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13 俺は船団員と共闘し、魔物と死闘を繰り広げた

 俺がゴーマのおっちゃんから受けた仕事の内容。

 それは、最近海上に出没するようになった、サーペントタイプ(大蛇型)の魔物を討伐することだった。


 魔物を討伐することを職にしている輩は多い。

 この世界では、魔物の破壊行為によって町の被害が多く、毎年死者も出ている。

 場所は問わず陸でも、空でも、海でも魔物によって誰かが死んでいる。

 だから、魔法によってそれらを撃退、或いは殺すことがしょっちゅうある。

 今回の仕事も、その類だ。


 最近大型の輸送船を襲撃する海の魔物がいるらしい。

 調査した結果、その魔物はサーペントタイプと呼ばれる海蛇の魔物だった。

 輸送船の物資を食らうことが、襲撃の目的だ。

 で、俺ら知的生命体はソイツを野放しにするわけにもいかず・・・


 「こうなったんだなぁ・・・」


 俺は今、激しく揺れる船の甲板に立っていた。

 俺の視線の先には、30メートルは超すであろう規格外の大きさの大海蛇が顔をにゅるっと海面から出していた。

 巨大な魔物の視線は、もちろん俺達が乗る船に注がれている。

 まともに襲われたら、多分死ねる。

 もちろん俺は死にたくない。

 他の船員も同じはずだ。

 だから必死に戦うのだ。

 命を、懸けて。


 「クオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!!!!!」


 海蛇が独特の鳴き声を響かせる。

 硬貨が落ちた時に出るチリンとした音が、ずっと持続したらこうなるかのような声。

 綺麗で、禍々しかった。


 「・・・来るぞおおおお!!!!」


 船の上から叫び声が聞こえた。

 船員の誰かによるものだろう。

 海蛇はその巨体を震わせて、顔を船に急接近させていく。

 そして、バクリと纏めて船員を2人食った。


 「!!??」


 そのまま船員を飲み込むと、すぐ近くにいた俺に襲い掛かってきた。

 牙のズラッと生えた口を開き、甲板の床をガガガと削って飲み込みながら俺に豪速で接近してきた!

 やばい!!

 俺はまともに動けていなかった。

 こんな巨大な魔物を初めて見て、体が固まってしまったのだ。

 そして・・・


 「らああぁぁぁ!!!」


 瞬間、目の前に船長のゴーマが躍り出てきた!

 巨大な大剣を携えたその姿が、一瞬ブレる。

 同時に、海蛇の下顎が丸ごと切断されていた。


 「ギャアアアアアア!!!!!」


 魔物の叫び声が、ビリビリと緊張感を与える。

 それでようやく俺の体は動いてくれた。


 「ビビったか?」


 おっちゃん・・・いや、船長が肩をポンと叩き、軽く笑う。

 そして1秒もせず、また走り出した。

 くそ、やってくれるな。

 かっこいいじゃないか。


 海蛇は痛みが激しいのか、船のマストに巨大な尻尾を叩きつける。

 1度目で柱にヒビが入り、2度目で中間部分から真っ二つに叩き折られた。


 「倒れるぞおお!!!」


 船長の剛声に従って、バラバラに動き回っていた船員がマストから遠ざかる。

 太い柱が倒れて、逃げ遅れた1人がその下敷きになり、潰されて圧死した。

 同時に、海蛇の尻尾が船の甲板に叩きつけられる。

 たった一振りで数人の命が散らされていた。

 そもそもウェイトに違いがありすぎるのだ。

 生物の単純な強さは、体重差で決定されるものだから。

 命の重さとはまた違う、強さの指標。

 これを覆すことは難しい。


 尻尾が船の床に接触する度、バキンと砕かれる。

 足場がどんどん少なくなっていく。

 この魔物が暴れ放題な状況を何とかしなければ。

 そう思った刹那。

 大剣を持った船長と、刀を持った船員のパダシリが暴れ狂う尻尾へ突っ込んでいく。


 「うおおおおお!!!」


 船長が大剣で、巨大な尻尾を受け流した!

 直後。


 「ハアァ!!!」


 パダシリが跳躍した。

 綺麗な弧を描いた銀閃が、刹那的な速度で尻尾を切り裂く。

 1秒遅れて、バックリと尻尾が胴体部分から離れていった。


 「すっげぇ・・・」


 思わず感嘆の声をあげる。

 アイツ、あんな手練れだったのか。

 今度からパダシリのこと、馬鹿にしないようにしよう。


 海蛇が痛みの咆哮をあげる。

 許さないと。

 殺してやると。

 元々生存本能が食欲を刺激して襲い掛かってきていたのが一転して、怒りを主軸に海蛇は攻撃を開始した。


 海蛇が海中に勢いよく潜る。

 水しぶきが盛大に飛び散り、その長い巨体は姿を消した。

 だが、海面には海蛇のシルエットが見えていて、今まさに巨大な質量となるその身体を、船体にぶつけようとしていた。


 「海中担当おお!!!」


 またしても船長の命令が響き渡る。

 すると、船員の内何人かが海蛇のいる方へと走り、集団で固まる。

 そして、集まった船員が同じタイミングで魔法を唱えた。


 「”形無きを形作ることデストロイオブカーレント”!!!」


 混成の声が俺の耳に伝わった途端、うねっていた海面が静止した。

 静止して・・・浮き上がった。

 そう、海蛇がいる海中部分だけ球体上に海中と分離して、空中へ徐々に浮き上がっていた。

 魔法を唱えた船員達が両手を浮き上がらせた海水に向けている。

 ”球体上の海”の中では、激しい海流が発生しているようで、海蛇もうまく動くことが出来ていない。


 「・・・サーペントタイプが来ます!!船長!!」

 「おうっ!!!」


 気合と共に、船長が前へ出る。

 魔法を唱えている船員達はモーゼの滝のように左右へ別れ、離れながらも魔法の効果を持続させている。


 「クオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!!!!!」


 海蛇は、閉じ込められた水牢の中で、回復していた。

 切断されたはずの顎は新たに肉が形作られ、元の形状に再生し、尻尾も生え変わっていた。

 まるでトカゲの尻尾の再生を全身で見ているかのよう。

 驚異的な、と言うよりも、現実的にあり得ない再生速度を誇っていた。

 プラナリアでもこんなに早く再生することは出来まい。


 「よっしゃ!!!」


 船長は大剣を構える。

 大上段だ。

 大技が来るらしい。


 「”見えぬ流れを掴むこと(パワーオブクリア)”」


 船長が魔法を唱えると、大剣に風が纏う。

 見えないはずなのに、風の流れが大剣を中心に集まり、どんどん大きくなっていくのを感じた。

 透明な脅威。

 それは命の防衛本能が疼くぐらい、もたらせる結果が慨嘆しか招かないことを存在で示していた。

 早い話、アレは危ない。

 危険だ。


 俺は後ろへ走る。

 出来るだけ距離を取るように。

 直後、海蛇は浮遊した海水の牢屋を破り、一直線に船長の方へ飛び掛かる。

 そして・・・海蛇が巨大な口で船長に食い掛る直前。


 ドンと音を立てて、船長の姿が消える。

 音と一緒に、海蛇の首がズンと船に衝撃を与えて落ちた。

 瞬間的な出来事。

 世界を1秒単位ではなく、0.1秒間隔で認識し、処理出来る達人の技。

 それを受けて、海蛇の胴体はそのまま進行方向先の海水へ落ち、頭部は甲板にゴロゴロと転がった。


 風で物体を切れる道理はない。

 だが、魔法はそんなことすら可能にする。

 だから種の持つ技術の躍進はここ数百年で急成長した。

 あり得ないを可能にすること、それが魔法なのだ。

 だが・・・


 「まだ来るぞおお!!!」


 船長の叫びが安堵感に包まれた船員全員に届く。

 まだ、終わっていない。

 そのことを自覚したのは、甲板に転がっていた首から、急速に胴体が生えだしてからだ。

 胴体が粘液を帯びながら再生していく。


 「おらぁぁぁぁ!!!!」

 「やああぁぁ!!!」


 再生の隙を与えまいと、船長とパダシリが斬撃を再生元である海蛇の頭部にくらわせていく。

 数瞬のうちに頭がサイコロ状にバラバラになっていく。

 華麗な解体技。

 なのに、切断した箇所から透明な粘液が吹き出し、あっという間に再生していく。

 いくら斬っても死なない。

 こいつ、不死身か?


 「ちぃ!!!」


 パダシリと船長はバックステップして後退していく。

 切断の速度よりも、再生の速度の方が上回ってしまったためだ。

 そして、10秒もしないうちに海蛇の巨体が完全に再生してしまった。


 「・・・こいつ、再生力が異常に強いぞ!?」

 「どうしますか船長!」


 パダシリが船長に聞く。

 緊迫感が場を占領する中、間を空けずに彼は答えた。


 「こいつは俺達じゃ無理だ!逃げて討伐依頼をギルドに請けてもらうしかない!!」


 船長はそう言った。

 瞬時にそういった判断を的確に行える者は少ない。

 俺も、その判断に賛成だ。

 ただ・・・どうやって、この巨大な魔物から逃げ切ることが出来るのだろうか?


 「ぐっ!!!」


 海蛇が甲板で暴れまわる。

 胴体をうねらせ、近くにいた船員を潰す。

 或いは尻尾で叩いて船員を海に落としていた。

 さっきの水の魔法を唱えていた陣形は、あっという間に崩壊した。

 魔法を唱えようとした2人が海蛇に食われたからだ。

 海蛇の頭部、胴体、尻尾のどれに近付いても、死の危険が身に注ぐ。


 これで、船員の半分が死んだ。

 船長とパダシリは船員を守るために、海蛇の攻撃を受け流している。

 これは・・・本格的にマズイ状況だった。


 船が徐々に崩壊していく。

 今や足場の確保にも気を遣う。


 ・・・逃げるか?

 船長に世話になったのに?

 しかもハルカが部屋で待っている。

 この船が沈められたら、彼女は・・・死?


 死ぬのか?

 みんな、死ぬ。


 みんな、生きるために戦っている。

 でも、俺は今何をしている?

 逃げ回っているだけじゃないか。

 何故?


 それは、俺が魔法を使わないから。

 使ったら、多分俺は危険指定されて、閉じ込められるだろう。

 きっと、死ぬまで。


 でも、今死ぬよりはマシじゃないか?

 ハルカや船長を死なせるよりはマシじゃないか?

 仲間を・・・捨てるよりは良いんじゃないのか?


 命を助けるのなら、命を懸けなくてはいけない。

 世の中は懸けるものがなければ、何にも挑めないように出来ている。

 仕事なら自身の時間を。

 時間を使い、重い物を運ぶなら体力を。

 体を動かすなら栄養を。

 栄養を摂取するなら獲物を。

 獲物を狩るなら技術を。

 技術を得るなら、やはり自身の時間を。


 トレードオフ。

 等価交換。

 そのように呼ばれている世界の法則は、確かに実在する。

 だから俺は、命を助けるなら命を懸けなくてはいけない。


 出来るだろうか?

 矮小なこの俺に。

 ・・・やるしかないだろう。

 出来る出来ないではなく、ただやるのだ。


 やれ・・・

 やれっ!!!!

 

 「おっちゃん!!!」


 俺は船長に叫ぶ。

 すると、すぐにこっちへ来てくれた。


 「俺がこれを何とかする!だからおっちゃん、その間俺を守ってくれ!!」

 「お前もやっとやる気になったか!自信はあるんだな!!」

 「やってダメなら死ぬだけだ!どうせこいつから逃げる方法なんてないだろ!」

 「おう!その通りだ!!」

 「なら、やるだけやって後悔のないようにしてやる!!」

 「それだけの決意があれば、十分っ!!!」


 船長が言うと同時に、俺へ迫った巨大な尻尾を切り伏せる。

 ビチビチと跳ねながら尻尾が床に落ちるが、すぐに胴体の方の切断面からネバネバと粘液を滴らせて復活する。


 「パダシリ!!援護しろぉ!!!」

 「ハイ!!!」


 船長の呼び声でパダシリが風の速さでやってくる。

 それに気を取られたのか、海蛇の顔がこっちの方を向いた。


 「うおおおおお!!!!」


 海蛇が俺の体を食い破ろうと、迫ってくる。

 それを真正面から大剣で受け止める船長。

 その隙に横から海蛇の片目を素早くパダシリが潰す。

 だが、すぐに再生。

 凄まじいウェイトの差による重量が、船長の体を押す。

 ギシギシと船長を支える床がひび割れ、砕けていた。


 「は、早くしろぉぉ!!!」


 船長が苦し気に俺へ叫ぶ。

 そう、早くしなければ。

 俺は深く目を閉じた。


 俺に必要なものを、思い浮かべる。

 想像した。

 命が命であるために、何を求めるのかを。


 肉、植物、陽光、そして・・・水。

 そう、全ての命が共通して欲するものは、水だ。

 水素と酸素の化合物。

 肉体が生命活動を維持するための基本的な物質。


 かつて原始地球は火の玉であったが、豪雨が地表に降り注ぎ、海となった。

 その海はシアン化水素や青酸などが解けている猛毒な海だった。

 だが、そんな猛毒の環境から生物は誕生した。


 さらにその生物は時を経て、二酸化炭素から酸素を輩出した。

 だが、そうして作り出された酸素は猛毒だった。

 かつて酸素は毒だったのだ。

 しかし、有毒だが強いエネルギーである酸素を、命は取り込んだ。


 かつて毒性を持ったもの全てを、強い命と魂を持って俺達は利用してきたのだ。

 命の母と俺達が呼ぶ毒の水ですらが、俺らの生きる力となった。

 毒を置換して命に変えていかなければ、生きていけない程に。

 だから、水がないと生きていけない。

 命は水という存在を自ら手放すことが出来ないのだ。


 命は欲する。

 強いエネルギーを。

 だから、この星は・・・

 

 「は、やく・・・っっ!!!」


 俺を守ってくれている者の意思で、目を開いた。

 力がみなぎっている。

 魔法の力は、絶対的な現象で現実を歪ませる。

 俺はそのことを知っている。


 使うことを躊躇っていた。

 けど、守る者のためならば。

 ハルカのためなら・・・俺はこの魔物を魔法で殺そう。


 船長が必死に抑えてくれてる魔物に向かって、手を向けた。

 無慈悲で意思のない魔法の力が、命を代償に一瞬で発動した。


 「”何も無いということリターントゥナッシング”」

 「ギャアアアア・・・」


 魔物が叫び声をあげるが、途中で止まる。

 もう、海蛇が死んでいた。

 一瞬で体の水分という水分が消滅したからだ。


 この海蛇の持つ魔法が、強いエネルギーを持つ水素を利用して細胞分裂を行い再生しているのであれば、その元である水分を消滅してしまえばいい。

 俺は命を消滅させることは出来ないが、水はただの水素と酸素の化合物でしかない。

 水中に含まれる微生物を除いて、分子レベルから水を消すことが出来る。

 だから、一瞬で決着がついた。


 ・・・俺達の勝ちだった。

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