春鳥とクッキー
初出:WEB拍手
北風の冷たさもだいぶ緩んだ春の午後。
森の屋敷の裏庭で、今年の畑計画をアデレイド様と相談していた。
少しトマトを減らして葉物を増やそうか、とか、花壇に新顔を加えようかとか。そんなことをあれこれと話していると、森の奥から鳥の声が聞こえてくる。
耳を澄まさなくてもよく澄んで通る声は、どこか聞き覚えがある……?
「あら、春告げ鳥だわ」
パチパチと瞬きを繰り返す私に、アデレイド様がにっこりと微笑む。
曰く、この鳥が鳴くと、間もなく春が本格的にやってくるのだという。あら、やっぱり。
元の世界との共通点をしみじみと感じながら、高く響く鳴き声に耳を澄ます。
「……まだ、あまり上手じゃないわね。きっと子どもだわ」
途中で引っ掛かってやり直すような鳴き声は、いかにも「ただいま練習中」という感じ。狙ったわけではない可愛らしさに、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
屋敷に戻ると、アデレイド様とダニエル先生が春告げ鳥の絵の載った本を見せてくれた。
聞くと、色は薄いブルーグレーで、体の大きさは手のひらサイズ。わりと怖がりで、滅多に人前には出てこないそうだ。
しゅっと細身の姿と長い尾羽はセキレイにも似ていて、私の記憶の「春告げ鳥」とは違う。さすがにそこまでは一緒じゃないか、と妙に納得。
挿絵を覗き込むアデレイド様の瞳は、少し懐かしそうで優しくて……顔を上げてふと私と目が合うと、うふふと可愛らしく微笑んだ。
ダニエル先生もうんうんって頷いているから、きっと二人に共通の大事な思い出があるのだろう。
そう思ったらもう十分にほっこりしたので、それ以上は聞かないでおいた。
その代わりちょっと思いついたことがあって、私はキッチンに。
バターに砂糖、小麦粉、卵。
そして庭で採った青菜でつくったピューレ。
大きなボウルで混ぜ合わせ、軽く練った生地を休ませてから型で抜く。
オーブンに火を入れている間に準備するのは、粉砂糖と卵白を混ぜ合わせた真っ白のアイシングと、先生ルートで手に入れたチョコチップを湯煎にかけたもの。
普段は滅多にしないけど、今日はこのデコレーションが欠かせない。
「マーガレット、クッキーを焼いているのね。まあ、緑色?」
私の手元を覗き込んだアデレイド様がびっくりしている。
すごく料理上手だけれど、お菓子に野菜を入れたりはあまりしなくて、アデレイド様が作るのはキャロットケーキくらい。予想通り、薄く緑の色がついたクッキー生地に驚いてくれた。
「面白いね、そうやって模様を描くのか」
ダニエル先生にも見守られながら、鳥の形のクッキーに模様を付けていく。
チョコで目を、アイシングで羽根を。
そして仕上げに、黒目のまわりをぐるっと白で囲む……よし、成功。うん、なかなかいいじゃない?
「可愛らしいわね。なにかモデルの鳥がいるの?」
アデレイド様に訊ねられて頷く。
これはメジロ。
私がウグイスと間違った春の鳥。
いや、だってね「うぐいす色」って緑色でしょう。
梅や桜と一緒に描かれるのもそうだし、春になると緑色の小鳥を見かけるようになるじゃない。
だから子どもの頃は「ホーホケキョ(ウグイス)」=「緑色の小鳥(メジロ)」だと思い込んでいたんだ。
本物のウグイスは茶色で地味だった……あれを知った時は驚いた。メジロの鳴き声も可愛いわ、でも違うのよ。ホーホケキョじゃないのよ。
「なんだか楽しそうだね。僕もやろうかな」
「じゃあ、私も」
お、ぜひ。
三人で、クッキーのデコレーション大会に突入。
そうして調理実習みたいにわいわい賑やかにしているうちに、ずらりと並ぶたくさんのメジロちゃん(バリエーションさまざま)
そしてこの晩のお茶の時間はクッキーと一緒に、私の懐かしい思い出が披露されたのだった。
2019/10/04 フロースコミックにてコミカライズ連載が開始になりました!
作画をご担当くださったのは、拓平先生です。漫画の中で、生き生きと動くマーガレット達をどうぞよろしくお願いいたします!(詳しくは著者活動報告にて)