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レイチェルとウォルター 4


 ミーセリーに別れを告げ、王都へと戻るリンドグレン家の馬車。

 ヒューはわたくしからの伝言を持って昨日のうちにこちらを発ちましたので、車内にはわたくしとマリールイズ。そしてなんと、マーガレットさんとマークさんが一緒に乗っています。


『――王都に戻るとき、マーガレットを連れて来てくれないだろうか』


 昨日届けられたウォルター様からの手紙には、マーガレットさんを同行して帰都してほしいとあって、皆を驚かせました。


 マーガレットさんは『精霊の招き人』

 本来ならば国賓として丁重に扱い、王宮に迎えるべき御方です。そうせずにこの小さな村にお住いなのは、何よりもご本人の意向を尊重してのこと。

 アデレイド様の屋敷裏の森を通して精霊様とのつながりがあって、ミーセリーを離れると支障が出るのでは、という懸念もあります。わたくしが話し相手としてこちらに来るのも、そういう背景があるからこそ。


 一連の事情をウォルター様もよくご存じですから、伝言として意向を尋ねることはあっても、断られればすぐに引いていました。

 今回はやむにやまれぬ事情があるらしく、こうして直接上京を勧めてきたのです。手紙をご覧になったマーガレットさんは、


『「招き人」としての公式訪問ではないのでしょう? 期間も短いし、それならいいわ』


 そう魔道具に書いて、王都行きを承諾されました。

 確かに、正式なお披露目の際には最低でも十日間、できれば一カ月ほどは王都に滞在していただく必要があるでしょう。

 今回の日程は三日ほど。たくさんの貴族達と会う必要もありません。予行練習を兼ねて一度行っておくのも悪くない、というのは納得です。

 それに、ウォルター様が頼んでくるなんて滅多にないから、と。その言葉には誰も反論できませんでした。


 ですが、遠くない距離とはいえそれなりに移動には時間もかかりますし、やはり負担が大きいのでは、と思ったのはわたくしだけではありません。

 活気があり住む人も多い王都は気忙しいところ。諸外国と比べても決して荒れてはいませんが、この平和そのもののミーセリーとは治安だって比べられません。

 心配なのは、もし万が一なにか不測の事態が起こった場合です。

 なんといっても、マーガレットさんは走って逃げることも、声をあげて助けも呼ぶこともできないのですから。そうは言っても、ぞろぞろと護衛をつけては余計に目を引きますし……。


 しばらくの話し合いの結果、医療院に用事があるというマークさんも同行して、王都では警備に定評のあるわたくしの実家・リンドグレン侯爵家に滞在することに。

 単独での行動は絶対にしないこと。もし体調が悪くなったら即ミーセリーに戻ること、などを確認して話はまとまりました。

 子どもの約束みたい、と肩をすくめていらっしゃいましたけれど、こればかりは諦めてくださいませ。


 そんなマーガレットさんはミーセリーを出発してから、馬車の小窓から見える景色に夢中です。特に変わったところもない、ただの道なのですが、初めて見る村の外に興味は尽きないご様子。

 わたくしの馬車酔いも来るときほどではなく、無事に王都の自邸へと到着したのでした。




 翌日はマーガレットさんの登城に合わせて、わたくしも参りました。

 お兄様の執務室で昼食をいただきながら、いらっしゃるのをお待ちしていたのですが……現れたウォルター様は噂に違わずお疲れのご様子で、ますます心配になってしまいます。

 顔色もよくないですし、いつもと違いソファーに背中を預けて腰掛けるほどなのですもの。

 休む暇もなく、マーガレットさんを連れて用向きに出ていかれるウォルター様を見送ると、自然にため息が出てしまいました。


「よほど心配なようだね、レイチェル」

「お兄様。ウォルター様にお休みになるよう、本当に進言なさっていますの?」

「くどいほど言っているよ。でも、あいつも頑固だからな」


 お食事もろくになさっていないご様子なのですもの。さすがにマーガレットさんも何か言いたそうにしていらっしゃいました。


「ウォルターだって自己管理くらいしているだろう」

「ご本人にご自覚がなければ難しいです」


 手を抜く、ということをなさらない方ですから、なおのこと。


「まあ、あれだ。さすがに今夜の食事会くらいは誘えば来るだろう」

「そうだといいのですけれど……執事と料理長には、昨日のうちに伝えてありますから」

「おや、仕事が早い」

「っ、茶化さないでくださいませ」


 わたくしの抗議を軽く笑って流すと、マリールイズからお茶を受け取り、お兄様は書類へと目を戻しました。

 ウォルター様達が戻られるまでは、わたくしは何もすることがありません。息を一つ吐くと、持ってきた本を取り出してソファーに体を預けたのでした。




 お二人がこの執務室を後にしたのはお昼過ぎ。今はもう、陽が落ちかけています。さすがにそわそわし始めた頃、やっと事務官から連絡が届きました。

 いそいそとお迎えに上がりますと、マーガレットさんとウォルター様は、それなりにお疲れのようですがすっきりした表情を浮かべていらっしゃいます。無事に用向きは済んだようで、わたくしもほっといたしました。


 家に戻ったら少し休んでいただいて、それから……マーガレットさんの腕を取り、今夜の予定を話していた時。


「ウォルター? おい、どうした」


 お兄様の焦った声が急に背後から響きました。

 弾かれるように振り返ると、額を押さえたウォルター様が壁に手をついています。


 ――ウォルター様?


 ドクリと耳の奥に心臓の音が響き、嫌な予感が急に湧き上がりました。


「いや……少し、眩暈がしただけだ」

「酷い顔色だ。こっちに座れ」

 

 かすれて聞こえるウォルター様の声。

 お兄様に腕を支えられて踏み出そうとした膝が崩れるのと、隣のマーガレットさんが息を呑んで固まるのが同時。

 いいえ、止まったのはわたくしの呼吸かも。


「ウォルター!?」


 室内に響くお兄様の声が、煩く響く鼓動でぶれて聞こえて。

 目に映る景色がまるで時が止まったかのように、音を、色を失くしていく。

 駆け寄ろうとした足は、床に縫い付けられたように動かせなくて――立ち尽くすわたくしの目には、倒れたウォルター様が映っていました。






 ウォルター様は、看病の手があるという理由でリンドグレン家にお連れすることになりました。

 正直なところ、どうやって自分が家に戻ったのかもよく覚えておりません。


 ただ、心配で。

 心配しかできなくて。


 診察したマークさんによると、簡単に言うと極度の過労だと。きっちり休めば大丈夫だと言われましたが、あの後一度だけ開いた眼はすぐに閉じられて声も聞けないまま。

 それでどうして安心なんてできるというのでしょう。


 急遽用意した客室の寝台に横たわるウォルター様。血の気の引いた頬に震えの止まらない指で触れては、浅い呼吸を確認してしまう……待つだけの時間がこんなに長く感じるなんて。

 そんなわたくしを見かねてか、一緒に自室へと下がると、マーガレットさんは一つ提案をなさいました。


『ウォルター様の食事を作るのはどうかしら?』 


 って――わ、わたくしがっ!?

 瞬きをして読み返しますが、魔道具の板には確かにそう書かれています。驚くわたくしに、マーガレットさんは大きく頷きました。

 今のウォルター様にはとにかく、安静と休養、それと食事が必要。

 強制したところで、大人しく従って休む人ではないだろう。けれど、家格が上の人物が手ずから用意したなら、さすがに無下にもできないのでは、と――ええ、お話はもっともですし、マリールイズも頷いています。


 とはいえ、手料理。わたくしの。

 お菓子ならともかく、食事を自分で一から作ったことは、まだありません。

 ……ですが、少しでもウォルター様の助けになるなら。


 そうと決まれば今夜のうちにキッチンにも連絡を、と俄かに動き出したわたくしに安心したように、マーガレットさんもご自分の寝室へと戻られました。


「マリールイズ。休む前にもう一度ウォルター様のところへ行くわ」

「ですが、こんな時間ですし」

「マークさんがついてくださっているでしょう。お医者様の口から直接、今のご様子を伺いたいの」


 長居はしないと言えば、渋るマリールイズも折れてくれました……普段は滅多に入ることのない客用寝室への用事がこんなことなんて。


 わたくしたちの訪問は予想されていたようで、驚かれもせずに室内に招き入れられました。天蓋を引いた寝台には、細い明かりの中で静かに眠るウォルター様。

 マークさんが話してくださる説明を聞きながら、今も開かない瞳から目が離せませんでした。


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