便利な昔の技術なのである!」
「・・・読者への説明どーも」
「ノープロブレムです」
なに、お互い説明いらずの以心伝心っぷりは・・・
「そうなんですよね。昔の悪魔の世界みたいに転移が出来たら、こんなに歩かなくても済むのに」
「でも、悪魔と天使と人間の世界が混ざってからは、もう俺達が使ってる魔法以外は使えなくなったからなぁ」
「全く、不便な時代に産まれたものです」
そうだな、と俺も共感する。
命は産まれる場所と時代を選べないし。
でも、例え便利な時代に産まれたとしても、俺達は不満を持って生きていただろうな。
「昔は昔。今は今、だな」
「それで良いこと言ったつもりかね?浅ましき人間よ」
「難しい言葉使いを使えば、偉くなったと思うのかね?思慮の足らぬ天使よ」
「ま、私は私です。貴方は貴方です」
「俺の言葉、微妙に盗んでるじゃん!」
「ふふ、私のことは怪盗3世と呼んでください」
「また大昔のアニメ知識を披露しやがって・・・」
ある意味で尊敬出来る、下らない知識であった。
「もう、話しすぎで喉カラカラです。クロロのせいですよ」
彼女はプリプリしながらしゃがみ込み、川の水を片手でひとすくい。
それを口に近付けようとした。
「その水、飲まない方がいいぞ」
「なんです?プルトニウムでも川の中に入ってるんですか?」
「流石にそこまでぶっ飛んだ物質が川に混じってるわけないだろ!!!」
「なら、ウランかトリウム?」
「とりあえず核物質のカテゴリーから離れません?」
この時代に核兵器が存在しないことをいいことに、言いたい放題だなこいつ・・・
「では、何が入ってるんですか?」
「この川、シーリエからの生活排水がどっぷり混ざってるんだ」
「・・・毒?」
「普通に混じってるだろうな。しかも、動物や魔物の糞便とかも色々混ざってるんじゃないか?」
「・・・オボロロロロロロロロロロ」
「と、冗談でも声だけで吐いた演技をしないように。目の前の読者は本当にリバースしたとか信じちゃうぞ」
「はーい!」
こやつ、本当に読者との垣根を超える荒業を仕掛けおるわ。
「今は自然保護とか全く気にしない方針だから、自然汚し放題だ」
「この星、もう死んじゃってますしね」
「街の周辺に張ってある命の膜がなきゃ、今頃ここら辺も枯れた大地が広がってるんだろうな」
街や都市なんかの人口が集まってる場所は基本、命の膜と呼ばれる魔法で周辺の寒冷化現象から保護されている。
この星は年々気温が低下しているのだ。
それも、急激に。
この星はもう、自然保護活動で回復出来る汚染レベルをもうとうに過ぎてしまったという。
ポイントオブノーリターン。
過ぎてはいけない境界点は、俺達の産まれる前に踏み越えてしまった。
今いる森が暖かいのも、命の幕が守ってくれているおかげだ。
だが、一歩この膜を超えれば、一気に自然環境が減少し魔物だけがうろつく危険地帯へ様変わりしてしまう。
だからここはまだ、比較的安全な場所だと言える。
「もう数十年前から、虫も殆どいなくなりましたもんね」
「お前にとってはそうだけど、俺からしてみれば産まれた時から虫がいない状態だったって感じだ」
「ある意味、羨ましい人ですね」
「なんでだよ」
「今はあのGと呼ばれる虫ぐらいしかお目にかかれないでしょう?」
「だな。あの気持ち悪いGだな」
「そうそう。でも、私がまだ子供だった時にはムカデや蛾とかが生きていたんですよ」
「ああ、知ってるぞその虫。Gとはまた違った気持ち悪さがあるな」
「実際に見たら、おぞましさ数倍です」
「お前がそこまで熱心に言ってる時点で、そのおぞましさは十分分かったよ」
でも、正直実際に見てみたかった感はぬぐい切れない。
だって俺も男の子だからな。
「虫がいない、ねぇ・・・」
森とは本来、命の音が騒々しいぐらいに聞こえてくる場所だと聞いたことがある。
でも今は、虫の1匹も滅多に見つけられない。
見ることが出来るのは、過酷な環境でも生き残るタフさを備えた魔物ばかりだ。
だから、俺は本当の森というものを知らない。
そんなことを、寂しいと思うのは変なことだろうか?
俺はそう思いつつも、魚も泳がない汚染された川に沿って歩いて行ったのだった。