2 俺は森で迷って、その後路頭に迷った
前略、ルフェシヲラ様へ。
3日前、私は感動の別れを経て、外の世界に飛び出しました。
さあ、家族探しの旅の始まりだ!と高らかに吠えて。
私はここ数日のところ、街で探索していましたら、1人の女の子を見つけ、あっという間にデートまで発展。
勢い余って結婚までしてしまいました。
責任を取るという形で住居も無事に手に入れ、今は療養中の彼女と一緒に仲睦まじく暮らして・・・
・・・いません。
実際のところ、私はずっと街の手前の森で見たことのない魔物と格闘しておりました。
食料が1日で尽き、空腹に襲われてからは成分不明のキノコを食べたり、ウネウネした虫を食べていたのです。
何故かって?
それは私が・・・
「迷子だからさ!!!」
恐ろしいことです。
たった5キロ歩けば抜けられる森を、3日間も彷徨い歩いていたのです。
何ということでしょう。
幻覚と吐き気に襲われながらも、ヘンゼルとグレーテル作戦で石を目印に森を進み、ようやく・・・ようやく・・・!!!
「読んでて良かった!!ヘングレ!!」
誰が書いたかは知らないが、昔の地球の作家さん、ありがとう!!!
俺はいもしない誰かに、感謝の祈りを捧げた。
さて、俺の目の前には草原が広がり、少し先には街が見えた。
そう、街!
野性的な生活を3日間もしてきた俺にとって、知的な文明は神々しい。
あそこには、とりあえず魔物はいないし、気色悪い虫もいない。
「ハハハ!!待ってろよ!俺の街ぃ!!ウィィィィ!!!」
キノコの成分が抜けきっていないのか、妙にハイテンションだがまあいい。
いてもたってもいられず、走り出す。
とりあえず、まともな食糧がほしい。
男なら、とりあえず肉だ。
ミートだ。
俺の体が動物の血肉を欲していた。
数分後、街に入ると、本の中でしか見たことがない光景に俺は少しの間だけ見とれていた。
「・・・文明だ」
語彙に乏しい俺は、発展した街を文明としか表現出来なかった。
いや、野性的な寝食が俺を若干原始人に戻したのかもしれない。
目の前には、大きなビル群が並んでいた。
空飛ぶ車が街のあっちこちを行き交い、その横を翼を広げて空を飛ぶ天使達が通っていく。
現在の時刻、午前7時30分。
丁度ビジネスラッシュなのか、下の歩道では、スーツやら作業着やらを着ている人間や悪魔が忙しなく歩いていた。
どこを見ても、人間、悪魔、天使。
野生の魔物なんか、いやしない。
これが、文明!!
「おお・・・俺の身なりがボロボロなのか、みんなチラチラ俺を見ていやがる」
堂々と声に出して主張する辺り、変人だなって思ってるんだろ?
いや、いいんですよ。
だってさ、1人で暗い森の中をさまよってガチ泣きするより、数百倍マシなんだもん。
そんな俺は一直線にある目的地へ向かっていく。
まずはそう。
食料店へ行かなければならない!
俺は腹ペコだ。
ハングリーだ。
グーグーだ。
この街は以前この星が地球と呼ばれていた頃、このシーリエと呼ばれる街は札幌と呼ばれていたらしい。
札幌のでかさは、そこいらの町をいくつも飲み込んでしまえるほどだったとか。
そんな場所なのだ。
適当に歩いていても、食料店の1つや2つ、簡単に見つかるだろう。
「・・・お、早速発見」
歩いて数分後、手間もなく食料店を発見。
なんの変哲もない、雑居ビルの1階にオープンしているスーパーだった。
「さあおっかいもの、おっかいもの」
俺はルンルンで中に入り、適当な加工された魔物の肉を取って、レジへ。
「おう、人間のあんちゃん。金を払いな」
精算場所にいたのは、いかついおっちゃん悪魔だった。
太い上腕と見事なまでのビール腹という、典型的な土方オヤジっぽい悪魔。
「金?金なんてないぞ?」
「おいおい、あんちゃん。金がないと肉は買えないぜ?」
「でも、俺死にそうなくらい腹減ってるんだけど」
「なら、バイトしてまたここに来な。金がないんじゃあ、肉は・・・このおいしいお肉は渡せないねぇ」
肉をブラブラさせて、ニヤニヤと笑うオヤジ。
別に、このオヤジが悪者なわけじゃない。
この時代に、無職な男がいることが珍しいだけなようだった。
この世界に、今更悪人なんていないからな。
「今は大昔と違って、就職に条件なんかないんだからよ、仕事して金を得ればいいじゃねぇか。訳アリでもいいくらいだ。日給のバイトもあるぜ?」
「・・・メンドイ」
「それ、怠慢だぜ?あんちゃん」
ま、そう言われても仕方ないよな。
この星が滅びかかってるって時代に、呑気に無職をやってるのだから。
「今は星間移動の技術が確立される大事な時期だ。人間も悪魔も天使も必死に働いて頑張んないと、先に星の滅びがきちまうぜ?」
「まあ、同感だけどさぁ・・・けど、その前に俺はやらなくちゃいけないことがあるんだ」
「ほう?それはなんだよ、無職のあんちゃん」
後ろの方で客の列がつっかえていた。
俺のせいだろうが、そんなことは知らぬ存ぜぬ。
今は、このオヤジを懐柔して肉をゲットしておきたい。
「家族を作って、幸せになることだ!!」
「なら先に、家族を養えるように就職すべきじゃねえのかい?」
「・・・」
ごもっともな正論であった。
「いやいや、夢がないよおじさん!!若いうちから冒険して、無茶して、恋して、付き合って、そして結婚して、それで・・・」
「安定しないぞ?嫁さんに苦労かけるんじゃないのか?ああ?」
「それは・・・そのぅ・・・ケガしてもタダで治療魔法受けられるしぃ・・・」
「確かに各種保険はタダだ。だが、働かないと保険はつかない。今どきは悪事働くよりも普通に働いてた方が、何倍も幸せな時代だ。別に働けとは言わんが、それじゃあ飢えても、誰も助けちゃくれねぇな」
「じゃあ、冒険のロマンは!?恋のドリームは!?それに、家族って別に妻だけのことじゃなくてさ・・・」
「・・・ああ、そうかぁ。あんちゃんはそういうタイプの人間さんかい」
ふむふむと納得したように首を振るオヤジ。
「なら、1人で生きていけるようにならないとなぁ。家族を作るんならな。あんちゃんも人間なら、魔法くらいは使えるんだろ?」
「そりゃ使えるけど・・・」
「なら、それで働かなくても、何とか生きていけるように”頑張る”しかないな」
そう言い終えると、オヤジは話は終わったとばかりに俺をシッシと手で追い払い、後列に並んだお客の接客を始めた。
・・・まじっすか。
俺、本当に腹ペコなんだけど。
トボトボと俺は店を出る。
文句はない。
オヤジの言っていることは正論で、正しいからだ。
今の時代、天使も悪魔も人間も平等に働いている。
しかも、どんな職業だって好きに選び、いつでも入れることになっている。
自分の持っている魔法さえ仕事とマッチしていれば、だが。
別にみんな仕事でストレスなんか溜めないし、むしろ星のためにって自分から一生懸命だ。
そう・・・今の世で働かないのは、せいぜい子供くらい。
金を得る手段があるのに、それを行わないなんて、ただの怠慢。
そう思われても仕方ない。
けど、どんな仕事だって、今は魔法を使ってる。
今は魔法の文明によって、世界が回っているのだから。
そして、俺は仕事をしたくない。
何故なら、魔法を使いたくないからだ。
「だってさぁ・・・俺の魔法、すっげえ異常だし・・・」
それに、魔法は・・・
「使うと寿命が減るからなぁ・・・」
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ぺこぺこ。
グーグーでもいい。
お腹が減った。
食事が食べたい。
そうだ。
野草でも食うか?
焼いて食えば、何とか・・・
辛うじて調理器具は持ってきている。
なので、そこらの路地裏で隅っこに生えていた逞しく肉みたいにおいしそうな(そう思い込むことにした)野草を摘んだ。
そして、調理用の油をフライパンにひいて、焼く。
おお・・・自然の臭いがする。
隣に置いてあるゴミ箱の臭いとミックスされて、吐き気を誘う。
出来上がったのは、ちょっとの過熱でしなしなに水分が抜けた、野草。
どこをどう調理しても、野草にしかならないよな・・・
俺は塩コショウを振りかけて、試しに端っこを食ってみる。
もしゃもしゃもしゃ・・・
俺の口の水分を野草が吸ったせいで、元の野草と変わりなくなる。
結論。
「オボロロロロロ」
吐きました。
うん、食えたものじゃない。
「野草はヤギさんとかお馬さんとか、草食動物しか食っちゃいけないよな」
改めてそう実感したのだった。
でも、ヤバイ。
空腹が・・・有頂天(言葉の使い方を間違えていることに気が付かない)だぜ・・・
ああ。
はむはむもしゃもしゃぱくぱくごくごく食べてみたいなぁ・・・
或いは、しゃこしゃこぱりぱりざぶざぶちむちむでもいい。
食のオノマトペが、脳内で浮かんでは消えてゆく・・・
ちくせう。
何故、草食動物ちゃん達は草をあんなにおいしく食えるんだ?
おいしく食えるコツを是非教えてもらいたいものだ。
いや、逆に草食さん達は、どうして肉をおいしく食えるんだこのゲテモノ食いめが!!とか思ってるんだろうか?
・・・食べることって、考えると難しいものなんだなぁ。
空腹な状態を経験して得た1つの考え方だった。
「こういう時、ホームレスならどう生活してるんだろうな?」
前の地球では、ホームレスと呼ばれる存在がいたという。
住所なく、仕事なく、アテもなく、ないないづくし。
家も何もないから、都会の公園や路上で寝泊まりをするのだとか。
そっか。
そういう人達もいたんだもんな。
今は、どうだろう?
前の地球とはわけが違う。
仕事なんか、簡単に得られる。
それこそ、ホームレスでも。
ということは、今の時代でもホームレスがいたら、それは酔狂でやってる人だけか。
いるか?そんな奴。
・・・よく分からない。
「ああ・・・お腹減ったなぁ」
ふいに眠気が襲ってくる。
グーグーお腹は苦しいのに。
けど、眠たい。
ナルコレプシーの感覚が今なら分かりそうってくらい、酷く急に睡魔が夢へと誘いそう。
ここで寝て、襲ってくる奴なんかいない。
そんな悪者は、この時代にはもう絶滅してしまった。
悪事を働くメリットなんてないからだ。
そう安心してはいても、森での3日間は俺に警戒心を抱かせて・・・
・・・いなかった。
「・・・zzz」
森での警戒心はどこへやら。
俺の意識は現実世界からログアウトしたのであった。