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レイチェルとウォルター 1

今月の書籍3巻刊行を記念して、リクエストの多かった、レイチェルとウォルターのお話をお届けします。全5話予定。


3巻に書き下ろした内容と一部重なります(※書籍版と同一ではありません。なお、投稿に際し出版社様確認済み)

WEB連載時から応援してくださる皆様への感謝を込めて!(2019.3 小鳩子鈴)

(レイチェル視点)



 

 秋色に染まった王都の街が、次の季節へと移り始めたある日の午後。

 珍しく明るいうちに帰宅されたお父様がお呼びだと、執事のグレアムがわたくしの自室を訪れました。


「お手紙を書いていらっしゃいましたか」


 ペン先のインクを拭いていたわたくしを見て、グレアムは少し遠慮がちに声を掛けます。お父様からはきっと、すぐに来るようにと言われたに違いありません。


「ええ、ミーセリーへ。ちょうど書き終わったところよ」

「ようございました。旦那様は書斎でお待ちですので」

「すぐに行くわ」


 いつも通りに畏まった礼をしてグレアムが下がると、マリールイズが手際よく筆記具を片付けます。あとは封をするだけになった手紙を引き出しに入れて、席を立ちました。


「お父様はお帰りになってすぐ、お母様をお呼びになっていましたわね。そちらはもう済んだのかしら」

「そういえば、ジュリアス様もお戻りになっていらっしゃいますよ」

「お兄様も? ……気付かなかったわ」


 出迎えもしなかったと言うわたくしに、マリールイズは当然という表情。


「お嬢様はお手紙に夢中でしたので、お耳に入らなかったかと」

「あらそう?」

「ええ。まるで、恋文でもお書きになっているような熱の入りようでしたし」


 他意なさそうに微笑まれて、自分の頬が熱を持つのが分かります。


「まあ、ミーセリーを訪れるということは、道中をダスティン伯爵とご一緒できるということですから、あながち間違いでもないかと」

「マ、マリールイズっ」

「もちろん、『招き人』様のお話し相手として、向こうでの滞在そのものを心から楽しんでいらっしゃることを疑ってはおりません」

「そ、そうよ。当然じゃない」


 自分の生まれにも王都での生活にも、不満はありません。侯爵家という立場に付随する責任も理解しております。それらを否定することは、わたくし自身を否定することですもの。

 ですが、ミーセリーで過ごす時間は本当に得難くて……解放感、というのでしょうか。もちろん、護衛のロイやマリールイズも一緒ですし、人目が無くなるわけではありません。最近でこそ村の人達も慣れましたが、初めは随分と注目もされました。

 以前も今も変わらずに接してくれる、マーガレットさんとアデレイド様。そしてダニエル先生とマークさん。

 身分を理解した上で、それでもフラットにわたくし個人を見てくださる方達の前では、いつもより深く息ができる気がするのです。


 それに村での暮らしは、確かに不便はありますけれど新鮮で。家庭教師からもたくさん学びましたが、例えば、自分が食べているものがどうやって育つか、どう調理されているかなんていうことは教えられませんでしたから。

 ミーセリーでのお食事があんなにも美味しいのは、もちろんアデレイド様達の手腕が第一ですけれど、自分で手を掛けるから、というのも理由の一つだと思いますの。

 ……この前の、栗と鶏肉の一皿は特に素敵でしたわ。

 オーブンで焼くだけよ、と仰るお二人の姿がなんだか輝いて見えたくらい。こんがりと焼き色のついた鶏肉と、コロコロとした栗とマッシュルームの組み合わせが可愛らしくもあって。

 ウォルター様が夕食前に王都へと戻られたのは、本当に残念。男性陣もお好みの味のようでしたから、きっと気に入ると思うのです。


「お嬢様、そろそろ行きませんと」

「あ、ええ。そうね」


 マリールイズの微笑みが、ニコリではなくニヤリに見えてしまうのは気のせい――ではなくて。その笑顔の下で「お伝えすればいいのに」と思っていることも分かっています。

 でも……長く、そう、本当に長く想い続けてしまっているこの気持ちに、区切りをつけることに抵抗があるのが正直なところ。

 もし気持ちをお伝えして拒まれたら、今後ミーセリーへご一緒することはないでしょう。


 もう少しだけ、このままお傍にいられたら。


 道中の馬車の中で、森の屋敷で。

 ウォルター様と過ごすあの時間をもう少しだけ――そう願うのは、我が儘なのでしょう。

 あんなに素敵な方、いつ奥様をお迎えになっても不思議はないのも承知です。そうなさらないのは、お忙しいからというだけのことも。

 分かっていても動けないでいる。

 そんな自分にため息を吐きつつ、向かった書斎で待っていたのは渋い表情のお父様。それにお母さまと、不機嫌な表情を隠しもしないジルお兄様まで。


「お待たせいたしました……?」

「ああ。掛けなさい、レイチェル」

「はい、お父様」


 家族四人が揃うことはそう多くありません。わたくしがお母様の隣に落ち着くと、お父様は思いつめたように息を長く吐きました。

 ……あまりいい話ではなさそうですわね。


「レイチェル、早速だが――」


 知らず居住まいを正しながら、お父様の重そうな口から出てくる内容に、膝の上に置いた手を強く握ったのでした。






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