4 俺は路上で天使と勝負した
・・・ホームレス。
公園、路上を生活の場とする人々。
一定の住居を持たない者。
そう定義されている。
「・・・おい」
「何ですか?お兄さん」
「これが仕事か?」
「イエ~ス。ジョブジョ~ブ」
「リアリィ?」
「ダイジョ~ブ」
・・・全然上手くないからな、それ。
「まあ、こういうのも良い人生経験じゃないですか」
「こういう経験をしたくないがために、みんな働くんじゃなかろうか」
「あ~もったいない。私達今、超貴重な経験してますよ?」
そう言って彼女は、目の前のフタが開いた空き缶に目線を移す。
そしてその瞬間、缶の中からチリンと硬貨の弾ける音がした。
金が投入されたのだ。
・・・俺達の前を通る、通行人から。
「やった!5セントコインをガッチャしましたよ!」
「5セントコインじゃ何も買えねぇよ」
「1時間かけて、5セント・・・ウキウキしますね!」
「いやいや!ただの物乞いでウキウキする奴がどこの世界にいるんだよ!!」
俺は思わず声を荒げてそう叫んでしまった。
目の前の歩道を歩く通行人に注目されてしまうが、もうどうでもいい。
とにかく今は、物乞いを仕事と宣うドアホに何か言ってやらなければ済まないのだった。
「物乞いは仕事じゃないし、1時間で5セントとかパン一切れ買うのに後どれくらいかかるか分かったものじゃないし、全然ウキウキしない!!!」
そう。
このふざけたホームレス天使の言う魔法のいらない仕事とは、ただの物乞いだったのだ!!
「魔法いらないどころか、労力もなにも全てがいらないよ!!」
「労力はありますよ。ずっと缶の前で座って耐える精神力です!」
「それ、労力違う」
「じゃあ労力あれば仕事なんですか!!どうなんですか!?」
「返答に困ったら逆ギレかよ!!」
でも、実際大勢の一般人の前でただじっと恵んでくれるのを待つだけなのは、惨めだ。
人間や天使、悪魔の憐れみを込めた視線がさっきから痛い。
「ダメだ。物乞いは惨めすぎる」
「じゃあ、ジョブチェンジしますか?」
「だから物乞いはジョブじゃないって言ってるだろうに・・・」
「では・・・空き缶集めはどうですか?あれはホームレスのジョブ、略してホームジョブの中で1番収入が良い仕事なんですよ」
「レスが抜けただけのせいで、ただの在宅ワークの意味になってるからな?でも、空き缶集めか・・・」
俺も聞いたことがある。
今の世の中、空き缶をまとめて引き取ってくれる業者が存在しているらしい。
リサイクル業者なんかがそうだ。
「じゃあ、最初っからそれにすれば良かったんじゃないのか?」
「私、動くのメンドクサイですし」
「・・・お前は本当に天使なのか?」
そう疑問視してしまう程の、頽落っぷりだった。
「私、顔が美人だからアイドルにでもなろうかしら?」
「顔だけアイドル級なのは認めてやる」
「あ、褒めてくれるんですか!嬉しい~」
いえ?
皮肉ですが?
「いえ、皮肉ですが?なんて考えてることぐらい、私にだって分かります」
「エスパーだな、お前」
「お兄さんはアホですか現実逃避してるんですかこの世にエスパーなんかいるわけないじゃないですかもう少し大人な発言をしてくださいよ恥ずかしい」
「・・・そこまで言う必要なくね?(涙目)」
「基本です」
どこの世界の基本か全く分からないんですが・・・
「まあつまり、アイドルだからこそ、見た目と中身のギャップが必要なんですよ」
「違いすぎても問題だけどな」
「何か問題があれば全てお兄さんに押し付けます」
「あなたは鬼畜ですね」
「いやぁ、それほどでも~」
「褒めてないし!!」
これまた大昔のアニメのネタを持ち込むなよ。
「ということで、アイドル活動、してみませんか?」
「今の世の中でアイドルかよ」
今は一刻も早く星間移動の技術を確立しなくちゃいけない時代だ。
世の娯楽はめっきり減った。
まず、芸能人なんてのはいないし、アイドルや俳優女優もスッパリ消滅した。
せいぜい残っているのは、作曲するアーティストかニュースキャスターくらいだ。
今の時代の奴らに、過ぎた娯楽はもう必要とされていないのだ。
いや・・・だからこそか。
「で、具体的に何をするんだよ?」
「路上ライヴです」
「・・・実際にそういう輩はいるけど、俺らで出来るのか?」
「私の美声を舐めないでください。かつてベートーベンすらも称賛した私のヴォイスを」
「ベートーベンは大昔に死んでるし、しかも聴覚障害で音が聞こえないから美声も聞きようがないだろ!!」
「では、モーツァルトで」
「適当だな・・・」
でも、今までこいつの地声を聞いた限りでは、いけそうな気がする。
偉人がどうとかは置いておいて、だが。
「でも、俺は楽器なんて弾けないぞ。そもそも楽器もないし」
「じゃあ、一緒にアカペラで歌いますか?」
「俺、音痴です」
「・・・無能」
「・・・」
何も言えない俺が悔しい・・・
「ま、そしたら私1人で歌いますかね~」
「何を歌うんだよ?」
「楽器もないし・・・グレゴリア聖歌でも歌いますか?」
「確かに無伴奏ではあるけど、宗教音楽じゃん。それ歌ったらマズイだろ」
今の世の中で、宗教音楽はマズイ。
俺が産まれるかなり昔に、全ての宗教をこの世界から払拭するというルールが作られたからだ。
なので、ロー〇やらカ〇リックやらの聖歌を歌ってはいけないことになっているのであった。
今はみんな、生きることに必死になっている世界だから・・・
「・・・そしたら、私に考えがあります」
そう言って、彼女は小さなポケットから、小型のボロボロラジオを取り出した。
ぶっちゃけ、前世紀の遺物だった。
「これで音楽を流します」
「ほほう。別に生演奏じゃなくてもいいもんな。それで?」
「ラジオの中のアーティストが歌います」
「・・・お前は?」
「口マネします」
「ダメじゃん!!!」
俺は即座にツッコんだ。
「歌わないのかよ!!」
「だってメンドクサイです」
「堂々と言うな!俺が何だか悲しくなってくるだろ!!」
「それに、カセットテープに収録された声の方が、絶対上手いですよね?」
「モーツァルトだかに称賛されたお前の美声はどうしたんだよ!!」
「美声は鼻声に変わりました」
「鼻声はそんな読み方じゃないし!!」
「まあまあ、口パクでも成功を収めたアーティストさん達はいるじゃないですか」
「その分、パフォーマンスの度合いが半分くらいを占めてる場合もあるけどな」
「じゃあ、パフォーマンスはお兄さんの担当ってことで」
「・・・何をすればいいんだよ」
「全裸でフルマラソンお願いします!」
「社会から抹殺されるわ!!!」
「社会からの爪弾き者が何を言ってるんですか~」
事実ではあるのだが、こいつに言われるとかなりムカつく・・・
「じゃあ、全裸で逆立ちはどうです?」
「パフォーマンス以前にまず、全裸から離れろよ!!」
「そしたら下半身だけ露出して、バレエはどうです?」
「逆にそっちの方が社会的にマズイわ!!」
「ぐむ!なら、✖✖✖✖はどうですか?」
「おい!!規制が入るような表現はやめろ!!」
「では、ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーはどうでしょう?」
「規制の種類が違えばいいってものじゃない!しかも無駄に規制音が長すぎだろ!!」
まただ。
また、話が横道に逸れていってしまう。
もういい加減、ボケとツッコミは疲れてきたのだが。
「・・・俺はパフォーマンスなんかしない」
「なら、何をするんですか?」
「お前が歌を口パクして金を得るならば、俺は普通に空き缶拾いで金を得てやるし!」
「ほう?どちらがより多くの金銭を獲得出来るか、勝負というわけですね?」
「誰も競うなんて言ってねぇよ」
「でも、そうした方が楽しいですよ!!」
下らない・・・と言おうと思ったが、少し迷う。
だって、彼女の瞳はキラキラ楽しそうに輝いていたから。
この過酷な世界の中で、誰よりも楽しんでやろうっていう気持ちが俺にも伝わってくるから・・・
「・・・楽しいは、大切なことだよな」
「その通りです!」
「じゃ、勝負するか!」
「しましょうしましょうそうしましょー!」
俺、ふいに笑ってしまう。
彼女は最初から笑っていた。
通行人から見れば、なんて奇妙な男女の物乞いだろうと思ったことだろう。
でも、何故か今は気にならなかった。
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「勝ちましたー!!」
「・・・負けた」
今現在、夜の8時。
勝負を始めたのが、昼の12時だから、およそ8時間の勝負であった。
で、俺負けました、はい。
「私の獲得金額、1000ドルきっかり!」
「俺は・・・ゼロ」
「では、私の勝ちと言うことで」
「いや、勝利宣言をされる前に聞きたいことがある」
「負け犬の遠吠え?」
「何をどうしたら1000ドルなんて大金が8時間で手に入るんだよ」
彼女のおふざけを軽くスルー出来るぐらいには、本気で気になっていた。
「いえね、1人だけ私の熱狂的ファンになったオタクでデブなヒューマンさんがいましてね、その人がまるまる1000ドル空き缶に突っ込んでくれたんですよ」
「で、そのオタクは?」
「お金をもらった後、私が死ねって言ったら、泣いて帰っていきましたよ?」
「鬼や・・・鬼がここにおる」
「だってキモイんですもん」
「お前に罪悪感はないのかよ」
「ああいう人は、言葉攻めしたら喜ぶかと思って。てへ☆」
「悪意ある笑顔だな」
天使のくせに、なんて奴だ。
「じゃあ、次はこっちの番ですね」
「ん・・・」
まあ、こっちが聞いたのだから、聞き返されるのは当然か。
あまり言いたくはないが。
「何故にゼロドル?」
「・・・空腹で全然歩けなかった」
「ははははは!!!」
「大笑いするな!こっちは真剣に動けなかったんだぞ!!」
「あ~あ。だからパフォーマンスするべきだったんですよ」
「それは死んでもごめんだ!」
社会的に死ぬよりは、餓死した方が良いと思うのは、正常なはず。
そして俺はまだ社会に参加していないだけで、家族を作ったら社会貢献してやるのだ。
ガツンと、センセーショナルに。
「じゃあ、今のお兄さんは一文無しですね」
「否定は出来ない」
「そしてお腹ペコペコですね」
「否定は出来ない」
「じゃあ、お兄さんは私の奴隷なんですね」
「否定は出来な・・・くないだろ!何を言わそうとしてるんだよ!!」
「チッ」
「おい!今舌打ちしたな!」
「チッ・・・プがほしいなぁって言っただけですよ」
「言い訳にしては強引すぎる!!」
全くもって油断ならない天使だった。
「だって、このままじゃ本気で飢え死にしちゃいますよ」
「だからって何で俺がお前の奴隷なんだよ」
「もう、察し悪いなぁ」
少し不満げに彼女は俺に人差し指をさした。
「食料、恵んであげましょうか?」
「・・・見返りに奴隷になれと?」
「ピンポーン」
「・・・俺はプライドを捨てんぞ」
そのセリフと同時に、俺のお腹がぎゅるるらららららと、あり得ない唸り声をあげた。
「いやん。体は正直なんですね、テレッ」
「いや、卑猥な方向に話を持っていかなくていいよ」
「あら、リアクションが淡白ですね」
「空腹で俺のツッコミのキレが落ちてるんだよ」
「では、早く私の奴隷になったらどうですか?」
「・・・それは嫌ぎゅるららららじゅららららら(クロロの腹の声:奴隷になりますお嬢様)!!!」
「お腹はイエスって答えてますが」
「・・・」
すいません、ルフェ先生。
僕は家族を作りたかったのに、何故か既知外天使の奴隷になります。
・・・プライドなんか、捨てちゃえ!!
「食べ物・・・ください」
俺は、たった今この瞬間から奴隷になってしまったのだった。