6 俺とハルカはお買い物をした
ガヤガヤガヤと辺りが騒がしい。
人や悪魔、天使達の往来する音だった。
それもそのはず。
俺とハルカはデパートの中へ来ていた。
彼女が持っていない旅の必要品を揃えるためだ。
「When the night has come
And the land is dark
And the moon is the only light we see
No I won't be afraid
Oh I won't be afraid
Just as long as you stand
stand by me…」
「うーわー(ドン引き)」
「いやいやいや!!横からスッと気配を消して近付くなよ!」
俺が優雅に歌っていると、急に横から忍び寄る天使1人。
もちろんそれはハルカであった。
「1人で勝手に黄昏ちゃって恥ずかしくないんですか?しかもデパートの中で」
「待て、言い訳させてくれ。これから俺達一緒に旅に出るだろ?だから無性に嬉しくなって、旅の情景が思い浮かぶ歌をつい歌ってしまったんだ」
「きもいきもいきもいきもい」
「やめれ!十分変な行動だってのは分かってるから!俺を虐めるのはやめてくれ!」
「と、言うのは冗談です」
「・・・きついっす」
いや、俺が油断したのが悪いのは分かってるが・・・
「それにしても、数百年前の黒人霊歌をよく知ってますね」
「厳密には、そのアレンジ曲だけどな」
希望の家の建物は、この星が地球と呼ばれていた頃からあったらしい。
その時代からたまたま残っていた遺物の中に、この曲のCDがあったのだ。
「ま、そんなことよりも必要な道具は揃えたのか?」
「それがですね、何が必要なのか全然分からないんですよ」
「・・・じゃあ、俺が1時間店の入り口で待っている間、何をしてたんだ?」
「展示してあったシュラフ(寝袋のこと)があったので、それで寝てました」
彼女は何の悪気もなく、1時間も店の外で立っていた俺にそう言ったのだった。
「一緒に選んでくれます?」
「・・・そうするしかないだろ」
俺は呆れながらも、こいつに付き合ってやることにした。
まず俺は、バックパックコーナーへと移動する。
こいつに必要なのは、道具や食料を持ち運び出来る物だからだ。
「じゃあ、まずバックだな」
「わー自転車なんか売ってますよ!」
「なに無視してるんだよ・・・っておい!店内で自転車に乗るな!」
「乗る気分を味わってるだけですが、何か?」
「何か?じゃないよ!気分どころか実際に乗っちゃってるし!」
「自転車に乗ってるだけじゃねえかよああん!?あたしが悪いってのかよああん!?」
「逆ギレされても困るのですが・・・」
キレキレの彼女に対し、たじたじな俺なのであった・・・
「で、これがバックパックですか」
「お前、本当にコロッと態度変わるよなぁ・・・」
「別にバックパック買わなくても、私のリュックじゃ駄目なんですかね?」
俺のセリフは無視っすか・・・
「お前のリュックはキスリングだろ?何百年も前のリュック使ってたら、色々不便だぞ?」
「ぶっちゃけ今買おうとしてるアタックザックだって、数百年前のリュックじゃないですか」
そう。
彼女が言った通り、俺達が今買おうとしているのはアタックザックである。
キスリングは横にでかいリュックで、色々と不便な点が目立つ。
例えば登山をする時なんか、岩にリュックをぶつけてしまい裂けることがあるのだ。
ここでアタックザックが役に立つ。
このリュックは縦に長く、岩に引っ掛けることが少ない。
おまけに収納もしやすい。
旅に出るならば、こういった細かい点も重要になってくる。
特に、魔物のうろつく土地を歩くならば。
では何故、数百年前には使われていたアタックザックが、今の店でも売られているのか?
それは”人間の技術”が数百年前から大した発展もなく、そのまま維持されてきたためである。
ちなみに、その数百年前ってのは人間と悪魔と天使の戦争が始まった時期と重なる。
「でもま、それがとにかく1番なんだよ」
「なになに?俺が1番クールでイケメンなんだよこの下種野郎、ですって?」
「そんなことは一言も言ってないからな?目の前の小説を読んでいる読者に俺のイメージダウンを狙ってるんだろうが、全部無駄だからな?」
「うわー引くわー。この人深読みしすぎてメタ発言してるわー。クロロちゃんは被害妄想がお強いみたいですわー」
「・・・いくら何でも、年下にクロロちゃん呼ばわりはされたくないぞ」
「じゃあクロロは今何歳?」
「20歳だ」
「私、66歳です」
「・・・リアリィ?」
「イエス、オフコース!」
「ま・じ・か!!!」
こいつ、すごい童顔だから全然年下かと思ったのに!!
「人間換算で、今22歳ですかね」
「そういえば、天使は悪魔と寿命はそんなに違わないけど、見た目はあんまり変わらないんだもんな」
「まあ、普通にロリババアとかいちゃったりしますからね~」
人間の寿命はぜいぜい100年くらいなのに、羨ましいことだ。
しかも魔法なんか使ってしまえば、みるみる内に寿命が減ってしまう。
だから人間のおじいちゃんおばあちゃんは、この世界に殆どいなかったりする。
「ってことで、私年上です」
「・・・言っておくが、年功序列なんかとっくのとうに廃れてるんだからな!」
「はいはい、言い訳言い訳~」
「ぐぬぅ。何故か凄まじい敗北感が・・・」
「相変わらず器の小さな男ですね。この調子だと、男の男たる男の象徴も小さいのでしょう」
「おいおいおい、舐めるなよ?器の大きさはともかく、俺のシンボルはすごいぜ?」
俺がそう言うと、彼女はニヤリと笑って近くにいた悪魔の男性に声をかけた。
「あの、すいません。そこの人間の男にセクハラされてて・・・」
「ちょっと待て!誤解を招くようなことを言うな!!」
「ピーーーーとか、ピーーーーみたいなことを耳元で囁かれてしまって・・・」
「そんな規制音が発生するようなことは言っていない!!」
「器の大きさはともかく、俺の男はすごいぜ?って言ったじゃないですか」
「その前のお前のセリフを見ような?目の前の読者の視点的には、ちょっと画面を上にスクロールすれば、お前の方からこの話題を振った証拠が出てくるんだからな?」
「それは無理ですね。この物語の登場人物である限り、ヒロインのセリフは絶対に見えませんもん」
「はっ、お前がヒロイン?もしそうだったら、御年325歳のルフェ先生は許嫁のポジションだわ!!!」
「いやいや、私ルフェ先生なんて知りませんし」
俺達が仲睦まじく?言い合っていると、悪魔の男性は呆れてどこかへ行ってしまった。
・・・何だか、申し訳ないな。
「あ、呆れて悪魔の男性さんがどこかへ行っちゃったじゃないですか。何やってるんですか!」
「今のセリフだけ聞くと俺のせいっぽいけど、お前が悪いんだからな?」
「責任転嫁はかっこ悪いですよ?」
やばい。
ああ言えばこう言うの繰り返しだ。
エンドレススパイラルだ。
さっきから周囲の客の目線が痛ましい。
こうなれば、仕方ない。
「・・・分かったよ。俺が悪かった」
「えー。そこで終わったらつまらないじゃないですか!」
「おのれは退屈しのぎのために俺をセクハラ扱いしたのかい!!」
一歩間違えば性犯罪者なのに・・・
「とにかく、ちゃっちゃと必要な物買うぞ!」
俺はハルカの腕を掴み、引っ張っていく。
「いや~ん」
「変な声出さない!」
「ぎゃああああ!!!」
「叫び声も出さない!」
「うえええええん!!!」
「泣き声も出さない!」
「おぎゃあ!おぎゃあ!」
「お前、やってて恥ずかしくないのか?」
「正直恥ずかしいデス・・・」
ハルカ、ちょっと赤面。
そんな彼女に少しドキッとしてしまう俺がモウレツに悔しい・・・
「ほら、さっさと選ぶぞ」
そんな騒がしい感じで、俺達は旅の支度を整えたのだった。
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「のうのう、ハルカさん」
「なんですかいのう、クロロじいさんや」
「所持金は今、おいくらですじゃ?」
「丁度1ドルですよ、クロロじいさん」
「ほっほっほっ。最初は1000ドルあったのに、もうそれだけしかないのかい」
「いえね、シ〇ネルのレザーバックパックがあってねぇ。殆どのお金をそれについつい突っこんじゃったんですじゃ」
「わしの前から勝手に姿を消して、しかもわしに先んじて買うほど欲しかったんかいな?」
「クロロじいさんのチョイスしたリュックが、あまりにもセンスなさすぎてねぇ」
「・・・(ニコニコ)」
「・・・(ニコニコ)」
先ほど買い物をしたデパートの前。
両者、歪んだ笑顔なのであった。
「・・・旅に必要っすか?その小さなシャ〇ルのリュック」
「オシャレで可愛いでしょ(*´▽`*)」
「(´・ω・)」
俺は無言でガンガン地面を叩く。
明らかに作られた笑顔に対して、一瞬でも許してやろうとか考えた俺がいたからだ。
これから長い旅になるってのに、〇ャネルのリュックって・・・ないだろぉ・・・
・・・ないよな?
「今、俺が何を言いたいか分かるか?」
「全力で浮気がしたい?」
「この場面で浮気なんて考えもしなかったわ!!しかも彼女なんていないし!!」
「そうですよね~。こんなどーてー男に彼女なんて出来るわけないですよね~」
「すごい余計な一言ありがとうございますね!!」
「あらあら?どーてーの部分は否定しないんですね?どこまでも経験不足な悲しい男だったんですね。同情しますよ」
彼女は途端に悲し気な表情になり、俺の肩をポンポンと叩く。
・・・俺、地元に帰っていいっすか?
あまりにも情けなくて、もうこの小説の物語が終わりでもいいような気がしてきた。
「ささ、ではでは出発しますか!」
「どーてーの俺と一緒にかよ?ああん?」
「すごい卑屈になりましたね。クロロのメンタルレベルが今分かった気がしますよ」
「俺の底が知れるってか?ああん?どうせ俺は、どーてーで一文無しで無職で孤独でどーてーでブサイクでどーてーで未来がねぇよ」
「そんなことまで言ってませんって。しかもどんだけどーてー言ってるんですか。コンプレックスですか」
「・・・コンプレックスは劣等感って意味じゃないぞ。何かに愛着があるって意味だぞ」
「お、私に対してツッコミをいれるぐらいには持ち直しましたね」
「お前の滅茶苦茶な言動のおかげで、今も精神がすり減ってますがね?」
「良いではないか、良いではないか」
「何もどこも全然微塵も全くこれっぽっちも良くないわ!!」
「いえいえ、お礼なんていいんですよ」
「・・・そっすか」
もうどうでも良くなってきたし・・・
「ささ、ではでは出発しますか!」
「マウス操作1回分のスクロールで戻ったつもりか?少し前と全く同じ発言だぞ」
「さあ、そんなこと知りませんが?」
こいつ、メタ的な発言は知らぬ存ぜぬを貫けばいいと思っていやがるな?
「いつかお前、作者によって消されてしまうぞ?」
「メタ発言をするクロロも例外じゃありませんよ?」
「フフフフ・・・」
「ホホホホ・・・」
先ほど買い物をしたデパートの前。
両者、歪んだ笑顔なのであった。
「・・・不毛だ」
「では、行きますか?」
「不満ではあるが、しょうがない・・・」
こんな感じで。
或いはそんな感じで。
俺達はこの街を出発したのであった。