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16 やっと俺達はサリアと再会した

 「よ、サリア!」


 しょぼしょぼと真っ白い部屋に入室した真っ白いサリアに、俺は声をかけた。

 その瞬間、サリアがバッと顔を上げて俺達を見ると、顔が驚愕の色に染まった。


 「お、お兄ちゃん!?」

 「世界美少女コンテストグランプリのハルカお姉ちゃんもいますよ~」

 「お姉ちゃんも!」


 サリアがどんどん明るく、そしてキラキラと輝いていく。

 この場面を見ただけで、俺、ここに来て良かったなとか思えた。


 「ハルカ、お前に1つ言いたいことがある」

 「何ですか?」

 「お前が世界美少女コンテストで優勝出来るなら、俺はジュノンボーイコンテストで優勝出来るぞ」

 「ミスターアグリーコンテストの間違いでは?」

 「それ世界で1番ブサイクな男を決めるコンテストやん!!」

 「ブロ〇ーみたいな顔してるんだからいいじゃないですか」

 「俺、そんな凶悪な顔してねえよ!?」

 「或いはブロブフィッシュのような顔をしていますね」

 「その魚、最も醜い生き物コンテストで1位取った深海魚じゃんか!!俺は人間ですらないのかよ!!」

 「むう。私の客観的な感想をそこまで否定するとは、よほどのナルシストなんですね」

 「さっき自分のこと世界美少女コンテストグランプリって言ってた奴に言われたくないわ!!!」

 「全て事実です。私は世界の美少女、名はハルカ!」

 「初代のモンスターインマイポケットに出てた、あの初代ヒロインみたいなことを言うなよ!!」

 「私のポリシーはね・・・水タイプで攻めて攻めて攻めまくることよ!」

 「そのネタはもういいよ!!」

 「くすくす・・・」


 俺とハルカのやり取りに、静かに笑うサリア。

 その様子を見ていたノートムが、少し驚いていた。


 「やっぱりお兄ちゃん達面白いね」

 「これで面白いなら、俺達と一緒に旅したら爆笑必死だぞ」

 「え?お兄ちゃん達、旅してるの?」

 「ああ・・・確か言ってなかったな」


 初めてサリアと出会った時は、ただ俺とハルカが知り合ってから日が浅いってことだけ教えてたんだっけ。


 「俺とハルカ、一緒に旅してるんだ」

 「じゃあ、私と初めて会った時も?」

 「そうだな」

 「うわぁ~いいなぁ~」


 サリアの瞳が太陽の光を反射する海のように綺麗に輝いた。

 ああ・・・これはあれだ。

 ロマンと冒険に憧れてる目だ。

 俺には分かるぞ・・・


 「私も行ってみたいなぁ」

 「ダメですよ、サリア」


 サリアの言葉に、ノートムが釘を刺す。

 まあ、ノートムの立場だったら、そう言うだろうな。

 けど、ハルカはそんな彼の態度が気に入らなかったみたいだった。


 「ノートムさん」

 「何でしょう?ハルカさん」

 「サリアちゃんみたいな子供をここで束縛するなんて、貴方もしかしてロリコンですか?」

 「はっはっ。私はクロロさんのようにロリータコンプレックスなんて言葉の挑発には乗りませんよ?」

 「何を言ってるんですか?私はローリングコンバットピッチ(航空自衛隊の展示飛行課目のこと)・・・略してロリコンと言っていただけですよ?貴方自分でそっちの意味のロリコンを堂々と子供の前で使うなんて、養護施設の職員として失格ですね。うわ~本格的にひくわ~。最悪下劣醜悪ですね」

 「ぐああああああ!?」


 ハルカの悶絶ものの攻めに対し、ノートムはまさに悶絶していた。

 彼からしてみれば、カウンターパンチを食らった気分に違いない。

 ああ、哀れなり。


 「どうてい臭い悶絶はやめてくださいノートムさん」

 「ぐっ・・・男性に対して童貞呼ばわりはあまりにも失礼なのでは?」

 「何を言っているんですか?私は胴剃(どうてい)と言ったんですよ?ノートムさんは本当にはしたない天使ですね?」

 「ちょっ!!今のどうていの漢字がおかしいですよ!!胴を剃るってどういうことですか!?」

 「そのまんまです。胴を剃るんです」

 「無理矢理すぎますよ!そんなことしたら普通に痛いだけですよ!やっぱり私にただ童貞と言わせて貶めたかっただけじゃないですか!」

 「ちっ」

 「今、舌打ちしませんでしたか?」

 「いえいえ!まさかノートムさんが私のセリフの漢字を見分けられる程、作者に優遇されたキャラだったなんてチクショウとか、微塵も思っていませんよ?」

 「・・・ハルカさんの心の声を丸ごと聞いた気分ですよ」


 ハルカのテンションには流石にノートムも焦ってしまっていた。

 そりゃあなぁ・・・ここには危険指定とはいえ、子供がいるしなぁ・・・


 「ま、まあともかく、サリア。これで満足でしょう?」


 ノートムが切り替えて、サリアに問いかける。

 それはあらかじめそういう話を通してあったような言い方で。


 「・・・いやだ」

 「ですが、いつまでもここにクロロさん達がいるわけじゃないんですよ?」

 「いやだもん」

 「おい、ノートムさん。何の話をしてるんだよ?」


 薄々気付いてはいるが、俺はあえて言ってみる。


 「・・・この子が危険指定されているのはお伝えしましたよね?」

 「ああ、聞いてる」

 「なら、分かるはずです」

 「分かんねーよ。お前がここにサリアを束縛しているのは分かる。けど、俺らがこうしてサリアに面会していることを途中でやめさせることは出来ないだろ」

 「・・・ですが、面会の時間は決められていますよ?」

 「面会時間いっぱいでいい。ここでサリアと話させてくれ」

 「・・・分かりました」


 ノートムは渋々といった感じで身を引く。

 ああ、分かってるさ。

 いくら面会の時間が決められていたって、その間に危険指定の魔法がいつ誤発するか分からないことを、お前が怖いと思ってることぐらい。

 ルールは所詮、ルールでしかないもんな。


 ノートムは社会に生きる者として、するべきことをしているだけだ。

 サリアをここに閉じ込めているなんて、俺達に文句言われる筋合いはないのだ。

 だって、実際に危険指定は危険な側面も存在しているのだから。

 それは俺自身が、1番よく知ってる。

 けれど・・・納得は出来ないんだよ。


 サリアが明らかに今の閉じ込められた状況に対して、不満を持っていること。

 俺達と一緒に行きたいと思っていること。

 サリアの持っている魔法によっては、ここにずっと閉じ込められっぱなしの可能性もあること。

 そのことだけで、一体俺がサリアに会って何をしたいと思っていたのかよく分かった。

 

 「なあサリア。お前のこと、教えてくれよ」

 「・・・いいの?」

 「もちろん。そんで、お前にも俺達のこと聞かせてやる。そしたら俺達、友達だよな?」

 「でも、サリア友達作ってもここにいなきゃいけないんだよ?」

 「そしたら、何度も何度もここに来てやるよ」

 「でも・・・」

 「そうやってウジウジしてると、そこのノートムみたいにお堅くなっちゃうぞ?」

 「・・・ふふ」


 俺の言葉に、サリアが笑った。

 ま、ノートムのこと近くで見てたら、笑っちまうよな。

 ノートム自身は、俺の言ったことに何の反応もしてこない。

 別に何を言おうとも、自由にさせるスタンスにしたっぽいな。


 俺達は出来るだけ明るい話題でサリアと話をした。

 ハルカが俺をおちょくってくること。

 俺とハルカがシーリエでどっちが金を多く稼げるか勝負したこと。

 森で迷って2人でケンカしたこと。

 いつもはマイペースなハルカが、船の上では船酔いして弱っていたこと。


 逆に、サリアも色々自分のことについて話してくれた。

 この世界のどこかに母親がいて、産まれた時に離れ離れになってしまったこと。

 今もずっと会いたいと思っていること。

 けど、自分はここにいなくちゃいけないこと。

 自分の魔法なんか、なければ良かったのにと毎晩ちょっと泣いてしまうこと。

 ずっと1人で部屋にいて、友達も出来ずに寂しかったこと。

 そんな、悲しい出来事を。


 それでも、俺達と話している時のサリアはとてもよく笑ってくれた。

 子供の純粋な感情は眩しくて、可能性に満ち満ちていて。

 だから俺達も楽しく笑った。


 それが仮初の談笑であったとしても。

 俺達の記憶に焼き付くだろう。

 死ぬ瞬間の、その時まで。


 はは。

 そうそう。

 そうやって笑顔でな。

 そうしないと、この過酷な世界に負けてしまうから。

 頑張って生きないとな。


 俺とお前は、危険だから・・・

 危険指定の魔法を持っているから・・・

 正当防衛だとか言われて、お互いいつ殺されるかも分からない身だけど。

 やっぱりさ、必死に生きないと。

 生存しないと。


 苦しくて、辛くて、協力してるはずの同じ仲間からこうやって孤立させられても。

 死にたくて、自分で自分の命を殺そうとしたい時でも。

 笑って生きなくちゃさ。

 必死に生きて、死ぬことが大事なんだ。

 例え俺達に、生きる理由がなかったとしても。


 生きたいと強く願えることが、何より大切なんだから。



 ---



 サリアと面会終了時間まで話した後、彼女と別れた。

 その後、別室にて俺はノートムに聞いた。


 「・・・サリアは"命を憎むということ(ヘイトリッドオブデス)"と呼ばれる、危険な魔法を持っているのです」

 「憎しみ(ヘイトリッド)・・・増悪の感情に関わる魔法なのか?」

 「クロロさんは察しが良いですね。クロロさんの言われる通り、サリアの魔法は本当に憎いと感じた対象の”命を殺す”効果があります」

 「・・・重い魔法だな」

 「ええ、すごく重たい。まだ他者を憎むという意味が分かっていない子供であれば、なおさらです」


 想いには、軽さと重さがある。

 想いが重いと、それは過負荷となる。

 なんでもそうだが、行き過ぎるとそれは毒になる。

 要は、バランスの問題だ。


 人はバランスをよく崩す。

 それは悪魔も天使も同じことだ。

 一生で、1度も間違わない奴がどこにいる?

 そんな奴は、1人もいやしない。


 間違いがバランスを崩すのだとしたら、それは良くない結果をもたらす。

 だが、大概の者は痛い目を見た、というだけで済むだろう。

 けど、サリアは?

 あの子が間違って他者を憎み、自身の命を削って他者を呪い殺したら?

 感情のバランスなど、崩れやすいものだ。

 大人ですら容易く愛が憎しみに変わってしまう。

 それは愛と憎しみが表裏一体だからなんて悠長に言えるほど、楽観視した認識は出来ない。


 「・・・お前」

 「なんでしょう?」

 「怖くないのか?」

 「サリアに恨まれることが」

 「何故、恨まれると?」

 「彼女を閉じ込めているから」

 「そうした事態を防ぐために、閉じ込めているのですよ?」

 「・・・そうか?俺にはお前が違うことを考えているように思うんだけど?」

 「と言うと?」

 「お前、数えきれないぐらいサリアの部屋に行って、あの子と話してきたんじゃないのか?」

 「・・・何故、そう思うのですか?」


 ここで彼の表情が変わる。

 これは俺の言っていることが、どこかの、或いは誰かの何かに影響を与えかねないことを示していた。


 「なんでお前に対して”いやだ”、なんて拒否を意味する言葉がサリアの口から出てきたんだ?」

 「・・・」

 「それはお前がサリアに頻繁に会っていて、ある程度親しみを感じているからじゃないのか?」

 「普通に考えて、”いやだ”という言葉はその者に対する嫌悪感から出てくる言葉なのでは?」

 「子供の嫌悪感からの拒否は、案外冷たいもんだ。だって、大人みたいに無視しようとするからな」

 「・・・ほう。よく、子供のことをご存じで」

 「俺もこういう施設にいた経験があるからさぁ、分かるんだよ。子供が大人を嫌う態度ってのがさ」

 「・・・」

 「もしお前があの子の拒否を無視して無理やり従わせようとしたら、それは子供にとっての恐怖になる。恐怖心から、あのいやだって言葉は出ないよ」

 「だから、クロロさんは私がサリアと親しいとでも?危険指定の魔法のリスクを無視して、彼女に恨みを買っている張本人である私が?」

 「お前・・・建前で自分の心を隠すタイプなんだな」

 「それは、どうなんでしょうね?自分でもよく分かりません」


 ああ・・・何となく分かった。

 こいつの”想っていること”。

 きっと、ルフェ先生と同じなんだ。


 「これだけは聞かせてくれ」

 「・・・何でしょう?」

 「サリアの魔法は重い。だから多分一生ここに閉じ込められるか、全滅指定で処理されるかどっちかの結果しかないだろ」


 彼は、悲痛な顔をした。

 苦しみの表情。

 それは彼女を想うことでしか絶対に出てこない、痛みの形だった。


 「・・・どうしようもないんです」

 「・・・何故だ?」

 「サリアは・・・全滅指定に登録されかかってるんです」

 「・・・そっか」


 まだ、あんな子供なのに・・・

 全滅指定・・・それは即ち、対象者の全てを滅さなければならないという死刑宣告。

 この世に死刑制度が失われてから数百年経ったが、危険指定登録者の死刑だけはなくならない。

 悪意のない生まれつきの無垢で強大な力が、どれだけ危うい橋を渡っているかが世界の者達は分かっているからだ。


 「だから、ここに閉じ込めて匿うしか方法がないんですっ!!!」


 彼の声が高ぶる。

 嗚咽していた。

 悲しんでいた。

 怒っていた。

 ただ、それだけのことだった。


 「ここに閉じ込めなければ、すぐにでも処刑者が彼女の命を奪うでしょう!!それは・・・私だって嫌だ・・・。何故、あの子が・・・とてもいい子なのに・・・!!!」


 ドンと壁を殴るノートム。

 殴ったこぶしからは血が出ていた。


 「・・・私があの子に会っているというのは、クロロさんの仰る通りです。罪滅ぼしです。せめて、私だけでも話し相手になれればと・・・。けど、それが何だと言うのですか?私には、何も出来はしないというのに・・・」

 「・・・悲しいな」

 「ええ、とても。重くて、悲しいです」


 かつて地球と呼ばれていた頃、この星に住む人間は環境保護を通して、地球を・・・世界の寿命を延ばそうと考えた。

 それはエコだとかリサイクルだとか言われて、星を大切にするのだとみんな疑わず実行してきた。


 けれど、その考え方はこの星が地球と呼ばれなくなった時、なくなった。

 世界のためではなく、種のために星を食いつぶす。

 木を切り、火を燃やし、大気や海を汚染し、技術を発展させる。

 そして、種が星の外・・・世界の外へ行くことを決めて、数百年。

 どんなに星の犠牲があっても、俺達は生きてきた。

 生きてこの星を捨てて、宇宙と呼ばれる暗黒世界に旅することを夢見てきた。

 そう、犠牲に抵抗がもうないのだ。


 それは、危険指定だって同じことだ。

 犠牲の上に種の発展が成り立つことが正しいのなら、サリアが死ぬことだって正しいことだ。

 この世界は、そういう風に考えないと滅ぶ世界だから。

 きっと、弱い者を助けようとする者が少しでも多かったら、この星はとっくの昔に滅びただろうから。

 これは、正しいこと。

 だから、ノートンが考えていることは間違っている。


 でもな・・・俺はそんなこと、どうだっていいのさ。

 

 「お前が考えてることは分かったよ」

 「・・・そうですか・・・」


 本当に、よく分かった。


 「また、サリアに会いに来ていいのか?」

 「こちらこそ、お願いします。長い時間は無理ですが、少しでも話していただければ、あの子も喜ぶでしょう」

 「そう・・・だな」


 俺は彼に背を向ける。

 話は終わった。

 これ以上彼と話しても、意味はないだろう。


 俺は立ち去る。

 この施設の出口へ、足早に進む。

 ハルカは先に宿に帰っているし、待たせても悪いからな。


 そして外に出て、思いっきり息を吸う。

 ・・・さて。

 俺はある決意をした。

 命を懸けた決意だ。


 ここ最近、命が危ないことばっかりしているような気がするけど、まあ仕方ない。

 今回のはちょっと見過ごせないし。

 ここでサリアがずっと閉じ込められるのであれば、俺は・・・それをぶち壊してやる。


 そう、決意した。

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