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11 餓死寸前の2人はいつの間にか海に出ていた

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・」


 恐怖の貞○ヴォイスが港に響き渡る。

 この声を不気味だと人は言うだろう。

 けど、お腹が減りすぎてこの声しかもう出せん。


 俺はハルカを背負って、船の出入りが頻繁な漁港まで来ていた。

 本当は物乞いでもやってれば良かったんだろうが、きっとここの町民達は俺達に施しをすることはないだろう。

 ホームレスの生活が成り立つのは、そこがある程度人口の密集した都市だからである。

 人が多ければ、様々な人間が集まる。

 だから仕事も多い。

 ホームレスのハルカでも出来るような仕事・・・例えば空き缶拾いだとか。


 けど、ここは仕事として漁業をする奴らが殆どで、空き缶を拾って売ろうにも引き取り先の業者がいない。

 つまり、ホームレスの収入減が極端に少ないのだ。

 で、あてもなくウロウロした果てにたどり着いたのが、この漁港であった。


 「おい!そこのあんちゃん!そこにボケーと突っ立ってると、みんなの邪魔なんだよ!」


 と、後ろから声をかけられる。

 ガッチリ体形の中年悪魔だった。

 着ている作業服が漁業用だから、きっと漁師さんなのだろう。


 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・」

 「あ゛あ゛あ゛ってあんちゃん・・・不気味な声出すなよ。気持ち悪いな」

 「ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛・・・」

 「おいおいあんちゃん!あ゛がダメだからって、そんな小説でしか表現出来ないような声を出すなよ!ますます気持ち悪い」

 「**+。。??!#$%&&+「=~&#”)%%Q?!!$」

 「やべぇ。このあんちゃん、もはや何言ってんだか理解出来ねぇよ」


 1歩2歩、漁師さんが後ずさる。

 俺も合わせて1歩2歩近寄る。


 「ひっ、近付くんじゃねえよ・・・」

 「☁☁☁☁☁☁☁☁☁☁☁☁☁☁☁☁☁☁☁☁」

 「雲のマークを連呼だと!?こ、こいつ、小説のセリフの限界を突破してやがるっ!!逃げろお!!!」


 そして、漁師さんはいなくなった。

 ああ、何ということだ。

 俺はただ、助けてと言ってただけなのに・・・

 神の悪戯で、俺のセリフが雲マークに置換されただけだというのに・・・

 作者よ、この物語の主人公を餓死させてどうする気だよ・・・


 意識が朦朧とする。

 もやもやと視界が歪む。

 そして、パタリと俺はその場に倒れたのであった。



 ---



 「桃シロップのボヨンボヨンイマジネーション!!!」

 「うおおおお!?」


 俺は意味不明な言葉を発すると同時に目が覚めた。


 「ここは・・・」

 「あんちゃん・・・お前、起きると同時に変なこと叫ぶのやめてくれよ。おっちゃん、目玉が飛び出るかと思ったぜ?」


 俺の目の前には、漁港であったあのガッチリ中年悪魔の漁師さんがいた。

 周囲を見ると、ここは木で作られたであろうことが伺える室内だった。

 どうやら、部屋の隅に置かれたベットに俺は寝かされていたようだ。


 「ああ、すんません。俺、起きる時変なことを言うのが癖なもんで」

 「つくづくキチガ・・・いや、クレイジ・・・いや、ファッ・・・いや、重症患者な奴だな」

 「何回も訂正したわりには、最後の言葉が1番キツイよ!!」

 「ツッコミが早いな。もしやあんちゃん、プロか?」

 「こんなんで金が稼げたらどんなに嬉しいことか!!」


 本当にそう思ったので、ついつい泣きながら叫んでしまった。

 相変わらずお腹が空いているのだ。


 「ところで、ここは・・・」

 「ああ、おっちゃんの船の中さ」

 「・・・何故に船?」

 「あの後あんちゃんぶっ倒れてよぉ。おっちゃんそんなに鬼じゃないから、放っておけなかったけどよ、こっちも仕事があったんだ。だから、仕事しながらあんちゃん達を助けてやろうとしたのさ。結果、1日中ずっとあんちゃんはここで寝てたわけだ」

 「まじっすか」


 おお・・・

 まさしく捨てる神あらば、救う神ありだった。

 おっちゃん神やん。

 いや、仏やん!

 俺はすごく感動した!


 「これは菩薩のOYAJIだ!!」

 「うお!?また意味の分からないことを言いやがるな」

 「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空・・・」

 「あんちゃんそれ般若心境!!!おっちゃんは確かにOYAJIだけど、BOSATUじゃねぇぞ!!」

 「父よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意された食物を祝福し、私達の心と身体を支える糧としてください。父と子と、聖霊のみ名によって。アーメン」

 「神でもねぇし!!しかもそれ、食事の時の祈りじゃねぇか!!!」

 「へ!?食事出してくれないんですか!?」

 「食事をご馳走になること前提かよ!!!」

 「前提ですよ!!当たり前田のクラッカーですよ!!」

 「そのギャグおっちゃんもまだ生まれてない頃のギャグなのに、よく知ってんな・・・」

 「前田のクラッカーが食べ物だってことも知ってますぜ?」

 「おっちゃん、色々と濃ゆい若者を拾ってきちまったみたいだぜ・・・」

 「後悔するなよ?」

 「反省はしてる」


 漁師さん・・・と言うかおっちゃんは、呆れてるのか楽しんでいるのかよく分からない顔で、腕を組んで椅子に深く腰掛けた。

 しかし俺のテンションがだんだんハルカに似てきているのは気のせいか?


 ん?

 そういえば・・・


 「なあおっちゃん」

 「おう、いきなりため口にチェンジされたことに少し戸惑ってるおっちゃんだ。何だ?」

 「俺が漁港にいた時におんぶしてた、ちょっと・・・いや、まるでファンタジーの作品に出てくるような味のある性格をした女の天使はどこなんだ?」

 「ああ、あの子な。あの失礼を失礼とも思わない傍若無人で我が道を往くキチガ・・・いや、クレイジ・・・いや、ファッ・・・いや、重症患・・・いや、もはや手に負えない性格破綻したツンツンお嬢ちゃんなら、甲板に出てるぜ?」

 「貞〇ボイスで歩き回ってた俺よりも酷い評価!!!」

 「だってよぉ、ベットから起きた直後にあごをしゃくれさせながら元気ですかー!!を初対面の船員に叫びながら全力のビンタをぶちかましちまったお嬢ちゃんだぜ?しかもその直後、ガッデムクロロじゃなかった!って恥ずかしながら呟いたっきり、一言も話さずに無表情で出された食事食ってたぞ?」


 俺、会ったこともない船員が哀れに思えてきた・・・

 しかもハルカの奴、俺にビンタをしようとしていたな?


 「とまあ色々あったが、結果あんちゃんとお嬢ちゃんを俺が助けたわけだ」

 「おっちゃんところで食事はまだですか?」

 「おいおい、その前に言うことはないのか?」

 「おっちゃんところで食事はまだですか?」

 「同じセリフで自分の食欲をアピール!?いや、おっちゃんはただ感謝の言葉が欲しくてな?」

 「まあまあおっちゃんところで食事はまだですか?」

 「・・・ま、いいか」


 おっちゃんは何かを諦めたのか、おーいと叫びながら部屋を退室する。

 数十秒後には、トレイに乗せられた食事を持った船員を引き連れて、おっちゃんが戻ってきた。


 「紹介するぞ。天使の嬢ちゃんにビンタされた見習い船員だ」

 「どうも。1度は綺麗だと思った天使さんにビンタされた、パダシリっス」


 連れてきた船員は、俺よりも若くてひ弱そうな悪魔だった。


 「パダシリって変な名前だな」

 「と言われても・・・」

 「よし、言いにくいから略してパシリと呼ばせてもらおう」

 「僕、パシリっスか!?」

 「よおパシリ。早く食事を置くんだパシリ」

 「会って数秒で全く遠慮ないっスね!?」

 「じゃあパリでもいいぞ」

 「昔の都市の名前になっちゃってるじゃないっスか!!」

 「しょうがないな。ならハルマゲドンパシリは?」

 「何故僕の名前がそんな壮大なことになってるんスか!?しかもパシリに戻ってるし!!」

 「だって顔がハルマゲドン(破滅的)っぽいからさ」

 「なんでハルカさんと同じようなことを言うんスかああああ!!!!」


 新米船員はトレイを置くと、涙腺を崩壊させながら室内をダッシュで退室した。


 「・・・俺、そんな酷いこと言った?」

 「顔がハルマゲドンは色々な意味でハルマゲドン級だぞ」

 「いやぁ、いじりやすい奴だろうなと思ったら、ついつい」

 「言いたいことは分かるがな・・・。あいつ、天使のお嬢ちゃんに顔がビックバン(終末的)っぽいって言われて落ち込んでたんだよ」

 「俺が追い打ちかけたのか・・・」


 それは悪いことをしたな・・・


 「もう1回会ったら謝っておこう」

 「まあ、アイツも他の船員からいじられてるし、すぐに立ち直るとは思うけどな」

 「これから苦労するタイプなんだな」

 「ああ、全くだ」


 俺とおっちゃんは、深々と同時に頷いたのだった。


 「ま、とりあえず食えや」

 「それじゃ、遠慮なく」


 俺は出された食事をバリバリムシャムシャとあっという間に平らげた。


 「幕末級のスパシーボ!!」


 俺は久々の食事に感無量な気分と化し、思ったままの感想を吠えた。


 「おい!!感謝したのは良いことだが、一歩間違えば大昔の映画タイトルになるぞ!!」

 「おや?おっちゃんも版権を気にするのか?」

 「一歩間違えば、この物語の登場人物が別世界の支配者に消される羽目になるんだぞ?」

 「神がギリギリを攻めろと囁くんだ・・・」

 「おお、神よ・・・」


 俺達2人は、およそこの世界のわき役には理解しがたいであろう存在へ祈りを捧げた。


 「なあ、おっちゃん。ところで何者なんだ?」

 「何者とは?」

 「さっきの船員に食事を持ってこさせたり、助けるためとはいえ俺とハルカを船に乗せたり。勝手に見ず知らずの男女を船に乗せられるわけじゃないだろ?」

 「ああ、なるほどな。あんちゃんが気になってたのはそこかい」


 おっちゃんが納得したように快活な笑顔を見せる。

 中年でありながら、喜怒哀楽よく動くその顔は若々しく見えた。


 「俺はエマ・フォカロル水産会社所有、エマ号船長のゴーマってんだ」

 「おっちゃん船長だったのか!!」

 「おうよ。船長命令であんちゃん達を船で保護したのさ」

 「船長さんの命令?」

 「あんちゃんはきっとサイモンセッズの方を想像してるんだろうが、違うからな?」

 「洗腸命令か!!」

 「読みは同じだが漢字が違う!!洗腸じゃなくて船長だ!だから下着ごとズボンを脱ごうとするな!!」

 「俺、千兆個の夢があるんだ」

 「あんちゃん、わざとやってるだろ」

 「いや、腹が満たされて嬉しくてさ・・・」

 「あんちゃん餓死寸前だったもんなぁ」


 そうなのだ。

 まさに死ぬ直前だったのだ。

 そこからの奇跡的な復帰・・・

 嬉しくてふざけたくもなるってものだ。


 「・・・ふう、心も体も満足だ。パーフェクトだよ、船長」

 「上から目線が気になるが・・・そいつは良かった」

 「んじゃ、そういうことで」


 俺は自然な動きでベットから起きて、室内から出ようとする。


 「あんちゃん。無銭飲食は犯罪だぞ」

 「・・・これ、慈善行為じゃなくて?」

 「返せるなら返して欲しいなぁ?」

 「俺を帰せるなら帰して欲しいなぁ?」

 「上手いこと言っても見逃さないぞ」

 「えええ・・・」


 助けてても、タダじゃないのか・・・

 世の中世知辛いぜ。


 「でも、金がないことは天使のお嬢ちゃんから聞いている」

 「ん、なら俺から何を取るってんだよ」

 「じゃあ、あんちゃんは何を取ると思う?」

 「・・・俺の心を奪うのか?」

 「俺は大昔のアニメ映画の怪盗3世かよ!!しかも男相手にそんなもん奪い取りたくないぞ!!」

 「まさか・・・ハルカを✖✖✖✖するのか!?」

 「そんな規制がかかるようなことをする程俺はゲスじゃないわ!!!」

 「じゃあここはフライングダッチマン号で、船員として100年働かなくちゃいけないのか!?」

 「俺はデイヴィ・ジョーンズじゃねえよ!!しかもここが幽霊船に見えるってのかよ!!」

 「いや、だって小汚いし」

 「確かに小汚いが、あのボロボロ幽霊船のフライングダッチマン号程じゃないだろ!!」


 おっちゃんはぜえぜえ肩で息をしながら、俺を逃がすまいと鋭い眼光を飛ばす。


 「おっちゃん、そろそろツッコミがキツいんなら、もう俺を開放しようぜ」

 「まだまだ・・・若いもんには負けんよ」


 漁師らしく、ガッツのあるおっちゃんであった。

 ・・・普通に考えて、悪い悪魔じゃないよな。


 「・・・具体的に、俺は何をすればいいんだよ」


 俺が観念したことを、やっとかと言いたげな様子でイスに座る船長のおっちゃん。

 今までキツイ仕事をこなしてきた者特有の荒っぽい仕草で、おっちゃんは俺を指さしこう言った。


 「俺の船で働いていけ!!」

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