1 ある日俺は家族を作るために旅に出た
「ねぇ、クロ君」
「なんだよ?ルフェ先生」
ルフェシヲラ先生・・・通称ルフェ先生は、俺に向かって話しかけた。
今年325歳にもなる、悪魔の中でも最高齢のおばあちゃん悪魔だ。
悪魔と言っても、人間と外見は殆ど同じで、角が2本頭から生えていることと、尻尾がある以外は至って普通の人間と変わらない。
そんな悪魔のルフェ先生は、俺のお世話になった孤児養護施設・・・希望の家の代表なのだった。
今、俺とルフェ先生が立っているのは、希望の家の外門だった。
「クロ君は楽しかったかい?ここでの生活は」
「・・・分からない。だって、ここの仲間は家族じゃないからな」
「ここの子供達はみんな、本当の家族に飢えてるからねぇ」
ルフェシヲラ先生は、寂しそうにそう言った。
大勢の子供達を育ててきた偉大な悪魔でも、こんな目をするんだな・・・
「でも、ここでの思い出はいっぱいあるから、多分寂しくはないかな」
「そうだねぇ。副院長先生がタバコを吸ってた時期、彼の健康を守りたいからタバコを隠すって子供達がみんな言いだした時なんて、とっても面白かったわねぇ。タバコを本当に巧妙に隠すものだから、果てには副院長先生が発狂しちゃったものね」
「だからって、副院長先生も禁断症状で希望の家を燃やそうとしなくてもいいのにな」
あの時は本当に大変だった。
タバコが吸えないんなら、家を燃やしてその煙を吸ってやるって叫んでいたのを、みんなで必死に押さえつけたのだ。
タバコは俺の戦友だ!なんて叫んでいたあたり、凄まじい執念を感じたよ。
結局今は、子供の心配が伝わったのか、禁断症状も克服して禁煙に成功した。
彼は戦友を捨てたのだ。
「それに、死体ごっこ事件もあったわねぇ」
「ああ、そんなのもあったなぁ。環境に最もクリーンな遊びとは、死体のふりをすることだ!なんて言ってみんなでやったっけな」
「全員で死体のふりをしてたら、副院長先生が驚いて心中しようとしてたものねぇ・・・」
「あの時は、悪ノリして遊びに参加したルフェ先生も悪いんだかんな」
「あらぁ?そんなことあったかしらぁ?」
「ボケたふりしても無駄だぞ?最近は認知症の演技して、こっそり副院長にイタズラしてるのも知ってるんだぞ」
「あらぁ?そんなことあったかしらぁ?」
「その言い訳2回目だよ!!せめて違うセリフで言い訳しろよ!」
「だって、副院長先生が面白いんだものねぇ」
「正直に答えるのも困りものだなあ!!」
清々しいくらいに罪悪感のない瞳で、ルフェ先生はそう言った。
哀れ、副院長先生。
「と言うか、さっき言った火災事件も死体ごっこ事件も、発案者はルフェ先生じゃないか」
「そんなことは知らないわねぇ。そんなことよりも、クロ君がみんなに隠れてエロ本をベットの隠し場所に収集していたのを、どこかで見た気がするよのねぇ」
な、なにぃ!?
先生め・・・180度話題の方向性を変えて、俺に脅しをかけてきやがった!!
誰にも見られないように、俺のエロ本(Dランク~Sランクまであり)の保管場所は本の山で閉ざされたベットの下・・・なんてベターな場所じゃなく、ベットの寝台の裏の木材の隙間に隠した暗証番号付きの小型隠し金庫の中に厳重に保管されていたはずッ!!
「あらぁ?そんなことあったかしらぁ?」
「それ、わたしのセリフよぉ?この小説を読んでくれてる読者がわたしだと勘違いしちゃうから、やめてくれる?」
「ヒューヒュー」
「口笛吹いてごまかさなくていいわ。しかも全然吹けてないわねぇ」
「脅しなんて、先生らしくないですよ?ハハッ!!」
「とぼけるなんて、クロ君らしくないわよぉ?せっかくクロ君のエロ友達がわたしに情報を売ってくれたのにねぇ?いつでも希望の家の子供達に、この事実を暴露出来るわよぉ?」
「すいません!あれは違うんです!路地裏に落ちていた人間の女性の裸特集、『人間摩天楼』というタイトルに最初に惹かれたのがいけないんです!男の本能が俺に優しく囁いたのがいけないんです!!俺の意思じゃないんです!男ならあのタイトルに惹かれないわけがありません。仕方ないことなんです!希望の家の聖母であらせられるルフェシヲラ先生なら、分かってくれますよね?」
俺は素直に土下座した。
こういう時は、頭を地面に食い込ませるのがコツだ。
「ここで私が暴露しないことを約束しても、クロ君がここを去った後、約束を守ったかどうか確かめる術はないわよねぇ?」
ルフェ先生が、ニヤリと邪悪な顔に・・・邪悪な顔にッ!!!
土下座までしたのに!!
「ルフェ先生は悪魔だ!これは悪魔の所業だ!!」
「変なことを言うわねぇ。わたしは正真正銘の悪魔よ?」
「じゃあ悪い悪魔だ!!」
「人が悪いじゃなくて、悪魔が悪いでしょ❤」
「言葉間違ったのは俺が悪いけど、その歳で❤はヤバイって!!」
「(^_-)-☆」
「それもダメ!」
「( `ー´)ノ」
「怒ってもダメ!」
「\(゜ロ\)ココハドコ? (/ロ゜)/アタシハダアレ?」
「ここで認知症のふりしてもダメ!」
「-y(^。^)。o0○ プハァー」
「タバコ吸ってもダメ!しかもそれ、副院長先生からくすねたやつじゃん!!」
本当に哀れ、副院長先生・・・
「エロ本のこと、暴露ですか!暴露ですか!!!暴露するんですかぁ!!!」
「そんなに詰め寄らなくてもいいじゃないの。おばあちゃん、迫力でちょっと心臓が止まりそうよぉ」
「それだけ俺が余裕ないってことだ!」
「なら・・・」
ルフェ先生が、一呼吸おいてから・・・
「ここに、残らないかい?」
「・・・」
先生が、寂しげにそう呟いた。
俺も少し沈黙。
ああ・・・せっかく、楽しい思い出の中でここを去れるかと思ったのに。
でも、仕方ないよな。
「わたしは、いつまでもクロ君にここで生活してもらってもいいのよ?君がいなくなったら、みんな寂しがるわ。仲間は1人でも多いほうがいいもの」
「・・・先生」
俺は、先生を抱きしめる。
温かい。
体は小さく、見た目は年老いているけど、心が温かいことを感じる。
きっと先生に拾われなければ、親もいない俺はこの冷たい世界で飢え死にしてたんだろう。
俺が生きてこられたのは、先生の温もりがあったからだ。
命は熱量なしには生きられない。
誰にだって、温もりが必要なのだから。
「俺は、先生が大好きです。希望の家のみんなも大好きです」
「なら、ここに残るべきよ。冷たい外の世界に行く必要なんか、どこにもないのよ?」
「でも、俺は探したいんだ。作りたいんだ。俺の”家族”を」
「ここにいるみんなじゃあ駄目なのかい?」
「・・・ここにいる仲間は、みんな先生のおかげで元気に育ってる。けど、本当はみんな、本当の肉親・・・家族を恋しがってる。俺にはそれがちょっとキツイんだ」
「だから、探すのね?」
「そう。俺は・・・家族を作るんだ。ここを出て、旅に出て。ついでに冒険ってやつもしてみたいし」
世界に出て・・・俺が好きになれそうな人と、家族になる。
一緒に幸せになる。
肉親と過ごせなかった時間を、ここで取り戻す。
「ここで俺の失った時間は取り戻せないんだ。だから俺、行くよ」
俺はルフェ先生を離す。
そこには、涙で顔がグシャグシャになった先生がいた。
「そうねぇ。そうよねぇ。息子同然にクロ君を育ててきたけど、息子はいずれ巣立ちするものよねぇ」
「・・・許してください」
「そんなの・・・嫌よ。何で外の世界が辛い場所だと分かっているのに、クロ君を放り出さなくちゃいけないの?わたしは、そんなの嫌よ。嫌に決まってるじゃない」
ルフェ先生が自分の手で涙を拭う
そのしわがれた手は、俺を育ててくれた偉大な手だ。
そんなことに、使わないでほしかった。
ルフェ先生が黙りこくる。
短いようで、長い時間。
それでも終わりはやってくる。
何にだって始まりと終わりはあるものだから。
そのことを先生も分かっているから、こんなにも名残惜しい。
俺だって、そうなのだから。
「約束して、クロ君」
「・・・何を?」
「ここを出ていきっぱなしは許さないわ。絶対にまた、ここに戻ってきて。お願い」
ああ。
本当にルフェ先生は、優しい。
だから、俺が20歳になるまでずっとここにいたのだ。
いることが出来たのだ。
「約束します。ここに、家族と一緒に戻ってきます」
「約束よ。絶対に破らないでね」
「大丈夫。守ります。絶対に」
そう。
守る。
大切なことだ。
約束を守ることって、難しい。
けど、必要なことだ。
誓いは、人を強くするものだから。
「もし約束を守れなかったら、クロ君がエロ友達と娼婦の店に行って、いざ店に入ったらお金が足りなくて門前払いされて、娼婦達から大笑いされたことを子供達に言うわよ」
「あなたはそんなことまで把握してるのか!!」
「しかも、その後でエロ本を買いに行って、希望の家でいざ開封したら熟女のDランク本だと判明して、一晩中ひっそりと泣いたことも知ってるわよ」
「一体俺のエロ友はどこまで情報を漏らしたと言うんだ!?」
「・・・全てよ」
「ファ!?」
俺は驚愕した。
全ての秘密が、この悪女に?
あんなことや、こんなこと。
✖✖✖や、✖✖✖✖も?
おお、俺のエロ友よ。
お前はもはや友じゃない。
友を取って、ただのエロだ。
今度から心の中で、エロと呼んでやることにしよう。
・・・自分で思っててわけ分からないな
「だから、そうならないためにも戻ってきなさい。ここは間違いなく、クロ君の居場所の1つなんだから」
居場所。
家。
家族の住む場所。
俺は・・・
「ありがとう・・・ございます」
思い出す。
良き日々を。
ああ・・・楽しかったなぁ。
ケンカもしたけど、結局は仲直りしたんだよな。
はは。
そうさ。
ここは、俺の居場所だ。
「・・・それじゃあ、また会いましょう」
思い出に捕らわれない内に。
ここにいたら、ルフェ先生を悲しませるだけだ。
だから、最後は笑顔で元気に!!
「行ってきます!!先生!!」
「うん、行ってらっしゃい!!」
俺は荷物を背負いなおす。
背中に背負っているのは、でかいバックパックだ。
この中に、テントや最低限の生活道具一式が入っている。
力を入れて、後ろを向く。
草原が続いていた。
まっさらな、黄緑一色。
見慣れた場所だった。
この先には新しい街がある。
さあ、行こう。
希望を胸に!
「クロロォ!!またね!!!」
後ろから何人もの声が聞こえた。
ルフェ先生じゃない。
俺は首だけ後ろへ向ける。
そこには・・・希望の家の窓という窓から顔を出して、手を振る子供達。
俺の友達が、笑顔で・・・笑顔で・・・!!!
「行ってらっしゃい!!!」
天使も悪魔も人間も、関係なく俺を見送っていた。
秘密だったのに・・・
いつの間にバレてしまったのか。
・・・嬉し涙かな?
頬に水滴が流れる。
でも、別にいいや。
今はただ、嬉しい。
「じゃあな!!!みんなぁ!!!!」
バイバイ。
今日の日は、さようなら。
また、会う日まで。
俺の旅は、こうして始まったのだ!
「さあ、俺の家族を作りに行こう!!」