3 ホームレスの天使に俺は出会った
俺が小さかった頃、ルフェ先生から聞いたことがある。
天使は大昔、この世界に住んでいる天使以外の生き物を、全て殺そうとしたらしい。
何故かは分からない。
けど、悪魔と人間はそれに対抗した。
争って、命を散らして、それは長い長い戦争になった。
たくさんの死んだ人達がいた。
戦争が百年間も続いた、最悪の時代。
でも、その戦争は終わった。
争ってた天使と人間が、いわゆるデキちゃった結婚を内緒でしたからだ。
それがみんなに広まって、内緒で結婚する奴が増えていった。
元から異種族の間で、好きな奴が出来た輩は多かったのだ。
それに、正直戦争に疲れてたってこともあるんだろう。
てことで、ようやく戦争が終わった。
けど、その時期、この世界の星に悲劇が起こった。
大地が乾き、植物が枯れ、海が減った。
動物や魔物が地上から姿を消していった。
星は、戦争に殺される一歩手前まできていたんだ。
種族がやっと仲直りしたってのに、今度は星が死にかけたんだ。
星の寿命は、今も確実に減っていってる。
でも、俺達は何が大切なのかを知っている。
星が滅びそうなこの世界で、俺達は希望を繋ぐため、一致団結で争うことなく頑張ってきたのだ。
そんな話を、彼女から聞いたことがある。
これは、誰もが知っているお話だった。
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「お~い!そこのお兄さん!起きてくださ~い!!」
「・・・」
俺はゴロンと寝返りをして、声の主から遠ざかる。
とにかく今は怠い。
起きる気になれなかった。
「起きないとお兄さん、スタンガンで無理矢理起こしますよ?」
「・・・やれるもんならやってみろよ。どうせそんなこと、出来やしな・・・アババババババババ!!!!」
謎の声の主は、思いっきり俺の腹にスタンガンをあててきた!!
「ぷっ。アババって」
「バババババババババババババババ!!!!」
「へ?何ですかその言語?貴方は宇宙人ですか?何かを伝えたいなら、まずこの星の言葉を話さないといけませんよ?」
「ババババババッヤバババババメロババババ」
「ヤバメロ?やばいメロディですか?ホラー映画で出てくるような?」
「ヤメロババババババババ!!!」
「ああ、やめろですね?」
そう言って、ようやく声の主はスタンガンを俺から離した。
ぐああ・・・体が痺れる。
俺は気絶という名の睡魔を跳ねのけて、反射的に飛び上がる。
よくもまあ、本当に気絶しなかったものだ。
自分を褒めてやりたい。
目の前の声の主を見ると、女だった。
しかも天使。
頭に輪っかがあって、肌が白い。
ロングの白髪はポニーテールにして纏めてある。
顔は・・・まあ美人な方だな。
だが、性格はどうやら破綻しているみたいだな。
俺はたっぷり息を吸って、大声を出した。
「本気でスタンガンを使う奴がいるかバカ!!路地裏で倒れてるんだから、もう少し優しく起こしてくれてもいいだろ!?」
「いやぁ・・・寝起きドッキリがしたくなっちゃってですね」
「寝起きドッキリにしてはやりすぎだ!!」
「そんな大げさに言わなくても。たかだか100万ボルトくらいで」
「それ、黄色いネズミが何体も他のモンスターインマイポケットを倒してきた技の10倍の威力じゃないか!!」
「よく大昔のアニメのネタを瞬時に出せますね。尊敬します」
変なところで尊敬する奴だな・・・じゃなくて!!
「尊敬する前に、何かすることがあるんじゃないのか?」
「キャー痴漢!って叫ぶことですか?」
「全然違う!しかも裏路地にいる今の状況で叫ばれたら、本当に駆け付けた奴が信じそうだからやめてくれ!!」
「じゃあ、さようなら?」
「何故そこで別れようとするんだよ!!」
「何を言ってるんですか?別れる時に挨拶するのは当然の礼儀ですよ。そんなことも知らないなんて、お兄さんは失礼な痴漢野郎ですね」
「失礼なのはお前の方だ!」
こいつ、全然人の話を聞いてねぇ・・・
「見知らぬ奴に最高電圧のスタンガンを使用したこと謝れ!!」
「ああ、そうですね」
そう言って、姿勢を正す天使。
「この度は、スタンガンを使用して寝起きドッキリぷぷを仕掛けたことぷぷ、申しぷぷわけありませんでぶふっ!アバババはやっぱり笑えますね?あれは良いリアクションでしたよ」
「ちゃんと謝れよおおおお!!!!!」
僕は魂から吠えた。
「じゃあ、ごめんッピ☆」
「それ、ちゃんと謝ってない」
「ごめんなさい( *´艸`)」
「笑ってるの顔文字でバレバレだぞ」
「すいませんでした(笑)」
「逆に失礼になってるからな、それ」
「wwww」
「もうそれただ笑ってるだけじゃん」
「ドンマイ!」
「慰める前に、俺が落ち込んでる元凶がお前だって理解しような?」
「いやー、それにしても今日はいい天気ですね~」
「・・・」
この娘、不真面目王選手権が存在していたら、間違いなくチャンピオンになれる逸材であった。
「・・・ねえ?」
「なんだよ・・・」
「お兄さんは何で、ここに倒れてたんですか?」
「もう謝罪する気はゼロなんだな・・・」
・・・もういいや。
こいつに翻弄されて、怒りが大気圏の彼方までぶっ飛んだし。
「空腹で、倒れてたんだ」
「お腹が空いてたんですか?」
「そう。恥ずかしながら、金を持ってなくて・・・」
「無職?」
「おっしゃる通りだ」
俺は特に嘘を吐くこともなく、そう言った。
その直後、謎の彼女は考えるように顔を傾け、数秒の後口を開いた。
「無職って最低やん」
「数秒考えて言った言葉がそれかよ!!」
中身ペラッペラじゃないか!!
「無職って最低やん」
「2度も言わなくてもいいよ!!」
「でも、大丈夫。私も無職だから」
「自分を棚に上げてたのかよ!!」
「とツッコミを入れられるであろうことを予測して、こう言った私を褒めてください」
「・・・お前って最低やん」
「私の二番煎じですか。やれやれ、見込みがないですね」
「何の見込みだよ!!」
このふざけた天使と話していると、中々話が進まない。
何故かイライラはしないけど、調子が狂いっぱなしだ。
「あ、でも私が無職なのは本当ですよ?」
「・・・まじか?」
「本気と書いてマジです」
ふざけていた顔をキュッとしめて、彼女は真剣にそう言った。
表情がコロコロ変わるなぁ・・・
もしかして、情緒不安定?
いや、天使に限ってそんなことはないか・・・
天使は病気なんてしないもんな。
心も体も。
「心も体も?随分とエッチなことを考えてますね?」
「全然エッチなことなんか考えてないし!!と言うか人の地の文を読むな!色々とこの物語が破綻するだろ!!」
「そのセリフこそメタすぎていけません。お互いもう少し落ち着きましょう」
「元はと言えば、お前が原因じゃないか・・・」
俺はブツクサと文句を言いながら、改めて天使に向き直る。
それと同時に、ぎゅるるるると腹の虫が唸った。
「シモの方?」
「違うよ!!さっき空腹で倒れてたって言ったじゃないか!」
「ああ・・・空腹なのは本当だったんですね」
おいおい・・・嘘だと思ってたのかよ。
初対面からのスタンガンといい、このふざけた態度といい、この娘の感情が全く読めん。
「なら、何か食べます?」
「え?いいのか?」
と言いつつも、俺はご馳走してもらう気満々だった。
「何がいいですか?雑草?それとも雑草?やっぱり雑草?もちろん雑草ですね?はい雑草」
「雑草しかないんすね・・・」
「だって私もお金ありませんもん」
「・・・俺とほぼ同じ状況ってことか?」
「空腹ではありませんけどね」
じゃあ、少なくとも食う当てはあるってことだ。
「これから仕事するところだったんですよ」
「・・・これからかぁ」
そうか。
じゃあ、無職じゃないじゃん。
「あ、でも私は立派な社会人ってわけじゃないんですよ?」
「んあ?でも仕事あるって言ったじゃん」
「他の人達が言うような仕事じゃないですよ」
「・・・非合法?」
「いんえ、全然この世界のルールに触れてませんよ」
「じゃあ何なんだよ」
「・・・一緒にやらない人には教えてあげられません」
なら、どうしろと?
こいつの言いたいことが、よく分からない。
俺が理解出来ていないことを見て取ると、彼女はやれやれと仕方なさそうに首を振った。
「だから、一緒に仕事しませんかってことです」
「・・・俺と?」
「お兄さんのツッコミは、まあまあ素質があります。私のレベルにギリギリついてはこられるでしょう」
「・・・まさか漫才の仕事じゃないよな?」
「おお!その通り!」
「冗談で言ったのに正解かよ!?」
「まっさか~!冗談ですよん。ジョ・ウ・ダ・ン(笑)」
お前の場合、どこからが冗談でどこからが本気か全く分からないんだよ!!
「だから、私と一緒に仕事をやるって言ったら教えてあげますよ」
「・・・」
仕事・・・ってことは、魔法、使うんだろうな。
「俺、仕事出来ない」
「ん、何故か聞いてもよろしいです?」
「魔法、使いたくないんだ」
「あら?」
キョトンと彼女の表情が固まったかと思えば、次の瞬間・・・
「へぇ・・・」
何か、どことなく俺に共感するような、そんな表情に変化したのだ。
「魔法が嫌いなんですか?」
「”俺の魔法”がね、ちょっとワケありなんだ」
「ふぅん」
「・・・何だよ」
「やっぱり私、お兄さんとお仕事したくなっちゃったな~」
はい?
俺が魔法使いたくないって言ってんのに・・・
また話を聞いてないのか?
「だから俺、魔法使いたくないんだけど?」
「大丈夫。このお仕事、魔法なんか一切使いませんから」
「・・・何の仕事なのか、すごい不安なんだけど」
「仕事の内容を聞く前から?」
「魔法を使わない仕事なんてあるのか?」
「あるから言ってるんですよ?」
「もし、俺が断ったら?」
「変態、路地裏で餓死か、っていう新聞の記事が一面に」
「一番嫌な死に方だな、それ」
「だから・・・私と来ません?」
彼女の瞳が、一瞬揺らいだ・・・気がした。
緊張。
それは刹那の瞬間。
人間の意識と呼ばれるものが、生成消滅を繰り返す心の相続運動であるように。
人の心の一瞬一瞬が、小さな変化の繰り返しであるように。
その表情の変化は、微細で・・・それでも確かなものだった。
俺は・・・
「いいよ」
そう答えていた。
何故?
それは、俺の求めていた答えを彼女が握っている気がしたから。
だからこそ、俺は・・・
「そうですか。それは良かった」
彼女はそう平坦に言って、顔の緊張をほぐした。
まるで俺の答えにほっとしたように。
そして、もう1つだけ彼女は興味深いことを俺に言ったのだった。
「あ、最初に言っておくことが1つだけあります」
「・・・何だよ?」
「私、ホームレスですから」