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19 ノートムの覚悟に俺は応じた

 「はぁ・・・はぁ・・・」


 夜の町を俺は走る。

 ひたすら走る。

 息が切れそうになっても走る。


 追手が来ると思うと、平常心を欠いてしまう。

 それを紛らわせるために、俺は少しでも早く走っているのだった。


 「はぁ・・・ぐぅ・・・!!」


 でも、急に気分が悪くなった。

 立ち止まって、胸を抑える。

 胃の中がグルグルと暴れる嫌な感じ。


 1回吐いて、少し楽になる。

 ここで休めないのが辛いとこだ。

 でも、ハルカとサリアが待ってるからなぁ。


 「はは、魔法使いすぎたかな・・・」


 命を削ると、激しい疲労感に襲われる。

 魔法を使いすぎれば気絶することだってある。

 なんせ人の命は短く、そして何より有限なのだから。


 「・・・急ごう」


 そして、また走る。

 目的地は漁港だ。

 そこで、ハルカとサリアが待っている手筈だ。

 ゴーマのおっちゃんが用意してくれているはずの船の近くで。


 夜の町は静寂に包まれていた。

 先程の激しい戦闘が嘘のようだ。

 けど、同時にこんな言葉を思い出す。

 嵐の前の静けさ。

 そんな言葉通りにならなければいいが・・・



 ---



 等速で走ること20分。

 俺は漁港にたどり着いた。


 夜の海は波の音だけを俺の耳に届ける。

 それは昼間聞く陽気で呑気なサウンドとは違い、海の底深さを主張するような自然の音色だった。

 怖いな、と俺は思った。


 「どこだ・・・どこにいる?」


 僅かな数の外灯の光を頼りに、俺はハルカとサリアを探す。

 人は光がないと生きてはいけない。

 熱が、光が俺達ヒトという種を温めるからだ。

 命は熱がないと死んでしまう。

 温もりが俺達を生かす希望となる。


 けれども、熱は近寄りすぎると俺達を燃やしてしまう。

 ギリシャ神話のイカロス。

 蝋で固めた翼によって飛翔する力を得るが、太陽に近寄りすぎたせいで翼が溶け、墜落して死を迎えた者。

 所詮ヒトという種は、誘蛾灯に誘われ無残に散っていく蛾と同じなのだ。

 けど、それでも俺達には希望が必要なのだ。

 実に、皮肉な話。


 「クロロ!!」


 突然、前方から俺を呼ぶ聞き慣れた声が聞こえた。

 ハルカの声だ。

 前方に目を凝らすと、大型漁船の傍で手を振る彼女がいた。

 隣にはちっこいサリアの姿もある。

 どうやら無事だったようだ。

 俺はすぐに彼女達に駆け寄った。

 すると・・・


 「合言葉は?」


 と、ハルカが俺に言ってきた。

 合言葉?

 そんなの決めてないぞ?


 「合言葉は?」

 「・・・開けゴマ?」


 俺は何となく、アリ・ババと40人の盗賊ネタを使ってみた。


 「ブッブー」

 「違うのか」


 いや、こんな唐突な合言葉が分かろうはずもないが。


 「ヒントをあげましょう。友情、努力、後は?」

 「・・・勝利か?」

 「ブッブー。正解は、もっと熱くなれよぉおおおおおおおお!!!でした」

 「それ昔の元テニスプレイヤーで超熱い人じゃん!!」

 「そんなツッコミで合言葉に答えられなかったことをごまかしてるんですか!言い訳してるんじゃないですか!!もっと熱くなれるはずっ!!!」


 ホットでバーニングなシューゾウがハルカに乗り移っていた!


 「そこで諦めんな!出来る!出来る出来る出来るよ!!クロロはもっと頑張れる!!」

 「何に対して頑張れってんだよ・・・」

 「さあ?」

 「何故に疑問形・・・」


 コロッと態度を変えるハルカ。

 あっという間に熱い人から冷めた人に早変わりなのだった。


 「ほら、クロロ!ふざけてないで船に乗りますよ!」

 「いやいや、ふざけてたのお前じゃん!」

 「こんな緊迫した場面で、私が目の前の読者に媚びを売るような行為をするわけがないじゃないですか!」

 「お前は読者に媚びを売ってたのか!?」

 「この小説が多くの人の目に映るようにと、願いを込めて言ったことは認めます」

 「今度は作者に媚びを売るようなことを言うなよ!!」


 本当に緊迫した場面が台無しなのであった。


 「おうおうあんちゃん。さっそく夫婦漫才やってんな」


 俺達が言い合っていると、ハルカの後ろにある船からゴーマのおっちゃんが出てきた。


 「おっちゃん。何度も言うけど、夫婦じゃないぞ」

 「じゃあ夫婦ショートコントか?」

 「夫婦を抜けって俺は言ってんだ!漫才でもショートコントでも1発ギャグでも何でもいいわ!!」

 「なら、モノマネをしてくれ」

 「人の話を聞けえぇぇ!!!」


 更にハルカが2人増えたみたいで、余計疲れるし。


 「・・・お兄ちゃん。ケガしなかった?」


 そんな中、唯一サリアだけは俺の心配をしてくれていた。

 何ということだ。

 サリアへの愛しさみたいなものが込み上げてくる。

 鬼みたいな天使のハルカより、天使みたいな悪魔のサリアの方が数倍慈愛に溢れている。

 俺、ちょっと感動。


 「大丈夫だよ、サリア。俺はドラゴンくらいへっちゃらさ」

 「ちぇ、お兄ちゃんなんてドラゴンに食べられちゃえばよかったのに」

 「ガーン!!!」


 嘘だろ!

 純真無垢なサリアが、そんなことを言うなんて!!


 「お兄ちゃん、サリアにそんなこと言われてすごい悲しいよ!!」

 「えと、ここでそう言えって台本をハルカお姉ちゃんに渡されただけだよ?」

 「ハルカァァァァァァァ!!!!!テメェエエエエエ!!!!」

 「何ですか?クロロ。そんな仲間におちょくられて割とマジメに怒ったような声を出して」

 「マジメに怒ってるんだよ!!そんなに俺を虐めて楽しいか!!」

 「楽しいに決まってるでしょう!」


 ビシッとガッツポーズするハルカ。

 そんな彼女に俺はうなだれ、船長のおっちゃんはガハハと笑い、サリアは楽しそうにしていた。

 

 「おやおや?楽しそうな会話をしていますね。私も混ぜてはもらえませんか?」


 急に、そんな男の声が聞こえた。

 俺の後ろからだ。

 この声も、聞き覚えがある。

 俺は背後を振り返った。


 「・・・ノートム」


 そう。

 児童養護施設のスタッフ・・・ノートムだった。

 俺は咄嗟にハルカとサリアを後ろに隠す。


 「よくここが分かったな」

 「クロロさんの後をつけさせてもらったんですよ」

 「・・・」


 気配は・・・感じなかったが・・・

 いや、危険指定者の管理を任されるような男なのだから、気配を消すことくらい容易だろう。


 「よくサリアの守護者を倒すことが出来ましたね?」

 「これでも俺、強いんだ」

 「龍を殺せるのなら、それはさぞかし強いのでしょうね・・・危険指定者のように・・・」

 「・・・」


 ノートムは気付いている。

 俺が危険な奴だってことに。

 ああ、これは・・・嫌だなぁ。

 こんなことを言うのは、本当に嫌だなぁ。


 「・・・戦うのか?」


 残酷な言葉を俺は吐いた。

 臨戦態勢に入る。

 魔法をいつでも発動出来るように。

 心がギリギリと軋みをあげる。

 ・・・苦しかった。


 「・・・そうするべきかどうか、迷います」


 そんなことを彼は言った。

 もの悲しい雰囲気を纏って。


 「お前、サリアを取り返すためにここまで来たんだろ?」

 「私の仕事はそうです。が、私の願いとは違う」

 「なら、何が望みだ?」

 「私の望みは、サリアが幸せに生きること。それだけなんです」

 「・・・迷ってんのか」

 「どちらを取るべきでしょうね?種のためか、個人のためか」


 ノートムは、迷っていた。

 ちっぽけな自身の願いを優先させることか、それとも生命の未来を確実に存続させる方を選ぶのか?

 それは・・・結局のところ、どちらも正しいことだった。


 「ノートム先生・・・」


 サリアが、いつの間にか俺の前へ出ていた。


 「サリア・・・!!」

 「待って、クロロ!」


 ハルカが俺を引き留める。

 腕を掴む手は力強かった。

 ハルカが首を振る。

 それはまるで、サリアに決めさせようと言っているみたいで。


 「サリア・・・」

 「先生・・・」


 施設の中で、幾度も会って話したであろう2人。

 でもきっと、ここではぎこちなくて。

 でも、サリアは真剣な顔で、先生に言ったのだ。


 「先生・・・ありがとう」

 「・・・え?」


 ノートムが動揺する。

 何故、そんなことを彼女が言ったのか理解出来ないと言いたげに。


 「今までサリアのこと、いっぱい見てくれてた。ごはんの時とか、お勉強の時とか。先生は忙しいのに、いっぱいサリアと遊んでくれたよね」

 「・・・違うよ、サリア。私は、君を・・・閉じ込めてた。酷いことをしていたんだ」

 「でも、サリアのこと心配してくれてた」


 彼の表情が強張る。

 酷く、辛く、苦しく。


 「サリア知ってるよ?本当ならサリア、ここにはいられなかったんでしょ?先生が必死になってここに私を置いておいてくれたんでしょ?」

 「・・・そうしないと、君が・・・だから・・・」

 「だから、ありがとう」

 「・・・!!」


 彼は噛みしめる。

 苦痛を。

 自分を責めて。


 「・・・私は感謝されていい奴なんかじゃないんだ。サリア、君はずっとあの狭い部屋で1人ぼっちだったね。本当に、見ているだけで心が張り裂けそうだった。それを私はただ・・・見ていただけだ。何も・・・何もしてあげられなかった!!!」

 「いっぱい、いっぱいお世話してもらったよ。だって、これっぽっちもサリア、先生のこと嫌いじゃないもん!」


 純真な笑顔。

 そこに邪気のようなものは一切ない。

 本物の笑顔だった。

 だから余計に彼を傷つけた。

 純粋な告白は、時として他者を傷付ける。

 鋭利なナイフで心を刺すように。


 「サリア・・・君は、私を恨んではいないのかい?」

 「ううん。サリア、ずっと先生にありがとうって言いたかった。けど、あの部屋では全然言えなくて・・・ごめんなさい」

 「・・・私が謝る側だっていうのに・・・何で感謝されているんでしょうね・・・」


 ノートムは空を仰ぎ見る。

 暗く、広大な闇の中に光る無数の星々。

 星の光が、彼の涙に反射して綺麗に輝いた。

 苦痛の涙なのか、歓喜の涙なのか分からない。

 けれど、確かに彼は泣いていた。


 「そうか・・・今まで私は、何をしていたんだろうなぁ・・・」

 「・・・先生?」


 何かを悟ったように、彼はサリアを見つめる。

 彼と彼女の視線がハッキリと繋がった。


 「サリア。君は、何を願うんだい?」

 「・・・この人達について行きたいの」

 「今までの生活が辛かったからかい?」

 「・・・先生の辛そうな顔を見るのが、いやなの。サリアも辛いの。だから、ここから離れなきゃって思ったの」

 「そっか・・・君は、本当にいい子だなぁ・・・」


 直後、彼の涙が止まった。

 感情が立て直ったのだ。

 自身の感情さえ踏み超えて、彼は決意の言葉を口にした。


 「サリアの考え、よく分かったよ」


 彼は両腕を上げて、構えた。

 両手首からケガもしていないのに、血が零れ落ちる。

 それは徐々に大きなブレードを形作った。


 「”血は命の業ということ(ブラッドコントロール)”」


 彼は魔法を唱える。

 覚悟の瞳だった。


 「・・・私はきっと、ここで貴方達を逃がしたら、処刑されて死ぬでしょう」

 「・・・」

 「そして、この先ずっとサリアは処刑人に追われることでしょう。逃げ続ける限り、ずっとです」

 「・・・ああ。そうだな」

 「だから、クロロさん。貴方が、ずっとサリアを守らなくてはいけません。その覚悟はおありですか?」

 「覚悟はあるよ。絶対に、守る」

 「であれば、証明してください」


 そう言って、彼は血の刃物を俺に向けてくる。


 「私は・・・どうせ殺される身です。なら、ここで貴方がサリアを守れるか・・・この目で確かめさせてください」

 「お前・・・死ぬ気か?」

 「クロロさん・・・私は貴方を殺すつもりで戦います。その意味、分かりますよね?」

 「いいや、全然分かんないね。殺しあうなんて・・・馬鹿げてるだろ」

 「そうですね。でも、必要なことです」

 「俺達と一緒に逃げればいいじゃないか!!」


 自分の感情が制御出来ず、叫んでしまう。

 それだけ彼の言っていることに納得が出来ていないからだ。


 「サリアと一緒に?私が?無理ですよ・・・こんな、私は・・・サリアを苦しめるだけだ」

 「だから、俺を殺す気で試すって言うのかよっ!!!」

 「ええ、そうです」

 「それはお前がただサリアから逃げてるだけじゃないのかよっ!!!」

 「・・・」


 俺の怒号に、彼は何も言わなかった。

 もう、話はおしまいなのか?

 こんなので?

 嘘だろ・・・?


 彼が無言で武器を構える。

 もう、何を言っても無駄だということが分かった。

 よく、分かった。


 「先生っ!!戦っちゃダメだよ!みんなで仲よくしよ!ね?」

 「ごめんな、サリア」

 「先生っ!お願いだからやめてよ!!やめてよおお!!!」


 サリアが泣いた。

 悲しみの音。

 けど、そんな涙さえこの空気は崩せない。

 俺は・・・


 「ハルカ、サリアを連れて、船へ・・・」

 「・・・」


 ハルカが俺を見つめてくる。

 これでいいの?

 そういう意味を含んでいるのはよく理解出来た。


 「・・・大丈夫ですよね?」

 「分からないけど・・・やるしかないだろ」


 彼が敵になるならば。

 俺は迎え撃たなきゃならない。

 それだけは確かな真実だ。


 「・・・行ってくれ」

 「・・・絶対に死なないでください」

 「おう」


 ハルカは抵抗するサリアを連れて、船の中へ。

 彼女の悲鳴にも似た泣き声が、遠くに消えた後・・・


 「では」

 「ああ」


 今の言葉で、お互いが殺しあうことを了承した。

 彼の殺気が痛い程肌に伝わる。


 ああ・・・

 何故、こんな悲しいことをするのだろう?

 ・・・分からない。


 ハルカ、サリア、そして俺。

 これっぽっちも彼を憎んではいない。

 敵ですらない。

 友達になれそうだった。

 でも、なれなかった。

 そのことが、とても悲しかった。


 俺とノートムの周囲に、小さな球体状の血が浮遊した状態で出現した。

 拳ほどの大きさだ。

 その1つ1つに脅威を感じる。

 ノートムも本気だ。

 まるで、この戦いで命を使い切ろうとするような、異常な魔法の規模。


 ああ。

 本当に、嫌だなぁ。


 そして、死闘が始まった。

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