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31 ルーナは俺達と話し合った

 「今後の話?」

 「そう、話よ」


 俺がオウム返しな返事をすると、彼女は再度強調してそう言った。


 「貴方達、処刑人に追われてるんでしょ?」

 「ああ、ヴァネールってやつに」

 「炎の処刑人ね」

 「知ってんのか?」

 「ええ、だって有名だもの。古参の処刑人で、私が処刑人として雇われた50年前には、既に怪物みたいな扱いをされていたわ」

 「・・・やっぱ強いんだな」

 「強いは強いけど、もっと強い処刑人もいるにはいるわ」


 ・・・本当かよ。

 ヴァネールを追い払うのに、あれだけ俺がリスクを背負ったのに。

 まだ強い奴がいるのか。


 「で、貴方達がヴァネールに襲われたのがここ、モントロール地区(旧称青森)から10キロ離れた湾岸。そこから漂流して、運良く私に助けられたと。ここまではいいかしら?」

 「ああ」

 「貴方達が襲撃を受けてから、日数にして4日。そろそろここまで追手の捜査が及んでくる頃合いだわ」

 「・・・ここがモントロール地区だってのは分かったけど、その中のどこら辺なんだ?」

 「国道4号線沿いの海岸よ」

 「じゃあ、海から遠く離れてないのか」

 「けど、すぐに見つかるわけじゃないから安心して」

 「でも、いずれは見つかるんだろ?」

 「その通り」


 彼女は嘆息して、窓の外を見た。

 柵で囲まれた庭。

 綺麗に手入れされたであろう植物が、惜しげもなく美しい花を咲かせている。


 「私は処刑人達から、裏切り者として認知されてるわ。だから彼らに見つかると困るのは、貴方達だけじゃない」

 「お前もか」

 「だから今すぐここを出ていけ、なんて言わないけどね」

 「・・・いや、早くここを出た方がいいだろうな」


 そうしないと、今度こそ殺されてしまう。

 ハルカとサリアの方を見る。

 不安そうだった。

 死の恐怖がこびり付いているのだろうか?

 PTSDみたいなストレス障害にならなきゃいいが・・・


 「だったら、私も付いて行っていいかしら?」

 「・・・はい?」


 肯定に見せかけた疑問形。

 クエスチョンマークの部分を強調しながら俺は首を傾げた。


 「何でそこで首を傾げるのよ」

 「俺達に付いていくのか?」

 「じゃないと殺されるちゃうわよ、私」

 「・・・あ、そうか」


 処刑人がここに来るなら、普通に彼女も危ないよな。

 何でそんなことにも気付けなかったんだろう?


 「それは、ごめん」

 「何で謝るのよ」

 「だってほら、俺達のせいでお前、迷惑してるじゃないか。ここから逃げるっていうし」

 「前にも話したじゃない。同じ身の上だから助けたって。リスクも承知の上で助けたのよ」

 「・・・本当に、助かる」

 「いいのよ。その代償として、貴方達には私と契約してもらうけどね」

 「・・・はい?」


 2度目の肯定に見せかけた疑問形。

 自分でやっておいてアレだが、ちょっと飽きた。

 彼女の反応も似たようなものだ。


 「貴方達に同行するにあたっての約束事よ」

 「約束事なんて決める必要あるのか?」

 「私が貴方達に付いていくと言っただけじゃあ、いつ私を裏切るか分からないでしょう?」

 「・・・裏切られた経験でもあるのか?」

 「・・・」


 彼女が一瞬だけ、胸糞悪い思い出を頭の中でフラッシュバックしてしまったような顔を見せて・・・


 「危険指定者の過去なんて、大概ロクなもんじゃないわ」


 と、苦々しくそう言った。


 「まあ、そうですよね」

 「うん、そうだね」

 「ああ、そうだな」


 ハルカとサリアと俺の混声が同時に発せられた。

 ソプラノとアルトとバスが組み合わさったことで、社会的に危険指定者がどういった者なのかが、お互いに明確になってしまった瞬間なのだった。


 「・・・あれ?ハルカ、お前魔法使えないんだったよな?なんで俺とサリアにハモった?」

 「いえ、何となく男女の混声合唱をしてみたくなりまして」

 「お前は何となく合唱がしたくてハモるのか!」

 「女子というのは、意味もなくそういうことをしてみたくなってしまう生き物なんですよ?」

 「世に生きる全ての女子達に、お前個人の感覚を均等に擦り付けんなよ・・・」


 相変わらずハルカはハルカなのだった。

 いや、シリアス風味だった空気が多少和んだからいいけども。


 「・・・話、戻していいかしら?」

 「あ、すまん」


 ルーナがやれやれと薄く笑いながら、カップの中に入っているコーンスープを口に含む。

 ・・・まんざらでもなさそうな感じだ。


 「とりあえず、私が約束してほしいことは3つあるわ」

 「3つか・・・」


 その程度だったら、と思わないでもない数。

 ま、内容によりけりだけども。

 てか俺、まだ契約に同意していないんだが・・・

 いや、助けてもらった上に、彼女の身が危なくなったのだから断る理由はないが・・・


 「まず1つめ。貴方達に同行中、私に対して故意的にかつ秘密裏に離別しようとしないこと」

 「それは大丈夫だ。わざとお前とはぐれたりしなければいいんだろ?」

 「そうよ。もし私が置いてけぼりにされて1人でいる時、処刑人に襲い掛かられたらたまったものではないし」

 「だろうなぁ」


 処刑人の戦闘力を考えれば、1人で対処するよりも集団で迎撃した方が良いに決まっている。

 彼女が俺達の同行中にはぐれたくないと言うのも、当然のことだ。


 「じゃあ2つめ。同行中は、お互いがお互いを様々な面で補助しあうこと。戦闘面でも、生活面でもね」

 「オーケー。こっちとしてもそれは助かる」

 「デメリットよりメリットのある提案私もしたいからね」

 「同感だね」


 わざわざ契約なんてややこしい形で俺達の旅に同行しなくてもいいんじゃないか?とつい言いそうになってしまったが、喉の中間辺りで言葉を飲み込んだ。

 彼女にも、傷はある。

 心の傷だ。


 だから、こうして回り道をする。

 お互いを知るために、チョン、とまずは指で触れ合って。

 指が絡み合うのは、その先だ。

 俺はそのことを知っている。

 ハルカもサリアも知っている。

 だからこんなややこしいことにも、疑問を持たない。

 俺達みたいな障害者は、身に染みて良く理解しているのだ。

 健常者には決して理解出来ないことを。


 「3つめ。これが1番重要よ」

 「おう」

 「私の同行がいつまで続くかは分からないわ。だから、期間もどれだけになるのか分からない。けど、私と貴方達が一緒にいる間は、ずっと守ってほしいこと。それは・・・私と敵にならないで。もう・・・本当の悪人でもない人を殺すのは、うんざりだから」

 「・・・大丈夫」

 「本当に?」

 「証明は出来ない。けど、口約束はしてやる。本気の口約束だ」

 「口約束・・・そうよね」


 彼女が下を向いて、俺に向き直る。

 堅苦しさというか、クールさを包んでいるオブラートが、心の温度で溶けているような表情だった。


 「・・・私、契約なんて言ったけど、本当はこんなの、意味ないのよね」

 「ああ、契約を破ることでペナルティを負わせる第三者が、まずいないもんな」


 契約というのは、当事者達だけで行うことは出来ない。

 法があるからこそ機能するものだからだ。

 その法を順守させるための力ある他者がいなければ、何の役にも立たない。

 それこそ本当の口約束になってしまう。


 俺達は法というルールから外れたアウトサイダーだ。

 書類に印鑑を押そうとも、サインをしようとも、まるで意味を成さない。

 仲間内で契約を破ろうとも、他者はそんなこと知ったことではないと澄ました顔で言うだろう。

 ただ、俺達を捕まえようとするだけだ。

 俺達は、社会的束縛を受けない分自由ではある。

 自由だからこそ、法は俺達を受け入れはしないだろう。

 自由とはそういうものだからな。


 「でも、絶対に守るよ」

 「口約束ね」

 「他に何をしようとも、それが裏切らない証明になることはないからな」

 「・・・でも、信じたいわ」

 「なら、信じればいい」

 「・・・人と一緒にいれば、裏切られる可能性は付き物なのに?」


 ああ、そうなんだよ。

 人は裏切るよな。

 友達でも、親友でも、恋人でも、夫婦でも、上司でも、後輩でも、親でも、兄弟でも。

 裏切る時は裏切るんだ。

 人なんて、そんな生き物だから。


 信じるだとか、助け合いだとか。

 人は余裕があるから、そんな綺麗な言葉を簡単に吐けるんだ。

 けど、そんな正義感を持った人々が1秒後には死ぬかもしれない紛争地帯に放り込まれてみろ。

 あっという間に裏切りが頻発する。

 何故なら、自分の命が惜しいから。


 それは間違ったことじゃない。

 むしろ正しいことだ。

 自然の摂理がそうなのだから。

 人は自然に生かされている身なのだから。

 幾ら知の文明の中で科学を発展させようとも、人は自然から・・・地球から離れることが出来ない。

 だから、人が裏切るという性質を持つことは、間違っていない。


 けど・・・

 そんなことを考えもしないで、ただ助け合いが大事だとか言っちまう馬鹿がいた。

 実際の紛争・・・殺し合いを見もせず、ただ単純に安全圏で平和を祈る国の象徴的な存在がいた。

 そもそも、平和を祈る=戦争を見ない世界ということが間違っている。

 戦争があるから、平和が対になって存在するのだ。

 逆に戦争がなければ、平和は存在しない。


 ・・・分かるか?

 分からなければ、お前は安全圏で今まで過ごしてきた良き善人だ。

 安心していい。

 だがしかし、過去に愚かな人類は平和だけを願って、戦争を根絶しようとしたこと。

 それは俺の目から見れば、明らかに糞なんだよ。


 ノブレスオブリージュの考え方が絶対に正しいとは言わないけど。

 でも、俺は・・・異常者だから。

 善人っぽくは振舞えない。

 そんなことのために、生きているとは微塵も思いたくない。

 だから、そんな俺はこうルーナに言った。


 「ルーナとハルカとサリア以外の全てを裏切る覚悟で、お前と助け合いたいんだ」

 「・・・随分とスケールの大きい表現ね」

 「俺は本気だぞ?」


 声に力を込める。

 こんな口約束だけど、信じてもらえるように。


 「お前らのためなら、どんなことだってしてやる。戦ってやる。破壊してやる。殺してやる。盗んでやる。汚れてやる。泣いてやる。土下座してやる。死んでやってもいいくらいさ」

 「何で・・・そこまでするの?」

 「大切な家族を作りたいから・・・だからだろうな」

 「家族?」

 「異常者は異常者なりに、信じられる家族を作りたいんだ。1人は・・・辛いからな」


 そうさ。

 人は、繋がりが欲しいんだ。

 人は1人じゃあ、何も心に刻み込めない。

 その心を見てくれる者もいやしない。

 何があっても、俺の心を観測してくれる者が欲しい。

 心から欲しているんだ。


 彼女のポーカーフェイスが、少し崩れてきている気がした。

 仮面のヒビから覗かせる、心の素顔。

 それは臆病で、可愛いような・・・

 そんなような・・・


 「・・・辛いわね」


 ああ、分かった。

 彼女は結局、俺達と同じだ。

 分かればきっと話は早い。


 「ハルカとサリアは、いいか?俺が話してこんな展開になっちゃったけど」

 「いいです。クロロが決めたことなら、全然文句ありません」

 「サリアもだよ!」


 文句なしの賛同。

 1発オーケーだった。

 そんな俺達を、ルーナがじっと見ていた。


 「・・・家族、かぁ」

 「羨ましいか?」

 「・・・いえ、これは本当の家族じゃないわ。疑似家族よ」

 「でも、血の繋がりだけが家族じゃないだろ?」


 この発言で俺が否定されることはないだろう。

 だって、事実だから。

 人類の歴史がそれを証明しているから。

 赤の他人同士の血が混じり合い、生命の多様性に従って俺達はこの世に存在しているのだから。


 家族ってのは、信頼出来る仲間で作ってもいいんだ。

 他人でも、犯罪者でも、異常者でも、社会的弱者でも、外道でも。

 どんな偉い奴だって、この事実は覆せはしない。


 「本当に・・・本当に作る気なんだ、家族を」

 「悪いことではないだろ?」

 「・・・ええ。悪いことではないわね」

 「だろ?」

 「でも、私は・・・あなたの言葉を信じることにするわ」

 「・・・?」


 俺の言葉を?

 何でだろう?

 そこに違和感のようなものを感じた。

 何か、歪な感情が混入されていたような・・・


 いや、しかし。

 俺の言葉を信じてくれるなら、それは嬉しいことじゃないか。

 喜ばしいことじゃないか。

 だから俺は彼女の次の言葉を待ち・・・


 「私もその家族ってのに入れてくれる?」


 ルーナは俺だけを見て、恥ずかしそうにそう言った。

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