5 俺と天使は自己紹介をした
あらすじ。
路地裏で天使娘と出会い、なんやかんやした結果、俺は奴隷となった!
「はむはむもしゃもしゃぱくぱくごくごく!!」
「・・・すごい食いっぷりですね、お兄さん」
「しゃこしゃこぱりぱりざぶざぶちむちむ!!」
「はい、水です」
「ごっきゅ、ごっきゅ!!」
バンッ!と俺は水の入ったコップをテーブルに置いた。
「・・・やばい。美味しすぎて感動するわ」
俺は久々の食事に満足していた。
空腹は最高の調味料とはよく言うが、俺の場合、餓死寸前は究極の快楽と表現出来るだろう。
「お兄さん。グッテイス?」
「グッテイス!!」
パンッとハイタッチを交わす。
彼女の既知外なテンションに合わせてやってもいいと思えるほど、今の俺は気分がいい。
今、俺達は中華料理の店に来ていた。
全部彼女がおごりの条件で、時間無制限のバイキングを楽しんでいたのだ。
代償として、俺が奴隷になることを決めたことと引き換えに、だが。
「んじゃ、そういうことで」
俺はそそくさと店を出て行こうとするが、ガッシリと肩を掴まれる。
ちっ、そう簡単に騙されてくれないか。
「おお、ジュリエット。その手を放しやがれ」
「まあロミオ。今ここで逃げたら、地の果てまで追いかけて毒殺して差し上げますわ」
「その後は君も私の死に嘆いて、後追い自殺をしてしまうのかい?」
「いいえ。あなたが死んだ後、ノコギリで斬首して頭が腐るまで見世物にしてお金を稼ぎますわ」
「怖いよ!!ジュリエットはそんなことしないよ!!!」
思わず本気で後ずさり。
俺から始めた悪ふざけだが、恐ろしい悪意を感じたのでここでギブアップだ。
「そんなに怖いなら、ハムレットでもマクベスでもオセロでもリア王でもいいですよ?」
「全部バットエンド確定の作品!!」
「自己流に結末をアレンジして、死に方を✖✖✖✖にする予定です」
「作者のシェイクスピアさんも真っ青の最後すぎるだろ!!」
具体的にどんな死に方なのか、教える気も失せる死に方であった。
「逃げるの、ダメ、ゼッタイ」
んな昔の薬物乱用防止っぽく言わなくても・・・
「奴隷は普通に嫌です」
「じゃあ、バイキングのお金全部払ってください」
支払い済みのレシートをビシッと突きつけられる俺。
しめて、200ドルな~り~
「払えませぬ」
「じゃあ奴隷」
「考えてみたら、奴隷は普通に違法じゃん」
「ホームレスはアウトローっぽくなくちゃいけません」
「無法者として社会から排除はされたくないし。しかもホームレスの印象が悪くなるから、そのセリフはやめい」
「でも奴隷。され奴隷。やれ奴隷。さあ奴隷」
「聞く耳持たない気かよ!」
「ド~レ~イ!はいド~レ~イ!はいド~レ~イ!」
「コールしても無駄です」
鉄の意志で催促を断る俺。
このまま逃げ切れば・・・
「しくしく、この人私を騙したのね。うえ~ん」
と、顔を隠して天使娘が泣き声をあげた。
周囲の客が、俺達を一斉に見始める。
おいおい・・・
「分かった分かった!だから泣くのはやめてくれ!」
「じゃあはい、これ契約書です!」
「嘘泣きかよ!」
「でも、悲しかったのはホントです」
・・・嘘だか本当だか分からねえよ。
にしても、これはしつこい。
何かに執着でもしなければ、こんなに迫ってはこないだろう。
「・・・真剣な話、聞いていいか?」
「ん、それ答えたら、奴隷になってくれますか?」
「答えの内容による」
「えー」
「答えなきゃ、絶対に奴隷にはならん」
と、強く決意して俺は言ったのだった。
俺の意思が伝わったのだろう。
彼女の雰囲気が変わったような気がした。
どうやら真剣モードっぽい。
「どうしてそんなに奴隷を欲しがるんだよ?今の時代、奴隷なんかいてもしょうがないだろ」
今は昔とは状況が違う。
奴隷なんかいても、デメリットばかりが出てくるのだ。
この世に魔法がある限り、それは絶対に変わらない。
「・・・じゃあ、笑わないでお兄さんも聞いてくれますか?」
「お前がふざけない限りはな」
一応釘を刺しておく。
そんな俺に少しだけ笑ってから、彼女は衝撃的なことを俺に言った。
「私、魔法が使えないんです」
「・・・うそ~ん」
「ほんと~ん」
「・・・マジか」
「マジっす」
彼女は何故か正拳突きをしながら、そう答える。
「何で魔法を使えないんだ?」
「全然よく分からないんですよね。産まれつきこうだったんですよ」
ってことは・・・
「お前がホームレスなのって、魔法が使えないから?」
「そうなのです。マジックをレスったせいで、ホームをレスってしまったのです」
「家族は?」
「ファミリーも去年レスっちゃいました。だから私、1人なんです」
「・・・」
家族がレスった。
つまり、そういうことだろう。
深くは聞くまい。
俺も親のいない気持ちは、そこら辺の奴らより分かっているつもりだから。
「魔法が使えなくて、家族もいないのか」
「数か月ぐらいホームレスやってたんですけど、もう限界みたいでして、へへ」
苦笑い。
それは決して笑いごとなんかじゃなかった。
でもきっと、本人がそのことを1番理解しているはず。
孤独というのは、誰が何と言おうと辛いものなのだから。
「で、そろそろ限界かな~と思っていたところに、お兄さんが現れたわけです」
「それでスタンガンかよ」
「或いは10キロダンベルを腹に落とすのでも良かったんですが」
「おのれは鬼畜か!!」
「やだな~、このタイミングで褒めないでくださいよ」
「お前の鼓膜は腐ってるのか?」
いかん。
いつもの会話の流れに戻ってきておるわ。
「それでも、奴隷契約はダメですか?」
「・・・お前の場合、本当に必要なのは奴隷じゃなくて、ビジネスパートナーとか仲間じゃないのか?」
「でも、ちゃんと約束しても逃げます」
「・・・」
「もう、裏切られるのは嫌なんですよ」
ああ・・・
今、分かった。
コイツは寂しいんだ。
俺と一緒だ。
「私、前にもお兄さんみたいな人に声をかけたんです。その人は旅芸人で、自分の魔法で将来活躍する子供の心を豊かにすることが、自分の社会貢献だって言ってた悪魔なんです」
「・・・」
「それでね、私もその人のお仕事に携わって、それなりに楽しい毎日を過ごしてたんです。けれど彼は、しばらくして次の街へ行ってしまいました。ここの子供達だけでなく、世界の子供達にも自分の芸を見せたいと言って」
彼女の声が悲しみの色を帯びる。
純白の布生地が青色の空に透かされるように、心の奥にある本当の色をちょっとだけ見た気分。
「一緒について行きたかったんですけど、止められちゃいました。何せ私、魔法が使えないので。道中魔物に襲われたら危ないですもんね。仕方ないことですもんね。だから、私・・・私・・・」
「・・・もういいよ」
俺はそれ以上聞く必要がないと思った。
かわいそうだからとか、同情したからとかいう理由じゃない。
「・・・俺も旅をしてる」
「知ってます。荷物、多いですもんね」
「だから、移動もする」
「分かってます」
「それでも俺に声をかけたのは・・・寂しかったからか?」
「ははは・・・恥ずかしながら・・・」
・・・魔法を使えない存在はこの世界に産まれない。
この世界の常識だ。
だから彼女がホームレス生活をしているのは、あくまで自分の選んだ道なのだと思われている。
けど、辛いよな。
魔法が使えないなんて、周囲の必死に生きている奴らには言えないよな。
俺は魔法を使えるけど、使いたくはない。
その点で、俺と彼女は似ている。
どうしようもない境遇。
けど、仲間外れ同士で寄り添いあえたら、どれだけ励まされるだろう?
俺が希望の家で感じた孤独を紛らわせる閉鎖したものではなくて、みんなで支えあい、まだ見ぬものを一緒に見ること。
それは俺が夢見た家族みたいなもので・・・
「俺は奴隷になる気はないよ」
「・・・そう・・・ですかぁ」
俺はキッパリとそう言った。
「主人と奴隷なんて関係、絶対にいつか破綻するに決まってる」
「ですよね」
彼女の心が萎んでいく。
活力という見えない空気が、心の傷から逃げているのだ。
心の風船は脆いものだ。
ちょっとしたことですぐに破けてしまう。
そして明後日の方向に飛んで行って、人生に迷ってしまうのだ。
だからフワフワと迂闊には浮けない。
ちゃんと、強くならなきゃな。
「だから奴隷じゃなくて、”家族”になるならいいよ」
「・・・はい?」
キョトンと彼女。
言っている意味が分かってないのか?
「家族ならいいぞ」
「家族って、あの家族ですか?」
「そう、あの家族だ」
「ファミリー?」
「ヤクザとかマフィアって意味じゃないからな」
「カイゾク?」
「イはいらないです」
「・・・本当に?」
「ああ。お前が嫌じゃなければな」
彼女は・・・もう悲しみの色を見せてはいなかった。
青空の奥、太陽のオレンジを心に渦巻かせていた。
瞳の色がそう言っている。
「勝手にどこかへ行ったりしないですか?」
「お前がどっかに行かない限りはな」
「唐突にお別れだなんて、悲しいことは言いませんか?」
「ああ。んなことは言わない。俺もそういうのは嫌だからな」
「悩んだら、相談事に乗ってくれますか?」
「乗ってやるし、俺も相談する」
「ボケたらツッコんでくれますか?」
「それは時と場合によります」
「ちゃんと”家族”、してくれますか?」
「おう。任せろ!」
俺は彼女の手を取る。
天使の手は華奢で、すぐ壊れてしまいそうで。
思わず庇護欲に駆られてしまいそうで。
「ヒュー!!いいぞいいぞぉ!!!」
「カップル成立おめでとぉー!!」
「これから同棲生活頑張れよ!!」
「人間の兄ちゃん、天使の嬢ちゃん泣かすんじゃねえぞ!!」
「キスしちゃうの!?キスしちゃうのー!?」
「いいなぁ、羨ましい!!」
「ヒャッホウゥゥ!!!」
・・・周りの客が俺達に勘違いした祝福を送っていた。
ここが中華料理店で、周囲に客がいるってこと、すっかり忘れてた・・・
と言うかみんなノリノリすぎるだろ。
「・・・代金はもう支払ってるもんな?」
「・・・ですね」
「そしたら逃げるか!!」
「私も賛成です!」
「よっしゃあ!!!」
俺達は一気に立ち上がる。
そして店の外までノンストップで走りだした。
客がもっと騒ぎ出すが、もう止まらない。
俺達は、今から”家族”だ!
「そういえばまだ、自己紹介まだだったよな?」
走りながら俺は聞く。
「俺の名前はクロロ!お前は?」
「私はハルカです!」
「んじゃ、ハルカ!一緒に行くか!」
「どこへですか?」
「どこへでもだ!それが旅ってことだろ!!」
「・・・はい!!」
行こう。
どこまでも。
限界まで。
俺達が果てるまで。
世界を見てこよう!!
こうして俺達は客の祝福に包まれながら、まだ見ぬ向こうへ向かって走り出したのだった。